第3話 加護
「お、お、俺にこの子を見せたかったのかい?」
まだ少し緊張の残る手とやや震える足を押さえながら、鼻先で揺れている光りに向かって聞いてみた。
『この子を大事に育てなさい』
誰かの声が頭の中に聞こえた気がした。
周りを見渡してみたが、相変わらずゆっくり上下している光り以外は、籠の中の子供だけで有り、他に誰かいる気配はなさそうである。
気のせいかと光りと子供の籠を交互に見つめているとまたしても、
『この子を大事に育てなさい』
又聞こえる。
深くて重々しく、決して邪悪な者の気配はなく、目を閉じて聞くと神々しさすら感じる声が、ハッキリと聞こえた。
「誰だ?!!何処にいる?何処にいる?俺に言ってるのか?」
『そう。其方にこの子を預けたいのです』
「何で俺に?確かに俺たち夫婦に子供はいないけど」
『欲しくはないのですか』
”うっ”と少し呻くように、心の奥を波立つ何かを感じながら声を押し殺していた。
「ところで、あんたは誰?神様か精霊様かい?何処から話している?」
『案ずることはありません。私はあなた方をずっと見てきました』
「俺たちを?」
知り合いに「こんな技を持った奴はいないなあ」と考えていると
『良く神樹に祈りを捧げ、世話をしてくれていることもありがたく思っていますよ。ミサは良くしてくれていますね』
「嫁のことを知っている?と言うことは・・・」
まだ半信半疑ではあるものの、精霊が見ていてくれたと言ったことに少し喜びが沸いてきたのだった。
男は頭を掻きながら、少し落ち着きを取り戻し”ふっ”と息を吐いた。
「一緒になって長いこと子供が出来なくて、二人で村のご神木にお願いに行ったこともあるけど」
『若い夫婦のマサとミサにはいつも幸せに成って欲しいと願っていましたよ。私は神樹の精霊、この地を守護するものです』
”精霊”と言われ少し身が竦む思いがした。嫁のミサといつも事あるごとに”神樹”に願いをかけ、供物を供えていた。
この男の名前はマサ。この森から歩いて半日の所にあるルコイの村にミサと暮らしている。
『実はこれはあなた方の願望を叶えることとは少し違って、私からのお願いなのです』
「精霊様からのお願い?」
『この子を育ててもらいたいのです。他の誰でもない、あなた方二人に』
「俺たち夫婦に?この子は精霊様の子供ですか?」
『私の子ではありません。まだ、結婚もしてませんので。ですが、大事な子には違いありません』
マサは今凄く大事なことを聞いてしまった気がした。
精霊様が独身だと言うことを。
『ん、うおっほん』
精霊の咳払いに我に返ったマサ。
「結婚は『ブウオッフォン』しない・・・」
何となく触れてはいけない話題のような気がしてきたマサであった。
『訳あって今は詳しいことをお話しすることは出来ませんが、この世界ともう一つの世界の未来に関わる大事な子供なのです』
先程よりも、何となく神威のこもった頭に響き渡る言葉がマサに突き刺さるようだった。
少し後ずさりながら、申し訳なさそうに
「今の俺たちは食いつなぐのにいっぱいいっぱいで、子供は欲しいけど育てられるかどうか・・・育てた経験ありませんよ?まして世界を救うって言う大事な子供ならなおさら・・・」
尻込みしている様子のマサに対して精霊が
『大丈夫!マサとミサの二人だからお願いしてるのです。私は神樹の前で祈るミサの思いを、マサの誠実な思いを見てきました。二人とも自分のことはさておき、他の人の思いを優先する人の良さ。何より我慢強く、人生を全うした後には神に推挙したいくらい清らかな心を持っています。そんな二人だから適任と思いお願いしたいと、こうして準精霊のこの子を通じて貴方に此処に会いに来ました』
「そりゃーどうも。はははっ。勘違いもそこまで行くと、ははっ。何とも恐縮です」
『貴方が心配している食物に関してですが、心配いりませんよ。もうすぐ此処へ仙人がやってきます。今、村の周りに起きてることも解決してくれるでしょう』
「村の周りに何かあったんですか?」
『はい。東の国を超えた砂漠の方から魔の者が手下を飛ばして彼方此方で悪さをしております。その影響で動物も警戒し山に隠れたり多くは西の方角にある川を越えて隣国に逃げ出しています』
「えええ~!!そんなことが!知りませんでした。ここんところ獲物も捕れず山が静かになったと思ってたんだけど。魔の者ですか?相当に悪い奴なんですか?」
『はい。国をいくつも滅ぼすほどには』
「それは・・・そんなにですか」
少し頭を振って目を覚まそうと、顔を二度パンパンと軽く両手で叩いてみる。今聞いたことを確認しながらもう一度聞いてみた。
「それで魔の者とかが悪さしているような状況で、この子をどうやって育てれば・・・」
『あなた方に加護を授けましょう』
「加護?」
『そうです』
この世界の特徴とも言うべき理の一つ、加護。
精霊と神にのみ与えられる力。
『これから生きていく上で役に立つと思いますよ』
ゆっくりと揺れる光りのその上からピカッと光り、マサの身体を包んだ。すると両手の手首の内側、それぞれに五芒星のような紋章が現れた。
『貴方と貴方の家族を守れる力です。ミサと貴方の身を守り、その子を育てる力になるでしょう。人には大っぴらには見せないように。もう一つは少しずつ大きくなる加護の種を今授けました』
まだぼーっと腕を見つめ、信じられないことの連続で困惑の渦の真ん中にマサは立っていた。
「何か訳わかんねーようになってきたけど、神樹の精霊様がそこまでしてくださるんでしたら、この子はミサと二人で預からせて頂きます。ですが、ミサにもこの子の身の上とこれから俺たちが何をしたら良いのか教えていただきたい」
『それも含めて、先程の仙人が導いてくれるでしょう』
色んなことがいっぺんに起こりすぎて、喉がカラカラに渇ききっていた。腰の水筒から水を飲み干し少し落ち着きを取り戻した。目線を籠に戻し・・・子供の寝顔を見て気持ちが落ち着いてゆく不思議な感覚に気がついた。
「・・・子供の寝顔にゃ勝てねーな」
『ありがとう。これで一安心です。あなた方に断られたら世界は破滅に向かうかも知れなかったのです』
少し間があり、今までのとは違う雰囲気のさらに荘厳な、しかし優しさあふれる声で、
『ルコイ村の木こり、マサにその子を託します。元気な子に育ててください。村に帰ったら神樹の前にミサと二人出来てください』
「わかりました。精霊様の期待に応えられるよう、この子を大事にいたします」
『どうかお願いします。それと、これも其方に預けます』
精霊がそう言うと、マサの前に一本の剣が金色の光りの中から現れた。
「この子にこの剣を、七歳になったら持たせてください」
精霊の言葉に頷き、その剣を両手で受け取った。そのとき・・・!
突然、マサの両腕が交互に明滅しだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます