花の秘めごと_帰る場所


「帰らなきゃいけないんだ。待ってるやつがいるから」


それは最初からの約束だった。

ボロボロで、虫の息で、なのに必死でもがいていた彼を拾ったときからの約束。


「うん」


花に拾われて一ヶ月。

彼女は毎日治療に通って、彼はやっと動けるようになった。

それだけ。


季節は冬に近づき、無一文の彼は食べ物を得るのも難しい。

体調もいまだ万全ではなく、そこらへんで生き倒れるのはわかっていた。


でもやっぱり何も言わずに花は旅装を整えた。


「帰ろう」


そっと少年に手を伸ばした。


「………付いて来て、くれるのか?」


いつもは踏ん反り返っているくせに、ひどく情けない声だった。


「約束したから。あなたを大事な人のところまで届けるって」







それから三ヶ月、花は魔女様たちの前から姿を消した。







『怪我、してるの』

『大人しくしてて。お願いだから』

『わかった。あなたの時間を一ヶ月ちょうだい。そしたら、ちゃんと大事な人のところに帰してあげる』

『………約束、ね』





「白。………ありがとう」




碧は偉そうで文句ばかりで意地っ張り。

加えてそのくせ腹が黒い。


小屋で過ごした一ヶ月も、それから手を繋いで過ごした旅路も。

ずっとずっと彼女を警戒していたことを、花は知っている。


花ができるのは彼の傷を治すくらいで、でも全てを治すには足りないものがありすぎた。



些細なことで喧嘩して、寒い夜は身を寄せ合って眠りについた。

少し休憩するときは、碧は必ず膝枕を要求した。




だから、最後の最後に手を離すとき。

花はすごく寂しかった。



それは碧もおんなじで、手だけじゃなくって花をまるさら連れ去ってしまいたかった。

………でも、彼女には彼女の帰る場所があった。


「帰るのか、お前の家に」


寂しそうな顔をした。

花は頷いた。彼女も寂しそうな顔をして。


ほとほとと寂しい花の心に熱を分けてくれた人。

だから、花も同じものを返してあげることにした。



「………嬉しいときは笑って。悲しいときは泣くの。そうすれば、すぐに元気になれるから…」




花は前よりも、笑うのが上手になった。

泣くのもきっと、これから上手になる。



「…寂しときは?」


「………名前を呼んで。そしたら心を半分あげる」




「お前の名前は?」




「………秘密」



花はくるりと身を翻した。

少年と同じく、花も長い旅でもうボロボロ。

疲れ果てて足ももう棒切れみたいで、それでも花の帰る場所に向かってふらふらと歩き出した。




「………なんだ。あれについていかなかったのか」



途中で黒い男の人にあった。

静かに見上げた花を、彼はひょいっと拾ってくれた。



「雪と月がもうずっと喧嘩していない。あいつらが静かだと気持ちが悪い」


口調は随分どうでも良さそうだった。


「魔女は血筋だと笑っていた。それでも、お前は帰るんだな」


「はい………」



花の瞳から、後から後から涙かこぼれた。



「………あなたの息子に会いました。陛下」



雪と月は彼が大嫌い。

でも、花は好きだった。

こうして一人で歩いていると、抱き上げて魔女様のところに連れて行ってくれるから。



「………すぐにわかりました。陛下にそっくりだったから」



「見た目は全然似ていないのに?」




黒髪黒目の王様。

金髪碧眼の王子様。



全然似ていないけれど、一目でわかった。





「………心が似ていたから」
















それから、二人はそれぞれの場所に帰ったけれど、時折白と碧を見ては思い出す。

名前も知らない互いのこと。

分け合ったそれぞれの温もりのこと。











魔女様は一人、星を見上げて思案顔。

「出会っちゃったかあ。花は王子様に」





ゆるりと星は行く末を示す。










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