第2章 旅立ち

第11話 はじまりの始まり

 ムイラスの攻撃こうげきから何とか立ち上がったダン。


 ダンの手には、精霊の剣と盾が握られていた。うっすらとダンの身体を光りが覆っている。震える身体を、剣の柄で太もも辺りを叩いて鼓舞して立って、ムイラスを睨みつけている。


「ほおう。今ので生き延びるとは、頑丈に生んで貰ったことに感謝すべきですねえ。だが!遊びはここまで。次はありません」


「あんた、どうしよう。ダンが、ダンが」


「大丈夫だ。精霊様の加護と、仙人様が付いてるんだ。それに案外あの魔族野郎、弱いかも」


 ミサの心配をマサが宥めていた。根拠の薄いマサの戦評では有るが、スザクは頷いていた。


「あれは・・・ライカの仕業か」


 スザクはダンの力だけでは無いと見ているようだ。


 実際飛ばされた瞬間、ダンは動けず手で頭をカバーするのが精一杯だった。しかし、タイミング良く加護が発動。そしてもう一人のダンの手助けがあった。


『ありがとう、ライカ。助かったよ』


『間に合って良かった。昨日偶然夜中に閃いて、練習しといて良かったよ。役に立って何よりだ。兎に角、相手は大きいし容赦の無い魔物だよ。慎重にね』


『わかった』


 ダンの中でライカと会話していた。




 訓練で疲れ、アニカと魔法の打ち合いでかなり魔力を消耗した日だった。


 グッスリ寝ているダンに、誰かが話しかけてきた。


『ダン起きて。頼みたいことがあるんだ』


「もう少し寝かせてよ、ムニャムニャ・・・」


『ちょっと今日は起きてもらうよ!』


 ライカはダンの手を伸ばして頬を二、三回打ってみた。


『だめか。自分が痛いんじゃだめだな。こう言うときはっと・・』


 最近使えるようになった念動力でコップを動かし頭の上で止めた。


『ごめんよダン。どうしても試しておきたいんだ。いくよ・・・』


 ダンとライカが入れ替わった瞬間、ダンの頭に衝撃が走った。


「いてててっ。なんで?どっからコップが?」


『ごめんよダン』


「ん?」


『わかるかな?』


「誰?どっから話してんの?」


『今、君の中に居るんだ。判るかな?』


「?何で僕の中に居るの?」


『話せば長くなるんだけど、僕は多分他の星から来たんだと思う。何かの弾みに魂だけがユグドラシルとか言う木の中を通って、君と魂同士が共存してしまってるみたいなんだ』


「今までずっと僕の中に居たの?全然知らなかったよ」


『今まで黙っててごめん。君を混乱させたくなかったんだ。でもそろそろ本格訓練だと思うから、僕も協力しようと思って』


「ちょっと待って。僕の中に居る君は誰?身体からは出られないの?」


『ああ、自己紹介がまだだったね。僕は今の名前はライカ。これは精霊様が付けてくれた名前なんだ。本当の名前はまだ思い出せないんだ』


「ええええっ。どうやって来たかも?名前も、どこから来たかも自分の家も忘れたの?」


『忘れたと言うか、何かの衝撃で多分記憶がなくなってるんだと思う』


「可哀相に」


『大丈夫。ダンのお母さん良い人だから。いっぱい甘えさせて貰ってるよ』


「えええええ~!母さんも知ってるの?僕だけ?知らなかったの、僕だけ?」


『ごめんごめん。ダンの成長の邪魔をしたくなかったんだ。ホントごめん』


「判ったよ。もういいよ。んで、頭にコップをぶつけた見返りに何をくれるんですか」


『今まで、引き籠もってるだけだと思ってたんだけど、少し思いだしたことがあってね』


「どんなこと?」


『ある力を使えることにさ』


「どんな力?」


『魔法でも無い、精霊術でも無い、両方の合わせ技みたいなもんだけど』


「わっかんないけど、どんな風に使うの?」


『例えばこんな風に』


 ライカの声とともに腕が光り、左の手首から肘までが外側が膨らんで、円盤の形に固まった。


「うあっ。なんだこりゃ」


『叩いてみて』


 ダンが右手に拳骨を作って叩いてみた。


 ”ゴインゴイン”


「痛くない。って言うか、殴った右手が痛い」


『はは、まあそんなもんさ。どうだい?使えそうかい?』


「これ君がやらないとだめなんじゃ・・・」


『ううん僕の力だけど、君の力でもあるんだよねぇ~』


「ちょっとやってみて良い?」


『うん、じゃあ右手に出してみてよ』


「よーし!ふん!!」


『あっ。力んだらだめだからね。頭で想像して其れを形にするんだ。いいかい。肩の力を抜いて』


「わかった」


 ダンがしばらく右手を見つめていると肘から手首が光り出し、やがて四角い板状の盾が出来ていた。


「やった。できた」


『うん。やったね。明日からはこれをスピードアップしよう』


「うん。だけど、ライカ、不自由なんじゃ無い?身体の中に閉じ込められて」


『大丈夫。慣れたよ。もう五年以上君と暮らしてるんだから。代わりの僕の身体が見つからない限りはね。半分あきらめては居るけど』


「だめだよ。諦めないで。僕と一緒に探そうよ。精霊様も、スザクの叔父さんも、きっと探すの手伝ってくれるよ」


『ありがとう。でも今は、君の成長の方が大事だからね。君は皆が必要な人なんだから』


「わかった。僕頑張るから。絶対頑張るから」


『無理しすぎるなよ』



 これは夕べのダンとライカのやり取り。


 ライカの能力を借りて今、瓦礫の上で魔族を睨みつけるダン。




 皆が心配そうに見守っているその中で、一人烈火のごとく怒りに震えている存在があった。


「よくも・・・よくもダンをふっとばしてくれたねー!!!」


 叫ぶと同時にムイラスに向けた掌から火弾を打ち出し同時に走り出した。


 しかし攻撃はすべてかるくムイラスに弾かれてしまった。


「アニカ!!!」


 ダンが叫ぶよりも早く、アニカが回り込んでダンとムイラスの間に入り込んだ。


「小娘が。何をしようというのです。貴方ごとき虫けらに何が出来るのです。その小僧を守ろうと?やれるもんなら、守ってみなさい。手加減はしませんよ。殺しますよ」


「うるさーい!!」


 怒髪天をつく。髪の毛を逆立て、頂点に達した爆発的エネルギーを拳に貯めて波動に変えてムイラスに向けて打ち出した。


 ムイラスもただ者では無い量のエネルギー量に、負けないようにエネルギー波を貯めだした。


 あと少しでムイラスに怒りの波動が届こうとしたとき、ムイラスがエネルギー波をアニカの打ち出した波動に向けて打ち出した。


 衝突の瞬間、拮抗するパワー。しかし、波動は徐々に押され出し、やがてアニカに向かってエネルギー波が襲いかかった。


「きゃーっ」


「アニカァー!!」


 ダンは吹っ飛んでくるアニカを横っ飛びに受け止め、何とかアニカの身体を抱き留めることに成功した。


「アニカ、大丈夫か?」


「うん、大丈夫。このくらいへっちゃらよ」


 気絶しそうなのを耐えてるアニカを、スザクから貰っていた回復剤を飲ませ、近くの物陰に座らせた。


 うつむき加減のダンを、スザクは観察していた。


「反射的な身体の裁き方も、物になりつつあるな。不思議な力もそうだ。これは面白いことになるぞ」


「あんた、ダンが。ダンが。どうしよう」


「落ち着けって。スザクさんが付いてるんだ。大丈夫だって」


 ミサの狼狽えた声に、マサがミサの口を指で塞いだ。しかし二人の目には、初めての息子の戦闘に目の前の魔族は強く大きく写った。



 ダンは少し俯いて立っていた。肩も足も震えていた。目は開いていた。地面を睨んでいた。拳を握っていた。


「良くもアニカを痛めつけてくれたね。僕は怒ったよ!もう僕はお前を許さない!!!」


 怒りに震えていた。しかし、アニカと違うところは、ダンは冷静だった。ムイラスを睨みつけた。目の奥に眠っていた怒りを、ムイラスにぶつけるように。


 ダンの目を睨み返すムイラス。グウッと喉の奥で生み出される咆吼を我慢し口を開く瞬間を探していた。


 ふと気付いた。いつの間にかムイラスは、先程からじわりじわりと後ずさっていることに。


「馬鹿な!私があの小僧ごときに億しただと?そんな、そんなことは、私はみとめんぞ!!」


 いきなり走り出した。なり振り構わず、魔法を飛ばした。


 ダンは睨んだムイラスから目を離すこと無く微動だにしない。


 やがてダンは人差し指をムイラスに向けた。


「バーーン!」


 走ってくるムイラスの額めがけて放たれた指弾が命中した。


 額から後頭部を突き抜けた指弾は、後ろの岩に辺り爆発した。ムイラスは指弾が命中した瞬間に絶命。爆発により粉微塵に吹き飛ばされた。


 村の彼方此方から皆が駆け寄ってきた。


 アニカが心配そうにダンのそばに来て顔をのぞき込んだ。


「ダン、大丈夫?」


「アニカこそ何処も怪我してない?薬は効いた?」


「うん。あの薬凄いね。死ぬかと思うくらい痛かったけど、すっかり直っちゃった」


「そうか。よ、良かった」


 アニカの無事を確認して安心したのか、ダンはその場に座り込んでしまった。


「おいおい、大丈夫か?魔族をやっつけた英雄が腰抜けましたじゃ話にもなんねーぞ」


 駆けつけたボギーに励まされながら肩を借り、何とか立ち上がったダンだった。


 スザクは周りを見回している。


「確かもう一つ居たはず」


『もう結界の外に。ダンの戦闘が始まる直前に移動し消えました』


「精霊様!」


『ダンは良くやりましたね。逃げず、怖がらず、アニカのために』


「はい」


『アニカには私が話をいたしましょう』


「おお。アニカも喜ぶと思います」


『これからどう動きますか?』


「魔族の追撃があると思いますので、早めに立ちたいと思います」


『ではお願いしましたよ』


「御意に」


 皆に迎えられ、ほっと一息入れている村人の中。

 ダンを取り巻くこれからに目を向け、ダンとの旅に期待し「楽しみが増えた」と目を細めるスザクだった。

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