第33話 東から北から西から戦火
東の国から来た魔族陣営。本体で有り全権を握っている。
軍隊総勢五十万。本国後続に三十万を待機させ、三十万を西の小国郡に向けてムーラシアに向かわせた。
将軍はザライラス。魔族の魔王に次ぐ権力者。全軍を完全に掌握している。まだ幼い魔王に変わり国政を担っている。
「魔王様が覚醒されたときに、この世界を捧げねば・・・」
ただただ使命感のみで、この世界を蹂躙し魔王に全てを捧げることのみに心血を注いでいる。
「何があっても怯むな!突き進め!死の軍団を以て殲滅せよ」
とうとう東の魔族が動き出した。
龍の背骨と呼ばれる山脈の南の大森林。その一番東に位置する小高い丘の木の上で、二人の男が景色を楽しみながら酒を飲んでいた。
「スザクよ。お前はこの戦い、納めてからどうするのじゃ?また別の世界を旅するとか考えているのか?」
「別の世界とは思って居ないが、やり残した事があってな。何時かはと思って居るが・・・まあ急ぎはせんよ。先は長い」
「ビャッコはどうするのじゃ?まだ待っておるのだろうよ。お前達がどうするつもりか知らんが、いくら鈍感な儂でもその位は判って居るつもりじゃが?」
「ゲンブにまで心配されるとはな。心配せずとも私もビャッコももうその気は無い。時間がありすぎるというのは酷な話よ。今はどうでも、その内、その内・・・そう思っていると百年また百年。その位すぎるとそんなことはどうでも良くなってな、お互い生きていればそれで良い。いつの間にかそんなもんになってしまってな」
「お前はそれで良いかもしれんがビャッコは違うかも知れん。確かめたのか?」
「何を今更」
「ほれやっぱり。郷に居て皆の話を聞いておるだけ儂の方が人間に近いかもな。悪いことは言わん。一度ビャッコと話せ。それがお前とビャッコの為じゃ」
「ありがとうゲンブ。まあその時が来たらビャッコと話すことにするよ」
「この戦の後が楽しみになってきよった。あれこれ言ってる内に、ほれ、大勢で押し寄せてきた見たいじゃ。んん?ありゃなんじゃ?火を噴きながら来おったぞ?」
「あれは?」
東の魔族の本体が連れてきた大きな魔獣。象の十倍の大きさがあり、象のような鼻の横に牙。その横にもう一つ穴が開いており、そこから火を噴きながら歩いてきた。
周りに火をまき散らして。
その魔獣が歩いた後は燃えた木々、建物、大木が焼けて倒れ、岩肌までも煙を出して燻っていた。
「あの魔獣が此処に居ると言うことは、奴が復活していたのか?」
「奴とは?」
「ゲンブも知っているだろう。魔族の中でも唯一、私が手こずった化け物を」
「もしかしてザライラスのことか?奴は死闘の末に始末したのでは?」
「魔族の中には、魔王もそうだが時間が経てば地獄のある場所にて復活するという。今頃魔王も復活して覚醒を待っているだろう。奴は・・・ザライラスは魔王より早く復活する!」
「なんと!本当か!こんな時にセイリュウが居れば、もっと心強いものを。セイリュウめ何処へ行きおった!」
「四聖仙人の一人だ。騒乱の時にはちゃんと帰ってくるよ」
「しかし何か思い詰めておったぞ?」
「大丈夫。我らは互いを信頼している。セイリュウもちゃんと判っているよ。それより、あの本体を足止めしないと」
「わかった。街道を中心に右をお主、左が儂だ。取りこぼしをうちの馬鹿コンビに。森の中に行く奴がおるやも知れん。お主の弟子で良いか?」
「ああ。それで良い。ユキノにジュノ。タンジが来るまで此処を頼む」
「「はっ」」
ユキノは山羊人族。生まれたときから不思議な力を持ち、仲間にまで怖がられて、スザクが拾わなければ、自害していたかも知れないほど精神がすり切れていた。ユキノはスザクを命の恩人、父親以上に思っている。
ジュノは鳥族。ジュノの場合は自分の縄張りにスザクが入ってきたため攻撃したが、あっさりとスザクに打ちのめされ、弟子入りを志願した。その時攻撃したことを未だに悔やんでいる。
「師匠に無謀にも攻撃を仕掛けてしまった」
八人衆で唯一スザクと対戦した経験を持つ女戦士。そこから皆と同じレベルになるまでは相当努力が必要だった。
「ジュノ、タンジ姉が来るまで頑張るんだよ。ミスるんじゃ無いよ」
「わかったよユキノ。空から見てるから旨く誘導してみせるよ」
「師匠達の本気はまだだと思うけど、万が一師匠が言ってたザライラスって奴が現れたら本気モードに入るから、此処から逃げないと巻き込まれるよ。気をつけるんだよ」
「うんわかったよ。師匠の本気も見て見たい気もするけど・・・命大事に・・だね」
「そうよ。後ろの二人。大丈夫?実戦だけど用意は良いかな?」
「「はい・・・」」
ユキノの言葉にロスとアルバが固さの滲んだ返事をした。
「何?緊張してる?」
「大丈夫です。わたわた、私はだだ、大丈夫です」
顔色は青く、唇は少し震えている。
「思いっきり緊張しているね。ロスだったかな。肩の力抜いて」
「ロス、ちから抜いてって、言ってってるぞ。てって、て繋いでやろうか?」
「馬鹿アルバ。手繋いだら戦えないでしょ」
同じく青い顔をしたアルバが落ち着かせようと放った言葉に、何時ものようにロスがこれまた何時ものように反論した。
「お前が落ち着くかもと思って。いいよ。後ろ守ってやるから安心しな」
「何で?私が前に出なきゃいけないのよ。アルバが前に行きなさいよ」
「いっつも私が前って言ってたじゃ無いか。戦闘訓練の時も」
「あれはあれ、これはこれよ。魔族に魔獣よ。前も後ろも無いわよ」
「二人とも。あれ見て」
やっと通常運転に戻った二人を、ユキノが指さした先を見るように促した。
ユキノが指さした先を目で追ったアルバとロス。
ずーっと眼でおった先には・・・真っ赤に燃えて今にも溶け落ちようとする岩のような怒りの形相でゲンブが睨んでいた。超本気モードで。
「「失礼しました!!!」」
「本気でやらんと死んでしまうぞ!!!ぶわっかもーん!!!」
「「ひいいっ」」
「早く位置に付かんか!!」
「はいーーー!!」
二人が走って行った。
冷や汗と足下の土煙を残して。
「あれは・・・緊張解してたのかしら?」
「何時もの乗りって感じだったけど・・・不思議ね」
「エルフにも色んなのがいるんだね。サクヤみたいな大人な感じばかりだと思ってた」
「私たちもそろそろ用意しないと、逃げ込まれたら面倒だから。仕掛けだけはしっかりとね。捕まえておけば問題ないから」
「じゃあ、私は木の上を。編み上げの罠の方が早いでしょ。ユキノの方は土噸かな?大きめのをお願いね」
「いいわよ。何処までも逃がさない壁作って、追い込んでみせるわ」
エルフの馬鹿コンビは後方に。獣人二人は森の中で。
そして、ゲンブとスザクは左右に分かれた。
互いに待っていた、久々の戦闘である。ゲンブは戦闘感を早く取り戻したい。スザクは出来れば魔力を温存したい。
スザクの膨大なまでの魔力。しかし回復が遅い。ダンも魔力は多いが直ぐに回復する。スザクは何年も掛けて魔力を貯め、ダンのために使い果たして戻ってきた。あれから八年あまり。やっと半分まで来た。だが強敵相手の最大魔法を打つには魔力が足りない。無理に打てば身動きできなくなり、つけいる隙を与えてしまう。その様な愚を犯したくは無い。その時のための精霊術。
だが精霊術は使いすぎれば命を削る。精霊達は生まれ変われるが人間はそれが許されていない。
スザクの最終目標はそこに有り、精霊界と人間界との融合。
うっすらと見たことのある世界。もう一度たどり着きたいあの光りの中へ。記憶の中にダイブすれば、今までに味わったことの無い達成感。あの記憶の場所。真っ白な空間のその奥に広がる、到達した者だけがいける言わば桃源郷。
戦う覚悟の中に到達したい場所がある。スザクは自分以外にダンともう一人、ビャッコは届くと思っていた。
しかし、ビャッコは到達寸前で満足してしまった。焦がれるほどの情熱を持って修業が出来なくなっっていった。今でも単独ではスザクも舌を巻く程強い。おそらくあの白い場所を見ている。
ビャッコも自覚はあった。自分も目指せば、願えば届くその場所。そこにスザクが居なければ、ビャッコには何の価値も無かった。スザクはビャッコを説き伏せてまでそこに連れて行きたくは無かった。
今は先にダンを到達させ、そこにもう一人送り届けたい者がいた。
アニカ。彼女はこの世界を統べる精霊術士或いは神格化して精霊神になれる素質を持っている。ダンよりもあっさりとそこに届くかも知れない。
スザクの期待と、今は使命感と周りの期待に応える事に必死なダン。そのダンについて行きたくて、護りたい一心で強くなろうと心に決めたアニカ。
二人の互いを思い、周りのためにと戦う気持ちは、あまりに純粋であった。
スザクはザライラスとガルム、ゴズマは自分の手で始末しないと魔王が覚醒してからでは、ダンを未来に導けないと思っていた。
魔王が復活した時点で一族の自力が二割底上げされ、倒せる相手が強敵に変わる。
その前に倒せる相手は倒し、ダンを白い場所に届け、そこでまた鍛錬した後、ダンの本来生まれた未来へ送り届け、あの忌まわしき全ての敵、災厄とダンがどう闘うか見届けなければならないと、それが自分の使命と認識している。
今、地獄の業火を垂れ流しながら進んでくる魔獣と、それをおそらく操って居るであろうザライラスとの対戦。まだ魔力は溜まっていない間に戦わなければいけない。
「此処にザライラスと言うことは、西にはガルムとゴズマか。ビャッコよ、油断しなければお前なら大丈夫。無理をするなよ」
『スザク。妾を心配せんでも良いぞ。此処にはアニカと言う凄い娘がおる故。二人で軽くひねってくれるわ。じゃから御身大事にじゃぞ』
「ありがとう、ビャッコ。その子を頼む」
『うむ。任された』
精霊以外、スザクとビャッコにしか出来ない、相手を固定できる精霊通信の会話だった。
スザクとゲンブは左右に分かれ、竜巻のような風と共に魔族軍団に襲いかかった。
魔族も屍兵戦闘に魔獣軍団、魔族精鋭軍、魔将等戦いに秀でた者を前に五十万規模の軍隊が、たった二人の仙人に襲いかかった。
西の小国郡もエルフの郷を先頭に国境を護るべく兵士を並べては居るが、魔族の三十万にはその十分の一にも届かない数で護ろうとしていた。
当然先頭にビャッコ、アニカ。その後方に獣人八人衆の二人。微精霊達は避難している。
突然、突風が吹き荒れアニカ、ビャッコ、ヨウコ、マギの四人が巻き込まれた。この風に飲まれれば、切り刻まれ肉の塊になってしまうだろう。
炎が吹き荒れ渦ができ、ゲンブとスザクが巻き込まれていった。地獄の炎に飲まれれば、後には屍も残らない。
西と東で戦火が、燻っていた物が火を噴いた。
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