第9話 希望の種子

 異世界の住民、「亜人(エルフや人間との間に生まれた人)、獣人」は成長が早い。


 特に亜人、獣人は数年で大人の体格にまで成長する。


 人間はと言うと異世界ではさまざまで、平行する時間軸に対して同じであったり、早かったり遅かったりする。


 今ダンがいる世界は、人間の成長が一番早い世界である。それでも、亜人たちの成長速度には敵わないのだが。


 スザクの狙いはこの村を隠すことにあった。


「このままダンが成長してくれたら・・・」


 これが本音であった。


 しかし、何れ魔族は攻めてくる。そのための準備をし、油断は禁物と自分に言い聞かせるように動いた。


 まだ魔法や精霊術の初歩的な物しか使えない者や、まあまあ合格、位のレベルの者までさまざまだが、出来る者の数が少ない。


「足りない。まだ足りない」


 無理は禁物とは精霊セイメイに釘を刺され、判っては居るものの、つい力が入ってしまう。


「焦りすぎかもな。私もまだ修業不足と言うことか」


 自分で反省しつつ、皆の修業の姿を眺めていたが、


「そろそろダンの修業も次の段階に入っても良い頃合いかな?一回りしてみるか」


 スザクがルコイの村に来て三年が経とうとしていた。村の防御もある程度の水準まで出来上がってきた。マサも最近では、体術や魔法の訓練に没頭している。


 村の青年たちも軍隊並みに成長している。足りないのは、実戦経験だけである。


 太陽が傾きかけている暑い最中、村の青年たちは訓練に勤しんでいた。


「よーし。今日から5人一組でサバイバル訓練に入る。それぞれ言い渡したメンバーで実戦訓練を積んでいって貰う。一定期間過ぎればメンバー交換も行うので、それぞれの役割を頭に入れて経験を積むように。一週間のサバイバルだ、入念に装備のチェックをするように。油断は即、怪我および死に繋がる。心して掛かるように。以上!」


 隊長を任された村の青年、ボギー。


 最近スザクの指導でメキメキと精霊術を身につけていた。


 風を操り物を飛ばす術。


 風で対象物を切る。


 竜巻を起こす。


 火を出して投げる→爆発させる。


 その他微精霊を誘導して(力を借りて)木や水を操る術も習得してきた。


「物になってきたじゃねーか、ボギー。俺より強くなったんじゃ無いか?」


「まだまだ、マサさんには敵いませんよ」


 袖で見ていたマサに褒められ、恐縮するボギーだった。


「相当な腕前になったんじゃ無いっすか。スザクさん?」


「まあ使えるようには成ってきたが、実戦で使わないと何とも言えんよ。全ては実戦での結果じゃな」


「今度の遠征で経験積んだら良い感じになるんじゃ無いの?」


 マサの期待のこもった言葉だった。


 そうこう話していると、ダンとアニカとミサが崖下の谷間で魔法訓練の最中だった。


 マサはスザクと、上からそーっと眺めることにした。


「よーし!練習もそろそろ終わりにして、本気でいくわよー」


「待って待って。順番に行こうよ。対戦はまだ危なっかしいから、あの岩を標的にやってみよう」


「そうね。ダンの言うとおり、まず岩を潰してからね。治癒は母さんに任せて」


 いよいよダンとアニカの魔法対決である。此処までは少しダンの成長が早かったが、魔力の総量でアニカも追いついてきた。


「じゃあいっくわよー!!」


 アニカが先に腕を振り上げ、思い切り掌を岩に振り向けた。掌が光ったかと思ったその瞬間、岩の真ん中より少し上が妖しく光り赤くなって少し溶けた。


「あーっ、もうちょっと魔力を貯めてからの方が良かったわね。残念」


「じゃあ、今度は僕が行くよ」


 そう言ってダンが、瞑想に入りそして手首をシュシュッと音が鳴るように振ってみた。


 続けて人差し指を岩の場に向けて


「バン」


 と声を出し、続けて


「バン」


 もう一度声を出した。


 しばらくして”ドッカーン”と谷に小さな地震が起きたような揺れが二度起きた。


「ダン!やり過ぎよ。耳が聞こえなくなったらどうすんのよ、もう」


 アニカは耳に手を当てて頭を振りながらキッとダンを睨みつけた。


「ごめん。まだ一寸コントロールが難しくて。母さんもごめんなさい。大丈夫?」


「母さんは大丈夫よ。でも凄い威力が出てきたわね。やっぱり身体を鍛えて大きくなってきたからかしらね」


 ミサはダンを励ましつつ、アニカをすまなそうに見つめた。


「やっぱり指先が強い方が、威力は上がるのかなあ。何か悔しい」


「アニカの方が技が豊富で良いよ。羨ましいよ」


 ダンとアニカを微笑ましく見つめているミサの後方から、けたたましく足音を響かせながら、転げるようにマサが走ってきた。


「い、今のはなんだ?どっかからの攻撃じゃ無いだろうな。えっ?えっ?」


「あんた、何慌ててんの。敵の攻撃なら、こんなとこに居ないわよ。今のはアニカとダンの攻撃魔法」


「ええええっ。でっかい雲がもくもくあがっていったぜえ?」


「そうよ。あれがダンの指からの光りの球、ダンの得意技よ」


「凄いなあ。指からであれか。どうです?スザクさん。もうそろそろ次の修行って言うやつは?」


「そうよなあ。ダン、七歳になったらと思っておったが。一寸早いが私と少し遠出してみるか。剣と体術、精神と精霊術。魔法ももう少しコントロールを覚えんといかん。どうだい?」


「はい。スザクの叔父さん。僕も行きたいです。でも母さんや父さんは?叔父さんが居なくなったら・・・村が・・・」


「大丈夫。今すぐ何かが起こるわけでは無い。起こってもこれくらい鍛えておけば、相当な魔物でも来ない限り大丈夫。いざという時は飛んで帰ってくれば良い」


「叔父さんがそう言うなら。僕、叔父さんと修行の旅に出る」


 マサとミサは、息子の成長に少し目を潤ませつつ顔が喜びにほころんでいた。


「私も行きたいなあー。ダンばっかりずるいよー」


 ミサの横で少しすねてみるアニカ。アニカはまだ村から一歩も出たことが無かった。


「アニカちゃんは私の手伝いをして欲しいんだけど?」


「叔母様?・・・はーい」


 ミサの言葉に少しの反抗と抗えない気持ちをない交ぜに、渋々承諾したアニカだった。


  



 夕暮れの崖の上、木々で塞がれた山の頂。結界の丁度境目。二匹の赤い目をしたネズミが木の上に登った。


 薄暗い景色の枝の上で、赤い目をしたネズミは突然大きく変身し、頭からは角が、身体は人間を一回り大きくしたような体格に変わり、しっぽが生えていた。


「ひゃっひゃっひゃっ。ようやく見つけましたな。ガルム様早速やってしまいましょう」


 大きな身体、獰猛そうな顔に牙が下あごから生え、カチカチと鳴らしながら魔族の男がダンたちの様子を見ていた。


 その横、やせ形で顔がやや縦長の従者であるもう一人の魔族の男が付き従う。


「待て、ムイラス。まあそう急ぐでない。まだ彼奴と決まった訳ではあるまい。ゴズマ様には確実な情報を報告せねば成るまい?」


「はい?ですが・・・では、いかがいたしましょう」


「どうやら旅にでる様子。この嫌らしい結界から出たら試しに遊んでやれ。確認できたら始末すれば良かろう」


「はっ。ではその様に」


 ムイラスはまたネズミの姿に戻り、その場から消えた。


 ガルムは一人残り


「もしもあれが特異点ならば、将来あの方の脅威になるはず。今のうちに確実に仕留めねば」


 赤い目が夕闇迫る木々の上で光っていた。

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