第20話 戦争の準備

 エルフの郷へ宣戦布告をした魔族の傀儡国と化した北の国ムーラシア。だが、宣戦布告をしたのはエルフの郷だけでは無かった。エルフの郷から北西に位置する国バーレンシア。西の小国家郡を纏める中心的役割を担っている国である。


「国王様!国王様!た、た、大変でございます!大変でございます」


「何だ?どうした、大臣。またばば様が何かやらかしたか?」


「国王様!おお、こちらにおられましたか。一大事でございます。魔族が魔族が・・・」


「魔族がどうした?東の国から此処まで、遠いぞ。争える距離では無いぞ。誰ぞ攫われでもしたか?」


「違います。宣戦布告。戦争を仕掛けてくるつもりのようです」


「今も申したであろう。東の国は・・・」


「この度は東の国ではありません。ムーラシアでございます」


「なにい!何故ムーラシアが・・・エルフの郷はどうした?何か言ってきたか?」


「今、確認に行かせております。それにおばば様がゲンブが心配じゃと仰いまして、ついて行かれました」


「まあ良い。大婆様は不思議な方だ。簡単に何かに巻き込まれるようなことは無いだろう。直ちに北の国境沿いを調べよ。連合国に連絡。各国にそれぞれの守りを固めるように連絡を」


「兵を出すように要請は出されますか?」


「他の国に兵を出させたら共倒れになってしまうぞ。自国を守れと通達を出せ。特に西のフレームスと南のメサーラには国境を固め手を出さぬようにと。それとバグリットには呉々も遺跡を守るように、連合の長老会からも連絡するように。急げ」


 国王の命令で地竜を、飛龍を各方面に飛ばし、各国に通達。瞬く間にムーラシアが攻めてくると言う情報が伝わる。


 その頃、一つの商団が南回りで大森林を迂回し間もなくメサーラからバーレンシア国境に差し掛かる所だった。


「団長、前の方で道塞いでる竜車がありますぜ。盗賊かも知れませんぜ」


 商団の先頭を走る竜車の御者から前方の様子を伝えてきた。


「距離を取って様子を見てろ。後続に止まっとくように伝えてくれ」


「へーい」


「何でこんなところで道塞いでんだ?」


 先頭を走る商団の責任者である団長リチャード。竜車の御者をしている商会の一切を取り仕切っているトキーオに確認を促した。


 前方の竜車の方では、


「だから妾に任せよと言ったでは無いか。其方は慣れておらんから地竜との気が合なんだのよ。然程の早さでも無いのに側溝に脱輪しおってからに。急いでいるときに限ってヘマをやらかす物よ」


「大婆様。申し訳ございません。直ぐに立て直します故しばしお待ちください」


「イライラしてても仕方ない。妾は歩いて向かっておる故後から来なさい。急がんでも良いぞ。急いでまたヘマしたら目も当てられんからな」


 大婆様と言われる貴族らしい女性と、付き人であろう男が傾いた竜車の横で話していた。


「おお。あそこに商団らしき影が見える。丁度良い。助力を頼もうでは無いか」


 商団の方からトキーオが道を塞いで居るので様子を伺いに来たと話すと、


「妾とこの者の乗ってきた竜車が脱輪して動けなくなりましたのでな、できれば助けてたもれ。お礼はいかようにもさせて頂く故」


「判りました。任せてください。ちょっとお待ちになってください。竜車で引っ張りますので」


 トキーオが竜車を取りに戻り、がっちり溝に嵌まった車輪に棍棒を噛ませ、かけ声と共に竜車に引かせた。


 やっとの事で竜車を元の道に戻し、車輪の点検と地竜の状態を調べた。


「団長、地竜は問題ありません。竜車は荷物は運べませんね。空なら走れますがこのまま急いで走ると車輪が持ちません」


「そうか。しょうが無い。あのう、私らは商団でして町から町、国から国へ渡って商いをしております。お急ぎでしょうか?そうで無いなら私たちと一緒に来ませんか?目的地の近くまでお送りしますが」


「おおそれは助かります。妾はバーレンシアの国王の命でここから北東の大森林の北にある寂れた郷へある人に逢いにゆかねばなりません。力を貸してくださらぬか」


「バーレンシアから?それはお急ぎですか?良ければ事情をお聞かせ願えればと・・・」


「本来は国の重要機密に当たろうが、火急の議によりて、事情を話す故力添えを願いたい」


「私も商団を取り仕切る身。国の一大事に掛かるのであれば微力ながら応援させて頂きます。それで?」


「ここだけの話と約束して頂きたいことが・・・」


「はあ。ここだけの話、ですか?・・・判りました」


「妾の名はビャッコ。今はこのような、嫌々ながら花燭に飾られておるが、元は精霊術、仙人術を使うものなのじゃが、訳あって今は西方遺跡の監視をしておる身でしてな」


「ビャッコ様、ですか?・・・あのう、ちょっと伺いますがスザクと言う名前に心当たりありませんかねえ」


「おお!スザクとな。その名をどうして?」


「はい。二年と少し前にラモンからポローニャに行く道中を一緒に旅をしまして、私ら商団を助けて貰いました。大変世話になったので覚えているんですが、御名前の感じが似てたものですから」


「そうですか。スザクを御存知なら話が早い。そのスザクに会いに行きますのじゃ。妾が行きたいところにスザクも居るはずなのでな」


「それで、お急ぎのご様子。国に何か問題が起きましたか?」


「今はまだ。だが、ムーラシアから宣戦布告を受けたのじゃ」


「えええ!宣戦布告とは!我々は何をすればよろしいんで」


「取り敢えず妾を隠れ里まで送り届けて頂きたい」


「そうですな。それでその後ですが、ムーラシアとの国境沿いは封鎖されますか?バーレンシア国境はどうなります?食料とか物資補給が必要でしょう?」


「まあまあ、少し落ち着いてたもう。そう、まだ必要なものがどれだけ用意出来るのか、今確かめて居るじゃろう。頼めるのであれば、リ・チャド殿、妾を送った後バーレンシアに行って国王に逢ってみてくれんか?婆から言われたと言ってな」


「ビャッコ様。リ・チャドでは無く、リチャードです。伸ばすと駒違ってます」


「おお、それはすまなかった」


「ではこれから商団を二つに分けます。後ろの組を物資補給に向かわせます。十日もすれば戻ってきます。モスラスかメザーラ当たりまで後退し待機でどうでしょう。わし、私らはビャッコ様を送り、引き返してバーレンシアの王に謁見いたします。と言う段取りで如何でしょう」


「流石商団の長。機転が利くのう。だが、良いのか争いになれば何が起こるか判らんのだぞ」


「それなら心配していません。スザクさんが居られるんですから」


「えらい信頼を得たものよのう、スザクも」


「私らは、その強さを見てきました。魔法でも倒せない魔物を何十匹も一人であっという間に倒されたあの強さ。何にも心配していません」


「まあ見返りは少ないかも知れんが、妾が国王に進言しても良いか。一も二も無く力を貸してくれる人間、他におらんじゃろうて」


 ビャッコはスザクの知り合いというこの商団長リチャードを国王に推薦状を書き手渡した。


「ありがとうございます。国は切った張ったを剣でやり取りするでしょうが、私らは商人。知恵と度胸で渡り歩いてますんで。兵隊さんも商人も戦い方は違いますが敵は敵。私らは商いが出来るなら全力で応援させて頂きます」


「気に入った!!!其方の心意気、気に入ったぞ。もし国王が申し出を無碍にするなら、妾が何とかしよう。心配いらんぞ。国王には嫌と言うほど貸しがあるでな」


「心強い限りでございます。先ずはこの先の隠れ郷ですが・・・」


「そうじゃな。全てを話すのは掟を破ることになる故言えんが、精霊の郷とでも言っとこうかの。スザクと妾を含めた仙人達の修業の場と言えば良いかのう」


「そんな険しい所に今、皆さんが集まりだしたのは?」


「其方は勘が良いのう。宣戦布告をしたムーラシアは恐らく魔族の傀儡。つまり国を乗っ取られたわけじゃ。これからは他の国も気をつけねばならん。何せあいては魔王じゃからな」


「ま、魔王・・・ですか?」


「そのようじゃ。じゃが、先程も言うたが心配はいらぬ。まだ本格的な争いはもう少し先じゃろうて。魔族も焦って居るのかも知れんが。好戦的な種族故押さえ切れんようになったのかも知れんな」


 魔族の出現に驚いた商団長のリチャード。しかし肝は据わっている。それを聞いても引っ込めようとしない所をビャッコは気に入ったようである。


 一行は第一、第二、第三に別れ、第一団はビャッコ大婆様を乗せエルフの郷目指して竜車を走らせる。


 第二団は南の国で物資補給を済ませ急ぎ引き返し、補給部隊の設営を済ませておく。


 第三団は南方からポローニャを通りラモンまで他の商団にも声を掛け参加できるものは途中の国まででも物資を運んで補給路を作って貰うように要請する。


 本来ならば軍隊か自由組合(連合)が行う補給路の維持をこの商団が行うのは団長のスザクへの恩返しのつもりである。


「良いか皆。此処に生きてられるのはスザクさんが守ってくれた御陰だ。あのときスザクさんが居なきゃ、とっくに土の中で眠ってるとこなんだ。今恩返ししなきゃならねえと俺は思う。俺たちは騎士でも戦士でも無い。商人の集まりだ。危なくなったら逃げて良い。でも借りは返さないといけない。一寸だけ力を貸してくれ」


「団長、そんなこと改めて言わなくても皆判ってますって。文句言う奴はいませんよ」


「そうだそうだ!団長の我が儘は今に始まったことじゃねえ!俺たちゃいつも迷惑被ってるんだ。慣れてるんだぜ、なあ相棒!」


「そうだそうだ!俺たちゃ慣れてるんだぜ!」


 いつもリチャードに怒られているこの二人。何をするにも一緒の双子のような男達である。


「そうかい、そうかい、いつもすまねえな。迷惑をうううっ掛けちまってよっ」


 ”ゴチン☆ゴチン★”


 二人の頭に二個ずつ瘤が出来たのは言うまでも無い。


「だからお前達は・・・いつまでたっても頭が足りねえんだ。すいません団長。ちゃんと言って聞かせますんで」


「お前が悪いんじゃねえ。いつまでたっても成長しねえあいつらが・・・まあ馬鹿ほど可愛いって言うがな。しょうがねえなあ。なあトキーオ」


「すいません」


「妾の付き人にもよく似たのが居るぞ。何でもオッケイオッケイって引き受けて問題が片づかない奴が」


「何処にでも一人や二人入るもんですね。さあ行きましょうか」


「すまぬが頼むぞ」


 商団が三部隊にわかれ行動を開始した。





 その頃魔族の傀儡国となったムーラシアでは六魔将ファダルが国の中心である評議会で王の座に座っていた。


「大臣。西側の国に書状は届けたのか?」


「はい国王様。エルフの郷と呼ばれております隠れ里にも送りましたし、西のバーレンシアに直接届けさせました。相当慌てている模様です」


「そうだろう。だがな、実際に攻撃するのは南からだ」


「ええ?西の小国郡では無く?何故でございます?」


「西にそのまま攻め込めば纏まって防御を張られて攻め落とすのに時間が掛かろう。まず南に回って、奴らの補給路から断っていくのだ」


「なるほど。しかし南回りでは日数と攻め込む兵が足りないのでは?」


「兵の数など問題ない。東の国より順次送られてくる手筈が出来ている。それもかなり狂暴な奴がな」


「そうでしたか。失礼しました。私どもでは予想も付かない動きを国王様は・・・流石でございます」


「そうおだてるな。お前達にも仕事はあるぞ。もうすぐこの国の国境近くに、ある子供が山を下りてくる。其奴を連れてこい。どんな手を使っても構わん。生死は問わん」


「国境と言いますとラモン辺りでしょうか?」


「まあその辺りだが、他の山からの降り口も封鎖して警戒せよ」


「判りました。その者の名前は何と?」


「名前は確か・・・ダンだったか?」


「ダン・・・ですか?判りました。早速手配を」


「絶対逃がすなよ。ヘマをした者は命が無いと思え」


「は、はい。国王陛下」


 ファダルは西を攻め滅ぼすことは簡単にできると思い込んでいる。


 ダンたちはまだアベル達と修行中。アニカはエルフの郷で修行に入ったばかり。


 ビャッコを乗せた商団の第一商隊はまだエルフの郷の入り口には到着していない。


 西の国、エルフの郷からスザク、最長老、二人と二人の付き人それぞれ三人ずつを連れ、エルフが作った大森林の秘密の道を東に向かい歩いていた。


 今それぞれが、これから起こる出来事の前哨戦に向け、配置が整おうとしている。


 平和を脅かし、ダンの未来のための戦いの幕が切って下ろされようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る