第3話 雨とお化け屋敷

かなり昔、大昔。父と2人でお化け屋敷に行ったことがある。夏休みの特別イベントで、街中にある小さなデパートで期間限定のお化け屋敷であった。今はもうない、そのデパートの名前もロゴもよく覚えている。そして、その当日のことも。


4歳か5歳だった私は、その朝の新聞広告の「お化け屋敷」のチラシにに目を奪われた。古い井戸のそばには柳、そして片目のつぶれた幽霊が井戸から姿を半分表している。それがいかにも恐ろし気で、そして怖くてたまらないのに目が離せないのだった。


「これ、いきたい」

と自分から言ったと思う。当時妊娠中だったか生後間もない赤ん坊の面倒をみていたかしていた母は、当然のように行くわけもなく

「やだ。お化け屋敷よ?ものすごい怖いわよ?やめときなさいよ」

と反対した。しかし父が

「でも行きたいんだろ?よし。じゃ、パパといこうか」

と言ってくれた。チラシを今日見て、今日決めたというスケジュール。その日はたまたま日曜日だったこともあり、当時まだ店舗も少なかったファストフード店で、日曜限定のアイスクリームサンデーを買ってあげようねということも父は言ってくれた。それもうれしかった。


サンダルを履き、父の自転車の後ろに乗って楽しいおでかけとなった。昔からどうにも母には甘えづらいところがあったが、父には割と甘えることができた。そして、目指すデパートは自転車で15分もしないところにあったと思う。湿気た空気のたちこめる夏の、曇りの日だった。私は自転車の後ろで「お化け屋敷」というものへの期待を胸に、ウキウキしていた。(こわいんだろうなあ。おばけかあ)と。子供の私の考えるお化けとは、そんな感じの何かフワフワしたものだった。チラシの絵は怖かったが、(そんなこわいものがいるわけない)とも思っていたのだった。


デパートに着き、催し物のある最上階へ。すでに遠目でもわかりすぎるほど黒々とした雰囲気の「お化け屋敷」が見える。入り口には模造の柳。いかにもな雰囲気だ。父が、はっぴを着たスタッフのおじさんに声をかけると

「子供さんにはちょっと~」

と苦笑いをされた。そしておじさんはかがんで私に言った。

「怖いよ?だいじょうぶ~?」

すると父までもが私の手を握り、

「大丈夫?怖いってさ?」

と私に聞く。


実際、そのお化け屋敷は目の当たりにすると、期待していたのよりもかなり相当に怖い外観だった。時折、中から悲鳴が聞こえてくる。子供心にも「ヤバい」とは思った。しかし、自分から頼んで連れてきたもらったのだ。子供ながらに(それでは申し訳ない)という思いもあった。大人2人に心配され、緊張から黙り込む私を見て、父は優しく

「行くの?やめとかない?」

と再度こう言った。しかし

「いく」

と下を向いたまま、私は答えた。だって、わざわざ来たんだもん・・・。帰りに、アイスだって食べたいんだもん・・・。


「じゃ、入ろうか。えっと、大人と子供一枚ずつ」

と言って父がチケットを買った。そして手をつないでいざ、入口へ。真っ暗でそして、何かがこの中にいる・・・。何も見えない。しかしそのとき突然、白い姿の男性がいきなり現れた。見た瞬間

「うわあああああああ」

と叫び、私は一目散に入口へ。予想以上のモノだった。もう、怖くて中に入ることなどできなかった。まさに「腰が抜ける」という状況を、幼児のときに初体験してしまったんである。いやもう、不要なトラウマである。


「あーあー」

とか

「入り口からは出られないんですよう」

などと言うスタッフの声が聞こえてきたが

「ああもう、子供が怖がっちゃって・・・」

と父が言い結局、払い戻しはできないがそれでもいいということで、私たちはお化け屋敷をあとにした。父は頭を撫でてくれ、

「ね?だから言ったでしょ~。怖かったかあ、あははは」

とにこにこして笑っていた。怒られはしなかった。子供ながらに多少の気まずさを感じてはいたものの、お化け屋敷は、そしてお化けはもう二度とごめんだと思った。今にしてもあのとき感じた恐怖は、ゴキブリ遭遇以上のものだった。


デパートを出ると雨が降っていて、そして目指すファストフード店までは少し距離があった。道は舗装されているとはいえ、サンダルを履いた足が水につかるほどの水たまりが、あちこちにできていた。そんな中を父と歩いた。そして目的の店に着くと父はレジの上にあるメニューを指さし、

「これでいいんだよね?ストロベリーサンデーください」

と言って、透明なプラスチックカップに入った素敵なデザートを買ってくれた。傘をさしながら、歩きながら食べた。甘くて冷たくて、苺のソースがとろりとして、とてもおいしいものだった。すごく怖かったけど、楽しい雨の日だと思った。


雨とお化けというのが、この日からどうもセットとして頭の中に記憶されてしまったのは、もしかしたらこの苺のサンデーが原因だったかもしれない。香りというものは、そのときの記憶とともに刻まれるものだから。


ちなみに、お化け屋敷の入り口で見た「白い姿の男」であるが、父は「アナタとにかく、入った瞬間に出ちゃうんだもん」としか言っておらず、アレが脅かし役のスタッフだったのか、本物のアレだったのかは今となってはもう、わからない。


ただ、私にはもともと少し「視える」というところはあるらしい。その後も、それなりにいくつかの経験があったりする。いやん。


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