第5話 仙人登場

 静かな森の外れの街道をゴトゴト音を立てながら地竜を走らせ、それでも悪路ながらそこそこのスピードでは走っていた。


「旅の人、もうすぐ着きますぜ。あの丘越えたら見えてきまさあ」


「ああ。無理を言ってすまなかったねえ。かなり遠回りをさせてしまって・・・」


「いやあ、あんたがいてこの命があるってもんですよ。あんたがいなかったら今頃はお花畑で眠ってまさあ」


 地竜を操る御者と、荷台に載る旅人との会話である。


 国境の町ラモンからポローニャの町を抜けて西へ西へ。ここまで来るのに何度も魔物に襲われていたのである。


「しかし、あんた強いねエー。あんだけの数の魔物を一人でやっつけちまうんだから」


「私もあんた方が居なかったら、長いことラモンで足止めを食らうところでしたよ。無料ただで乗せてもらって、飯もご馳走になって。礼を言わねばならんのは此方の方ですよ」


「最近は魔物や盗賊が増えて街道も物騒になったもんで。わしら商人は冒険者か用心棒を雇うのも大変なんでさあ。あんたみたいな旅の人が一緒なら心強いんですがねえ。ルコイに用がおありなんでしょ?残念だなあ」


「まあ心配しなくても、この先は魔物も出ないでしょう。昼間はね。夜はなるだけ出ない方が良いですよ。怖いのは魔物だけとは限りませんから」


 御者の心配げな顔を見て、旅人は慰めとも労いともつかない言葉をかけ、そっと荷台から御者台へ移動した。


 旅人は、地竜の背中を眺めながら、今までの出来事を振り返っていた。


「まあ、大変なのはこれからだが・・・」


 独り言ちて、ふっと息を吐き、そして口の端を少し引き上げてわくわくしている自分を楽しんでいた。


 この旅人、見た目は三十歳半ばにみえて、実は三百歳をとっくに越えている。名をスザク。光りの魔術師の二つ名を持つが、精霊術士である。


 長い旅の間に固まった腰を労るように、手と手を合わせると指先がほんのりと輝いた。そのまま手を腰の辺りに持って行くと、すーっと凝り固まった物が流れるように消えた。


 しばらく走ると、門が見えてきた。前方からは槍を持った戦士風の青年が走ってくるのが見えた。


「あれがルコイ村の門でさあ」


「ああ、そうみたいだね。あんたは此処で町の方に向かうんだろ?此処で降りるよ。いや、世話になった。道中気をつけてな。ありがとう。しばらくはルコイに居る。困ったことがあったらここに来てくれ。力になるよ」


 地竜を止め御者台からスザクが降りると、竜車を街道に向きを変え、互いに手を上げて挨拶を交わして分かれた。


 簡単な胸当てと脛や肘を護る程度の鎧を着た村の青年が、息も切らさず走ってきて、荷物片手のスザクに、


「旅の方。ルコイに何か用が?」


「此処にマサとミサがいると聞いてやってきたんだが・・・」


「何の用向きか聞いても?」


「そうだなあ。話の中身は話せないことがいっぱいあるんでなあ。此処で待っているから、村長に繋いでくれないか」


「では此処で待たれよ」


 青年を見送り、道ばたに腰を下ろし懐からキセルらしきつつをだして一服。ふうーっと息を吐いた。煙を眺めていると、門の向こうから慌てて走ってくる姿が見えた。


 今度は息も絶え絶えの青年。


「先ほどは失礼しました。」


「村長さんかマサさんに会えますか?」


「はい。村長に家にご案内いたします」


 青年は小走りに門を潜り、村長に伝えに戻り、その後ろをゆっくり辺りを見渡しながら、同じ道を走るでもなくまるで空中移動をしているように付いていった。




 丘の上の切り株に腰を下ろし、空を浮いて移動している雲を見ながら、子供のことを考えていた。


「あれから・・・何かあったいう間だったなあ。あん時は村に帰って、ビックリしたのが木の実や獲物の山が運ばれてきたのと、神樹の前でミサも加護を貰えたのと・・・」


 その後のことを順番に思い返していた。


「あと、村の結界を破って、魔物が入ってきたことだな」


 この時不思議と怖いとは思わず、村のもの皆で撃退した。青年たちの動きが見たことないくらいに早く、二三人で一匹ずつ見事にやっつけていた。


 マサは村を背にして、一番大きい魔物を村に入れないように押さえ込んでいたが、マサが剣を構えた途端に剣が光り出し、気がつけば魔物の胸に剣は刺さっていた。


「ありゃー剣の能力か?精霊様の加護?どっちかねえ」


 あれからもうすぐ精霊に教えられた二年が経とうとしていた。


「もうすぐ二年かあ。早いもんだな」


 そう思い出に浸っていると後ろから、


「こんなところで何してるの?」


 可愛い女の子の声である。


「アニカちゃんか。休憩だよ。一寸したら森に木を切り出しに行かねーとな。早く村の周囲を壁で囲っとかねーと心配だからな」


 アニカは二歳と半年。マサが育てた子供と同い年だが、幾分ませたお姉さんである。


「お母さんが心配いらないって言ってたよ。村のご神木が護ってくれるって。それから叔父さんも守ってくれるんでしょ?」


「そりゃあ、可愛いアニカちゃんを守るのは叔父さんが神様から与えられた仕事だからな。何があってもアニカちゃんを叔父さんが守るよ!」


「うん、ありがと。叔父さんだーい好き。ダンはだめね。全然頼りがいないの。あたしが守ってあげないと」


「そうだな。まあ二人ともまだ二歳だろ。もう少ししたら、ダンもアニカちゃんを守れるようになってくるよ。それまでアニカちゃんが守ってやってくれるかい?」


「うん、わかった。叔父さんの頼みだからアニカがまもってあげる!」


「そうかそうか。んで、ダンは?団と一緒じゃなかったのかい?」


 小さなお姉さんとのほんわかとした会話を楽しんでいたとき、坂の下から息を切らして走ってくる小さな足音があった。


「アニカ待ってよー。荷物全部持たせといてほったらかして行くんだもん。はあっはあっ」


 この子がこの物語の主人公ダンである。


 精霊に保護され、マサとミサたちの子供として育てられた。名前はダンと名付けられた。今は学校の幼年組に通っている。


「ちっちゃい荷物でだらしない。男でしょっ」


 いつもこの調子である。すでに押されっぱなしのダン。


「最近父さんの気持ちがわかりかけてきたよ」


「ダンよ。良いこと教えてやろう」


「うん。何?父さん」


「我慢だ」


「があーん」


 頭を抱えたダンと、アニカとの間を嬉しそうに見つめるマサだった。


 ワイワイ騒いでる所へ村の青年が、


「村長がお呼びです。ダンと来るようにとのことです」


「何?わかった。直ぐに行くと伝えてくれ。丁度ダンもここに居る。ミサに連絡したら直ぐに行く。そう伝えてくれ」


「はっ。村長にそう伝えます」


「アニカちゃん、悪いが今日はお客さんが来たみたいなんだ。明日朝、また誘いに来てやってくれるかい?」


「うん。わかった。じゃあダン、また明日ね」


「また明日。明日は絶対負けないからね」


「何回でもかかってらっしゃい。ダンには負けないんだから。じゃあね」


 アニカは足が速く、それが自慢だった。いつも顔を合わせれば、勝負を挑んでくる。ダンも結構走るのは速いはず。しかしアニカの前では、金縛りに遭ったように思うように走れず、アニカに勝ちを譲っていた。


 悔しくも有り、悶々とするダンだった。


「ダン。お母さんとお前とに、今村長さん所にお客さんだそうだ。今から一緒に行こうか」


「うん。父さん、誰が来てるの?」


「精霊様のことはお前も知っているだろう?」


「うん」


「その精霊様が見込んだ仙人様が、世界で何が起きているのか、これから俺たちやお前たちがどうやって暮らせば良いか。教えに来てくれたんだよ」


「仙人様ってどんな人だろうね」


「さあーな。父さんも初めて会う人だ。どんな人か楽しみだよ」


「じゃあ僕、先に母さんの所に行ってるよ」


「父さんも直ぐに行く」


 ダンが走って行った後ろ姿を見ながら、おもむろに空を見上げるマサ。


「いよいよか・・・」


 ふっと息を吐き、覚悟を決めるべく顔を両の手で、パンパンと叩いて気合いを込めるマサだった。

 

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