紺野結逢はポンコツヒロイン

 別に、女の子と仲良くできないわけじゃない。女の子と付き合えないだけだ。ちゃんとした線引きがあるからこそ、そのラインを踏み越えることができない。

 だから、決して、紺野結逢とも仲良くできないわけじゃない。


「えっ、紺野さんって豊玉なんですか!?」

「二年八組です」

「えっ、しかもタメっ!?」

「まぁ、豊玉って生徒数多いですし、仕方ないですよね」


 こんな風に、世間話程度ならいくらだってできる。

 でも、もし仮に、この子が『コンチン丸』だとしたら、絶対に話しておかなきゃいけない話がある。


「あの、紺野さんって……」


 俺の緊張した声につられて、紺野結逢も緊張したような顔つきになる。


「コンチン丸なんですか?」

「……こ、ちんこ丸?」

「そんなことは一言も言ってないし、貴女は言っちゃダメな気がしますけど!?」


 息を整え、


「一ヶ月くらい前に、ラインの名前『コンチン丸』じゃなかったですか?」

「あっ、はいっ! 思い出しましたっ! 友達との罰ゲームのやつですね! いやぁ、あれは恥ずかしかったなぁ」


 俺と紺野結逢は最悪のタイミングでラインを交換してしまったわけか。……というか、コンチン丸=紺野結逢確定じゃん!


「なんか、SNSの裏垢をリア友に発見される並み恥ずかしさですね」

「いや別に俺はリア友ではないし、コンチン丸って名前も別にどうとも思ってませんから」

「あっ、そうですか」

「それで、一つ、どうしてもコンチン丸に聞きたいことがあったんですけど、いいですか?」

「あっ、私もその前にいいですか?」


 スッと人差し指を立て、俺の言葉を止める。


「あの、敬語やめませんか? 同級生なんだし」

「このタイミングで、ですか」

「そうですね。敬語だとどうしても心の距離を感じてしまうので」

「いや、まあ、それはそう……だね」

「うん」


 ふぅ、と俺は一息吐いた。


「それじゃあ、いい? コンチン丸さん」

「その名前で呼ぶ?」

「いや……敬語やめたら……急に何て呼べいいか分からなくなって」

「普通に苗字でも名前でもどっちでもいいよ?」


 俺は腕を組んだ。


「いや、どっちでもいいが一番難しいんだよ」

「じゃあ、ってっぺっ……」


 噛んだ。大事なところで噛んだよ、この子。


「ゆびゅって呼んでください」


 そして貫き通したよ。満面の笑みで貫き通したよ、この子。


「いや、ゆびゅって……、コンチン丸でいい?」

「絶対に嫌ですね」


『ゆびゅ』は良くて『コンチン丸』はダメなのかよ。


「あ、じゃあ間を取って『結逢』で」


 どこの間を取ったのか分からないけど……。


「結逢ね。じゃあ俺のことは──」

「──金崎君!」

「結逢はそのままかよっ!」

「あははっ」

「あはは……のはっ!」


 ドンっ! 俺はテーブルを叩いた。斜め前に向かい合って座っていた結逢はもちろん、隣の席に座る女子高生グループも一斉に俺の方を向いた。


「いや、何にっこり爽やかに談笑してんだよッ!? いいからコンチン丸の話をさせてくれよッ!!」

「あっ……えっ……ご、ごめん……なさい」

「で、コンチン丸さんよぉ?」

「は、はい……」


 涙目でシュンとしてる結逢は無視して、俺はコンチン丸の話を続ける。


「お前、なんでライン交換してすぐライン送ってこなかったん?」

「……へ?」


 結逢にとって予想外の質問だったのだろう。結逢はパッと顔を上げた。


「あっ、えっ……そ、そのことかっ」


 逆にどんな質問されるかと思ってたんだよ。


「俺、結構本気でコンチン丸のこと考えてたんだけど」

「それは申し訳ないんだけどぉ……」


 結逢は首を捻る。


「うーん。いやぁー、自分でも早く連絡しなきゃって思ってましてー」

「まさか、勇気が出なかったとかじゃないよな?」

「いや、勇気がなかったわけじゃないよ? いやホントに」

「分かったから。で?」

「うん、まあ、なんか、ラインで文字を送りあって仲を深めるのも悪くはないと思うけど……」


 パッと、瞬間的に結逢と目が合う。

 結逢の大きな瞳に、吸い込まれるように視線を外せなかった。



 顔が、ジワジワと熱を帯びてくる。お互いに。


「あっ、えっと、まあ、海人君から聞いてるとは思うんだけどっ……!」


 結逢は顔を真っ赤にして、ストレートティーを飲み干した。

 カラン、と、グラスの中で氷が転がる。

 そして、結逢は顔を上げる。俺に目を合わせ、深呼吸して、口をゆっくりと開いた。


「うん、えーっと、そう、好きなの。君が」


 ドクン、ドクン、と、鼓動を感じる。


「えっと! だから! そのっ……!」


 ダン! 彼女は思いっきり机を叩き、立ち上がる。


「おかわり行ってくる!」


 彼女が歩き去って行くのを目で追って、ドリンクバーコーナーでストレートティーを淹れているのを目で確認してから、俺は大きく息を吐いた。


 この鼓動は──どっちだ?


 トラウマへの恐怖心か、はたまた……。分からない。俺の気持ちが分からない。


 ただ一つ、言えることある。


 結逢がストレートティーの入ったグラスを持って戻ってくる。


「あはははー、やっぱストレートティーだよねぇ、すっごい美味しいんだよっ? 金崎君も次飲んでみなー?」

「…………」

「…………?」

「……いや、まあ」

「……えっ?」

「結逢が俺のことが好きってのは分かったよ」

「……あっ、う、うん」

「まぁ、結逢との交際の話は前向きに検討するとして」

「えっ……!?」

「するとして」

「あ、うん?」

「俺は結逢を好きだと言うには、君のことを知らなすぎるから。色々と、君の話を聞かせてくれないか?」


 初めての試みだった。考えなしに振るんじゃなくて、ちゃんと相手のことを知って、知った上で振ろうと思った。このコンチン丸って子に関しては。


 俺の問いを、聞いて、結逢は微かに微笑んだ。そして、はにかんだ笑顔を見せ、


「答えられる範囲でなら」


 と、返事をした。

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