第3章 心技体

第21話 二人の親爺

 中央国家郡の比較的大きな国の一つベレーゼ王国。ラモンより南西にポローニャ。更に南にルコイの村。更に南西に行くと王都ローゼンハイム。


 ここは隣接する、西側にジェノーヴィア公国。南にポルゴダ王国。更に南西にルカリア国この四カ国で中央国家連合を形成している。


 バーレンシアから南東に大森林が伸び、この大陸の陸地中央部分の三分の一はこの大森林に飲まれている。


 ゴトゴトゴトゴト・・・・・・


 荷車の車輪が石にぶつかり”ガコン”と跳ね上がり、宙に浮いた。荷車が少し傾いたが、前の御者をしている男はお構いなしに前の地竜に走ることを強要した。


「走れ!走ってくれ!急ぐんだ。ベレーゼの王様に知らせねえと」


 国境を斜めに走る街道を、地竜が飛ぶ勢いで飛ばしていた。


「えらいことになったもんだ。何としてもこの手紙を王様に届けないと。魔族とだけじゃ済まなくなるぞ。ロンちゃん頼むから頑張ってくれよ。あと少しだからよ」


 この男ジェノーヴィア公国とポルゴダ王国の間で海で取れた魚の輸送をしている商人であった。ある出来事を切っ掛けにジェノーヴィアの王様仲良くなり、商業の一切を任される事になったのである。名前はガトー。


 ロンと名付けた愛竜に過酷な命令を出すのは心が痛むが、今それを問題視するより、もっと切実な問題が起こったのである。


 バーレンシアが宣戦布告され、ムーラシアと東の国つまり魔族との開戦間近の知らせが各国を慌てさせている頃、今度は海から飛龍の大群が港町を襲ってきた。


「海で何かが起きたか、南の大陸?島?あるのか無いのか知らんがそこら辺で何かが起きたかだな。最近の漁が不作なのも関係あるのか?」


 地竜の手綱を握りしめながらガトーは考えていた。落ちてきそうな瞼を気力で支えながら時々頭を左右に振った。目の前を光りがチカチカと輝いた。


「いかん!体力の限界か。もう三日も寝てないからな。少し休むか」


 暫く走ると道端に標識があった。


「左ルコイ村1k、右王都30kか・・・よしルコイでロンを休ませるか」


 ガトーは地竜に左へ向きを変えさせた。


 またもや目の前がチカチカし出した。


「いよいよ俺もだめかもな。栄養補給もしないと返事を貰って帰れねーぞ」


 ガトーは自分に言って聞かせるように、ルコイに愛竜を走らせた。ルコイの村の門番、ボギーにガトーが声を掛けた。


「俺はガトーと言う。ジェノーヴィアからベレーゼの王様に会いに行く途中なんだが、地竜を休ませたい。それと村長さんに相談したいことがある。会わせてもらえるか?」


「今、村長は出かけて居るが、もうすぐ帰ってくるだろう。村長の家で待たれよ」


「ありがとう。そうさせて貰う」


 村長の家に竜車を着け、中で食事をしているとマサが青年団の訓練の終了を伝えに事務係に声を掛けていた。


「本日の訓練終了しましたって、報告しといてくれる?ボギーは今日は門の当番だっけ?取り敢えず宜しくね」


「判りました。マサさんそちらに村長さんにお客さんなんですが、村長さん出たまま帰ってないので、お相手お願いできないでしょうか?」


「ええ?村長まだ帰ってないの?判った。話聞いとくよ。ゆうみんの頼みじゃ断れねえもんなあ」


「ふふっ。ええ。お願いします」


 マサは受付から村長の部屋へ移動し、扉を開けた。


「お待たせしてるようで申し訳ないが、まだ村長が帰らねえもんで、私がお相手させて頂きますが。マサと言います。急ぎの用とか聞きましたが?」


「そうなんです。私はガトーと言います。南の海の産物を運んでるもんです。ジェノーヴィア国王様に手紙を預かって、ベレーゼ国王様に話してこいと一任されたんですが、もう少しって言うところで地竜と乗ってる私自身が持ちませんで、少し休ませて貰いに此処によりました」


「なるほど。休むのはいくら休んで貰っても構いません。地竜にも腹一杯食わしてやってください。それで?何か南の国で困ったことでも?」


 マサは話しにくいだろうと気を遣いながら、世界の事情を話し合った。魔族のこと、西の国がムーラシアと戦争危機にあること。そのことで仙人が乗り出していること。


 ガトーもマサの人柄を見て、南の海から攻撃を受けたこと、海の産物に異変が起きて居ることを話し合った。


「ガトーさん。王様に会いに村長と三人で行きませんか?此処の村も王都から見学に来るくらい、訓練が行き届いてるって評判で。俺も村長も何回か行って、王様にも会ってるんですよ。それから本格的な対策を話し合いましょう」


「まだ国の方の王様に報告しないと・・・」


「多分、その時間は無いと思った方が良い。こちらで決めてそれを実行しないと、ムーラシアの二の舞ですよ」


「二の舞?」


「そう。あの国、魔族に乗っ取られてしまって・・・表向きは人間の国王がいるみたいに装ってますが、実は魔族らしい」


「そんなあ。中欧の国が無くなったら、この世界に人間の住むとこが無くなるじゃ有りませんか」


「それを阻止するために、仙人様が極秘で動いてます」


「仙人様が?」


「そうです。時々その人のお弟子さんが報告に来てくれます。その仙人様の指示で訓練している。対策もしている。だからこの村は慌てないで訓練に勤しんでいられる」


「その仙人様は今は何処に居られるんです?」


「それは私たちには判りません。知っていても言えません。何処で誰が聞いているか判りませんからね」


「なるほど。それもそうですね。今の世界の状況は判りました。ジェノーヴィアだけじゃ無いって事が。世界で何かが起ころうとしてるって事が」


「お互い苦労を背負ってますねえ」


「マサさんも。損な星の下に生まれたのかも」


「めげずに頑張りましょう。村長が帰るまで家に来ませんか。どうせ今から行っても城には入れないし。明日朝一番で入って、王様に謁見するように。門番には連絡させときますんで」


「ではお世話になります」


「もう一寸だけ此処で待っててください。女房に用意させますんで」


 マサは部屋を出てミサの所へ急いだ。ミサは花を抱え壺に刺して水を掛けていた。


「ミサ、お客が来たからメシ用意してくれないか」


「できてるよ。さっき精霊様から大事な人が来るから食事させてあげなさいって。明日精霊様も一緒に王都に行くって」


「ええええっ!精霊様が王都へ一緒にい~?」


「精霊様も心配されていたわ。南も大変だって」


「そうかい。スザクさんに知らせねえといけねえな」


「あんたお願い!」


「任せろ」


 マサはスザクの弟子、つまり獣人八人衆に合図を送る手段をスザクから教えて貰っていた。


 普通は木を燃やし煙で合図するか、夜明かりを布で隠し開閉で合図するが、これでは全てが周りに見えてしまい、しかも内容が伝わりにくい。精霊術で送ると内容まである程度伝えられるため、狼煙や明かりよりも伝達が早い。


「微精霊の力、お借りします」


 マサは大樹のそばへ行き手を合わせた。するとマサの周りに無数の光りが踊るように集まり始めた。


「ウサギさんに連絡が取りたいんだが、直ぐ頼めるかい?」


 沢山の光りは五つの集まりになりそれぞれが重なり五層の光の束に変わった。光りの束はそのまま空へ舞い上がり、飛ぶ方向を探しているようだった。


 やがて方向を見つけ位置を固定するとカタパルトからロケットが打ち出されるように糸を引くように飛んでいった。


「これで良しと」


 マサが連絡を取ろうとしている獣人八人衆の一人。ウサギはクニの代わりにルコイ村と西の街道の中間までを任されていた。


 しかし、ムーラシアの不穏な動きに八人衆が二人ずつ動き、もしも魔族に出くわしても片方がスザクに連絡でき、全体が繋がるようにスザクに指示されていた。


 マサは大樹から離れ、自宅に帰りミサに連絡したと伝え、村長宅に向かった。


 ガトーはウトウトしながら椅子に座り待っていた。


「ガトーさん、ガトーさん。此処じゃ何ですから家に行きましょう。起きてください」


「すみません。じっとしてると疲れが出て・・・お世話になります。少しだけ休ませてください」


「まあゆっくり・・・とは言えないけど、これからまだまだ働かなくっちゃいけねえんだ。今はまだ無理するとこじゃないほんとの苦労はもっと先。それに向けて準備しましょうや」


 ダンが来た頃や、ほんの何年かで起きた出来事ですっかり肝が据わったマサだった。


 家に戻り、二時間ほどたった夜の食事時。ガトーが眼を覚まして居間にマサとミサに挨拶に入ってきた。


「どうもすっかりお世話になりました。だいぶ体調も良くなったので・・・」


「いやいや、明日、いや夜が明けたら一緒に王都に行きましょう。行きたいと仰る方も来られるので」


「村長さん以外にですか?」


「そうです。明日になれば来られますので」


「判りました。では私はもう少し休ませて頂きます」


「どうぞ。あ、地竜のことは我々が見ておきますので心配なさらずに。良い地竜ですね。名前は確かロンとか」


「どうしてそれを?私、言いましたっけ?」


「いいえ。あの子が教えてくれましたよ」


「あのこ?」


「貴方が可愛がってる地竜がね」


「まさか?」


「まあ、信じられないのも無理有りませんからね。仙人様が来るまで私らも同じでしたから」


「私、なんか頭が・・・もう少し休ませて頂きます」


「ごゆっくりー」


「あんた、だめじゃ無いの。脅かしちゃ」


「その内判るよ。明日はこんなもんじゃ済まないからな。少し慣れてた方が良いんだよ」


 これから中央国家郡を背負って立つ二人の出会いが此処にあった。

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