第32話 ライカの憂鬱
大黒龍アベルナーガの回復治療により思いだした記憶の中に、耐えがたい苦痛を受けた、まるで地獄絵図のような光景があった。
せっかく思いだした母の記憶。
故郷の星や友、同胞達。それらが全て消されてしまっていた。自分が任務で別の星に移動している間に。
「あの時、俺に何か出来たのか？奴をこの手で止めることが出来たのか？もっと前に出来る事は無かったのか？」
記憶を取り戻してからは、そればかり考えている。
一緒に居るダンには築かれないように気をつけているが何となく気を遣われているのが伝わってくる。
「ライカ。何か悩みでもある？アベルの叔父さんに相談してみようか？それともスザクの叔父さんが良いかい？兎も角一人で抱え込まないで」
「ごめんよ。今すぐどうこう成るような悩みじゃ無いんだ。記憶の中の自分に、後悔してるというか。どうしようも無い事でね。元には戻れないからどうにも出来ないことなんだ。ごめんよ、心配させたね」
「いいんだよそんなこと。故郷とか友達とか思い出とか。大事な物を壊されたら、悲しいもんだよ。僕の戦いも同じだし。もしかしたらライカの悩みを解決する方法があるかも知れないから一緒に考えようよ」
「ダンは優しいね。もう何年前かも、どれだけ時間が過ぎたかもわかんないんだけど・・・ありがとね。ダン」
「良いって良いって。少なくとも今は二人で一人なんだからね。出来る事はお互いに助け合う。これが良いんじゃ無い？」
「わかった。もう悩まないよ」
「それが良い！」
幼かったダンが徐々に、成長してきたのだとライカは感じる物があった。ダンに慰められなんだか心がほっこりとしている。
ダンとライカがお悩み相談している間に、ミサが神樹から帰ってきた。
「ダン。父さん達が行ってる南の国に行ってきなさいって。神樹様が。ポルゴダの南にポゴタって港があって港に着いたら近くの森の中に微精霊様が待っているはず。頑張って行ってくれるかい？」
「わかった。僕とライカと、あとサクヤお姉さんとウサギお姉さんかな？四人で行ってくるよ」
「竜車を。村長さんところのを使って。後でお弁当届けるよ」
「うん！もう少し村の中見て回ってから行くから」
ミサと眼で挨拶を交わしたダン。逆にライカはミサに手を握り頭をなでられていた。
「サクヤお姉さんどうしたの？」
横で見ていたサクヤの横顔に少し憂いを感じ、それが何かはわからないがサクヤの心のモヤモヤが、ダンに伝わってきた。
「ううん。何でも無いわ。用意出来たら声かけてね。ウサギは門で待ってるから」
「了解しました！」
シュタッと背筋を伸ばして敬礼のポーズ。
「あたっ！」
意味も無くサクヤにデコピンを食らったダン。
「何で？」
「何となくよ」
サクヤの八つ当たり。ダンはとばっちりを食らった。
デコピンの後を手で押さえ、出発の準備に掛かる。
獣人八人衆の四人目との顔合わせである。ウサギはルコイに常駐しているようだが、ダンとはまだ合っていない。
サクヤが竜車を操作し村長宅前で地竜に水を与えているところへライカがやってきた。
「こっちに来てから、乗り物は初めてだな。南には何日ぐらいかかるのかな？」
「そうねえ、普通なら七日ぐらいだけど、この地竜で早駆けすると四日から五日ってとこかしら」
「じゃあ野営だね。良い物作ったから楽しみにしててよ」
「またダン君のみたいに制御利かない系の代物じゃないの？」
「まあそう言わないで、楽しみにしててよ」
「わかったわ。あと南の港までの道中で二人合流するからね」
「あっそう。六人になるんだね。わかった。食料的な物は？」
「それは大丈夫。こっちの分があれば、他は自分たちで何とかするし」
「そうだね。無ければ途中で調達すれば良いしね」
「そう言うこと。ライカも獲物の調達ぐらいしなさいよ」
「そんなの任せてよ。身体じゃ無く頭使って捕まえるから」
「それはなあに。私たちは頭使って無くて、脳筋だって言いたいの？私たちに挑戦しようって訳？良いわよ。受けて立とうじゃ無いの。多分途中で獲物の沸いてる谷を通るから、そこで勝負しましょ」
「いいよ。負けた方が勝った方の言うことを一日聞くこと！どう？」
「ふふん。楽しみにしてるわ」
「何してもらおっかなあ。楽しみだなあ」
「何よ嫌らしい言い方して。あんたねえダン君と同じ顔してるんだからちょっとは考えなさいよ。ダン君が巻き込まれたら可愛そうでしょ」
「ダンも男だからそろそろ異性に興味持っても可笑しくないよ？」
「でもダン君はダン君。ライカはライカ。調子に乗ってるとアニカに焼き入れられるわよ」
「げっ。そっそれはいかん。あの子は多分人類最強だから逆らわないでおこうっと」
「そうよ。今エルフの郷辺りでビャッコ様直々の修業中だから、そろそろ魔族と対戦する頃よ」
「西か。スザクさん何も言わないけど、応援行かなくて良いのかな？」
「良いんじゃ無い。師匠よりも強い人だし。あの人だけで魔族の軍隊百万でも大丈夫よ」
「スザクさんよりも？」
「らしい。私は戦ってるところ見たこと無いんだけど。何でも仙人修業を終えて同じ修業終えた人たち数十人相手に一人で戦って勝ったらしい」
「凄い猛者なんだろうね。で、スザクさんは戦ったの？」
「その昔ね。引き分けたそうよ」
「まあ男としては、勝っても負けても問題あるよなあ。サクヤさんと僕なら負けて当然みたいな感じだけど、スザクさんはそう言う訳にはいかないよな」
「でも修業の時の師匠は鬼だったわよ。女だって多分思ってないんじゃ無い。自分と同じ修業をこなせばある程度のところまで登れる位にしか思ってないと思うよ。男も女も、大人も子供も、人間族も、獣人族も、エルフも。生き物か同胞。それ以上でもそれ以下でも無いみたいよ」
「達人達の中でも何かに到達してしまったのかもね。スザクさん」
「もう神様に近い、精霊様と同じくらいになっちゃったからね」
「今、スザクさんは何処にいるの？」
「大きな声では言えないけど、東と西を繋ぐエルフの隠れ道を移動中。もうすぐ到着すると思う。そしたら連絡が来るから」
「ビャッコさんの戦況は？」
「それも獣人八人衆の二人が付いてるし、あと二人がいつでも応援出来るから」
「僕たちは南に意識を向けておけば良いのかな？」
「今のところはそう言う所ね」
ライカは何か引っ掛かる物があった。
記憶が蘇るごとに何かがのしかかってきた。
「何か忘れている？まだ何か足りない物があるのか？」
空を見上げて、じっと一点を見つめ、これからのダンと南の調査に行き、港の修復と対策。魔族への防御方法を探る旅に出る。
青く澄んだルコイの村の空を眺めていた。まだ日が昇りきって居ない時間。空が真っ青で明るい中、一筋の光りが南の空を斜めに落ちていった。
「隕石か？珍しい。南なら道中で調査出来るかも」
この時ライカには、この後予想も出来ない相手と対面することになるのであった。
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