イケメン童貞のポンコツなトラウマ

金崎優磨のトラウマはポンコツ楽しい

 それは中学二年の冬のことだった。


 俺の通う中学には他所の学校からも見物客が来るほどの美貌を持つマドンナかいた。

 学校中の男という男が彼女の虜となり、男子学生はもちろん、校長をはじめとした教師達、送迎バスの運転手、清掃のおじさんや給食の配達員さん、果てにはレズを公言していた小川さんまでもが、彼女との交際を願った。

 しかし、彼女の体は一つしかない。そこで彼女は思いついた。『私と付き合いたい人は列に並んで待っていてください』と。

 そう、彼女は自身と交際を望む人間全員と付き合うつもりだったのだ。

 未だかつてこんな女の子が存在しただろうか。ラノベにすら存在していないんじゃないだろうか。

 流石にヤバいという理由から成人以上の男性は辞退したものの、男子学生は熾烈な争いを繰り広げた。そして、三日三晩続いた争いも終幕を迎え、三百人という長蛇の列を形成した。もちろん、俺もその列に並んだ。

 ちなみに、俺はミーハー気分でこの列に並ぶそこら辺の男とは訳が違う。俺はこのマドンナに青春の全てを賭けてもいい、それぐらいの意気込みだ。

 その証明として、俺はこの世に生を受けてから14年間、一度も彼女を作ったことがない。自分で言うのもなんだが、俺は結構モテる。それは父ちゃんがイタリア人であるが故、整った顔立ちであるためだ。何人もの(3人)女の子をこの手で振ってきた。


 そして、俺が三年に進級した六月。


 彼女は俺の前に現れた。


「次は金崎君の番だよ」


 小悪魔的に、愛らしい笑みを浮かべてた彼女──白浜しらはま 柚月ゆづきさん。

 黒く艶のある長い髪、大きく輝きを放つ瞳、笑った時に現れる笑窪、ぷにぷにの白い頬っぺた、桜の花びらのように美しい唇、まさに絶世の美女という名に相応しい。そんな彼女が今、俺の名前を呼んだ。

 教室の机に座ったまま、俺はついにこの時がキター! っと、飛び跳ねるような気持ちだった。


「ふふ。なに見てるのぉ?」


 柚月さんは俺の目を見て手を握ってきた。

 大きくクリンクリンな目。触ってて少し温いスベスベで柔らかな手。


「私の顔に何かついてるぅ?」

「いや、俺が長年探し求めていた神が地上に産み落とした生きる財宝を見つけただけなんで。少し感傷に浸らせてください」

「ぷすっ、くく、なに言ってんのっ? もぉ金崎君ってば面白すぎっ。……あ、私達、もう恋人同士だもん、下の名前で呼び合わないと、ダメだよね? えーっと……」

「あ、金崎 優磨ゆうまです」

「そっか。優磨君! ほら、優磨君もっ! 私の名前呼んでっ!」

「あ、え、う、ゆ、ゆづ……き……さん」

「はぁい! 良く出来ましたぁ!」

「ふゅんぎゃぁ!?」


 と、柚月さんは俺の頭を撫でてきた。……うむ、悪くない。……んぁ? なんだろ視界が段々ボヤけて……暗くなっていく……。──俺は昇天してしまっていた。薄れゆく意識の中、野太い男の声が聞こえる。


「おーい。白浜ぁ? 授業中だから。自分のクラスに帰れー?」

「だって前の彼氏とさっき別れたんだもん! 先生もそんなにカリカリしてると、柚月が大きくなった時、お嫁さんに貰えないぞっ?」

「うっ、あっ……う、うん。待ってる」


 こうして、俺と学校のマドンナ、白浜柚月との交際がスタートした。


☆☆☆


「じゃあ明日の10時、駅前の広場で!」


 そう言って、俺と学内一の美少女──白浜柚月は別れた。夕暮れの中、人々の流れに消え往く背中を、俺はその背中が消えてなくなるまで見続けた。


 柚月さんと付き合ってから二日と6時間18分。学校の登下校はもちろん、学校の休み時間ですらずっと一緒にいた。給食だって絶対に校則違反ではあるけれど、二人で教室を抜け出して渡り廊下で食べた。アーンもしてもらった。

 そして明日、俺と柚月さんが付き合って初めての週末。俺と柚月さんはデートをする。

 あの時柚月さんと付き合うために列に並んだ男の数、約450人。俺はちょうど真ん中くらい、196人目の彼氏。


 柚月さんとデートまで出来るなんて……感無量の極みでございまする!


 そして、柚月さんの背中が完全に消えて見えなくなると、俺はくるりと背を向け、家とは逆方向の駅へと足を進める。

 うむ。待てない。というより、寝過ごしてデートすっ飛ばしたりでもしたら俺は俺を許せないし、危篤状態の俺の最後の言葉が「柚月さんとのデートに寝坊さえしなければぁぁぁぁあああッッッ!」だと嫌なので、俺は駅に向かった。

 俺は頭の中お花畑で、駅前の広場で一晩を過ごした。

 そして、待ち合わせ二時間前、致命的なミスに気が付いた。


 ──制服どうしようッ!?


 メロスばりに血反吐吐きながらの全力疾走で、俺は自宅に帰った。

 もちろん、シャワーも浴びて、歯磨きもして、ちゃんとおろしたての服に着替えて、髪を整えてから、家を出た。汗を掻きたくなかったので、行き? は歩いて向かった。まあ、遅れても、母ちゃんが起こしてくれなかったって言えば、何とかなるだろう。


 駅には10時15分に着いた。


 広場には口をぷくぅーっと膨らませた私服姿の柚月さんがいた。

 ひらひらの太ももが少し見えるスカートに、肩がパックリと見えたオフショルダーの洋服。

 制服の柚月さんと違い、大人っぽく見える、凄く特別感があって、とても、興奮する。

 柚月さんは俺を見つけると、


「もぉっ! 遅ぉい!」


 ぷくぅーっと頬は膨らませたまま、柚月さんは俺と目を合わせてくれない。ヤバい、マジでヤバい。


「ごめんなさいマジで」

「ふーん、だ。優磨君なんてどーせ、柚月のことどうでもいいって思ってるんでしょ!?」

「いやいや! 俺、柚月さんがこの世で一番大事だし! なんなら、今から遅刻の原因である母ちゃんを一発殴ってきましょうかっ!?」

「そんなこと言ったって、男の人なんてウソばっか。柚月カシコイもんっ! もう騙されないもんっ!」

「いやいやいやいや! 俺は柚月さんが今まで付き合ってきた男とは違いますよ!?」

「なら、今日のデート代、優磨君出してよ?」

「それで俺のこの万死に値する罪が消えるのならば」


 俺の言葉を聞き、柚月さんはキラキラの太陽のような笑顔を見せた。


「うんっ! 全然許すぅ!」


 そして、俺の腕に巻きつくように飛びついた。風に乗ってグリーアップルの良い香りがした。


 ああー、幸せだぁ。


 腕を組んで街を歩いていると、すれ違う男達がこぞって振り返る。もちろん、柚月さんの顔を見て、腕を組む俺に羨望の眼差しを向けている。なんて、気持ち良いんだ。

 俺と柚月さんは定番のデートスポットである遊園地へとやってきた。

 遊園地へ入園する時、俺が財布を取り出すと、


「あ、私、こないだここの年パス買ってもらったんだぁ。だから優磨君、自分の分だけでいいよ?」

「あっ! なるほど! それならわざわざ二人分買わなくても安いもんね!」

「は?」


 テンションが昂ぶってて、自分でも何を言ってるのか分かんないけど、なんか俺間違えた? 柚月さんが戸惑った顔してる。

 が、すぐさま柚月さんは笑顔に戻る。

 するりと腕を外し、彼女は無邪気な子供のように走ってった。


「ほら! 早くしないと置いてくよ!」


 彼女は入場口にいるキャストの人に年パスを見せ、遊園地の中に入っていった。


「柚月さん待ってー!」


 不甲斐ない声を出しながら、俺も柚月さんに続いた。6400円もした……。


「ねぇ、あのグルグルのやつ乗りたい!」

「うん、いいね!」

「ねぇ、次はあの恐竜のジェットコースター!」

「うん、いいね!」

「フリーフォールだって!」

「うん、いいね!」

「おばけ屋敷!」

「うん、いいね!」

「やっぱり締めは観覧車だよね!」

「うん、いいね!」

「じゃ、帰ろっか」

「うん、いいね!」


 …………あれ? もう終わり……? なんか、もっと、こう、なんか、付き合ったら、なんか、あるんじゃないんですか!?

 おばけ屋敷でも暗闇に乗じてなんやかんや無かったし、フリーフォールの一番高い位置でも叫んでいただけ。挙句、観覧車に至っては夜景を見てるだけで逆に沈黙がキツかった。


「はぁ……」


 俺がため息をこぼした時だった。ぴょんっと、彼女は俺の一歩前に出る。


「ねぇ?」


 俺の顔を覗き込み、上目遣いで少し火照っている柚月さんは言った。


「少し、休憩しよっ?」


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