第6話 それは、記憶喪失?

OLになってからのことであるが一度だけ、記憶を失ったことがある。酒飲みすぎて気づいたら終点、とかそういう類の話じゃないんですよ、奥さん。


当時、まだ若い娘で髪の長かった私は洗髪すると、乾かすのに約1時間という時間を要していた。毎度、ドライヤーしながら読書タイム。そんなことを毎夜、当たり前のように行っていたんである。当時の髪の長さのイメージとしては、「ガンバレルーヤ」のよしこさんくらいである。


さて、生来ズボラである私には昔からある癖が・・・。それは「ギリギリまで、ソレをしない」というものである。「ソレ」にあたるのものは、ささいなことである。就寝時間になるとわざとソファで横になってギリギリまでベッドに行かない、とか、風呂上りに身体が冷えるまで髪を乾かさないとか(しかし、トイレだけは我慢しない。身体に悪いから)。この「癖」、自分でもよくわからないが意識的に「ギリギリ」を楽しんでいるともいえる。


こうした「すぐ寝ない」「すぐ乾かさない」という、自分いぢめともいえる長年の癖であるが、実は妖怪「めんどくさい」の仕業なので仕方ないかとも思う。ちなみにこの「めんどくさい」のおかげで、私は数々の宝くじ一等大当たりを逃している。ホントはきっとアレ、当たってたはずなのよ。でもね、売り場に並ぶのがめんどくさかったから・・・。


皆様も、過去「ホントはアレなはずだった」ということがあった場合には、胸に手をあててその時のことを思い返してみていただきたい。「あの時、アレがナニにならなかった」のは、そこに『めんどくさい』がありませんでしたか。そう、ヤツは油断のならない存在でありただただ、ニンゲンの幸せを阻止することだけが楽しみなのである。妖怪に打ち勝つには、心の強さを何よりも必要とする。追い払う方法はただ一つ。「しっかりする」こと。それだけである。


話がズレてしまった。そう、記憶喪失のことである。


確か冬の初めの頃だった。風呂から上がり髪をタオルで拭きながら私は、例の癖に浸っていた。タオルを枕にし、濡れた髪でしばらく横になっていたんである。部屋にはヒーターがつき、部屋の中はホカホカだ。うひひ、しばらくこれでぼんやりしてやろうかい。そんな風にして、お気に入りのCDをかけてうつらうつらと、ベッドの上で横になっていた。それが確か午後10時半過ぎ。


気付いたら、ベッドの真ん中に正座していた。両手は膝の上にきっちり置かれている。時計を見ると深夜1時過ぎだ。何が起きたのかわからないが、約2時間半の記憶がまったくない。飲んでたわけでもない。そして部屋の電気は煌々とついたまま。その時髪が乾いていたとすれば、おそらくヒーターの連続使用による乾燥によるものだと思われる。たぶん。


「何がどうして」とか「何がなにやら」というのが、その時の正直な気持ちだった。ダラシなく横たわっていたはずなのに、なぜ自分はベッドの真ん中にきちんと正座しているのか、しかも両手を膝にのせて。そしてなぜ、いきなり深夜なのか。


軽いパニックになりかかったが、「寝よう寝よう、もうとにかく寝よう」と布団にもぐりこんだ。翌日も、仕事がある。そしてそのまま、深く眠り込んだ。


そんなことが一度だけあった。状況からして「寝ぼけてた」「もしかたら夢遊病」あたりがもっとも適当と思われるが、「宇宙船にさらわれた」という状況も捨てがたい。選ばれしゆえにさらわれた私。しかし無事、帰還。行って帰って2時間半。よかったねえ。そして宇宙人なりの配慮で「その間の記憶は消しておいてあげましょう、そうしましょう。ついでに髪も乾かしといてあげましょう」ということだったんじゃないのかと。ありがとう、宇宙人。


それでその後、人生何かが大きく変わったかというと、そんなことはほとんどなかった。特にインプラントもされていなかった。そして、オバチャンは今もまだ妖怪「めんどくさい」を追っ払えないでいるのである。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る