金崎優磨のトラウマがポンコツ悲しい
午後8時を少し過ぎた。
遊園地で時を忘れて夢中になってしまっていた。もちろん、夢中になったのは、今俺と腕を組んで体を密着させて歩いている柚月さんに対してだ。
柚月さんが少し休憩したいと言って来たのは、何やらチカチカと目が傷む光を放つ安らぎとは縁遠い場所だった。
「えっーと、ほら、ここ、ここ」
柚月さんは俺の手を引いて、『ホテルボーノ』という看板の建物に入っていった。
中は普通のホテルのフロントのよう。フロントには髭面のおじさんがいて、やや照明は暗いが、家族と旅行する時などに使うホテルと何ら変わりない。
柚月さんは慣れたように、フロントの人に言った。
「一番グレードの高い部屋空いてます?」
フロントのおじさんは首を横に振った。
「高ランクの部屋は全部埋まってるよ。ランクを一つ下げたらたくさん空いてるけどね」
「なら、それで。えっと、休憩で」
「三時間八千円だよ」
目の前では、何のやり取りが行われているんだ? 柚月さん、今日、お家帰らないのか? それにしても三時間とは……? ホテルなら普通一泊はするだろ?
ごちゃごちゃ考えてると、突然、目の前に柚月さんの顔が現れた。
「うおっ!?」
俺はたじろいだ。
「ほら、優磨君が払ってくれるんでしょ? デート代」
「あ、う、うん」
本当は八千円も出したくなかったが、泣く泣くこの日の為に机貯金をして生み出した諭吉を手放した。
柚月さんはフロントから部屋の鍵を貰い、奥にあるエレベーターに乗る。
俺は柚月さんにただついていくだけ。
妙に言葉数少なく、ソワソワしている俺を見て、柚月さんは笑った。
「ぷすっ、くく。もしかして優磨君、こういう所来るの初めてぇ?」
なんか、無駄にカッコ付けたかった俺は見栄を張ってしまった。
「いや、あるある」
「えっ。ホントぉ? 誰と? 同じ学校の子?」
「親に決まってんじゃん」
「──え」
柚月さんはもう、戸惑うって顔ではなく、奇人の奇行を目撃するような目で俺を見てきた。
「ほら、ついたよ」
エレベーターで目を丸くして立ち尽くす柚月さんを、今度は俺が手を引いてリードした。
フロントから言われた部屋に入ると、俺がいつも泊まるようなホテルとは全く違う内装になっていた。
部屋には大きなベッドしかない。しかもこのベッド、キングサイズくらいあるではないか。
部屋の隅に扉を発見する。俺は好奇心のままそこに向かい、扉を開いた。シャワールームだった。
「はぁ? 八千円もしてガラス張りじゃねえのかよ」
えっ、今、誰が喋った? この部屋には俺と柚月さんしかいない……よね……。
すると、
「優磨君、先にシャワー浴びていいよ」
やや高い、可愛らしい柚月さんの声だ。
どうやら、さっきの声は空耳だったようだ。
「あー、俺はいいや。家で浴びるし」
「え……あ、あっそう」
「あ、柚月さん浴びるの?」
「う、うん、まあ、ね」
「(デートが)終わった後にしてくれ」
空間は分けられているとはいえ、隣で女の子がシャワーなんて浴びてたら、俺はもう死んでしまう。それが柚月さんともなれば、俺は一体どうなってしまうのだろうか。
「ひぇぇぇぇええええッッッッ!!??」
なんか、悪魔の断末魔みたいなのが聞こえたんだけど。さっきから空耳がヒドイな。
「こ、事が終わってからって……、ゆ、優磨君って中々レベルの高い変態ね」
「は!? なんで!?」
「まぁ、優磨君が汗でギトギトが好きなら、それでもいいよ?」
「いやそんなこと一言も言ってませんけど!?」
柚月さんは頬を赤らめ、大きなベッドに倒れた。
「ほ、ほら。変態優磨、私を変態の思うがまま、グチャグチャのギトギトにしてよッ!」
「なんで俺はそこまで蔑まれなきゃいけないんだよ!?」
「……は?」
柚月さんはベッドから体を起こし、冷めた目を俺に向ける。
「もしかして、優磨君ってDT?」
…………DT?
俺は生きててこの方、そんな英単語に出会ったことがない。……が、ここで正直に申し出る勇気も男気も持ち合わせているわけもなく……。
「ち、違ぇし! DT違ぇし!」
「へぇ。じゃあ、服脱がしてみてよ」
「は?」
「出来ないんだぁ。じゃあDTだね」
「ふ、ふふ服を脱がせるなんて五歳児でも出来るわ!」
柚月さんは立ち上がり、俺の目の前に立つ。そして、両手を広げて無抵抗を俺に示す。
「ほ、ほは、ふひ……」
カタカタと震えながら、俺は手を伸ばす。柚月さんのシャツの裾に触れると、ゆっくりとそれを持ち上げる。
「はぁ? 普通服からいくぅ?」
ピタッと、俺の手が止まる。
「い、いや、俺も、なんかいつもと違うなぁって思ってたわぁー」
俺はゆっくりと服の裾からスカートへと手を伸ばし、それを掴む。
……い、いいんだよねぇ? これ、いいんだよぇ? スカート脱がしても大丈夫なんだよねぇ?
柚月さんの顔を見ると、無表情のまま、俺を試しているかのような目で見ている。
柚月さんの期待に応えなくては。
俺は意を決し、柚月さんのスカートを思いっきり下に下ろした。
ズバッと。
スカートという名の守護天使は地に堕ちる。
俺の目の前には純白のパン……
「だっはっはっはっはっはっひっひぃぃぃ!」
突然、悪魔のような笑い声。
「ぷすくくっく、く! あーらめぇぇぇ! 苦しすぎてぇ、死ぬぅぅっ! ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ……! 優磨君面白すぎぃぃぃ!」
俺は目を疑った。
なんと、悪魔のような笑い声の主は、俺にたった今スカートを下された柚月さんだった。
「えっ…………」
「ほらぁ! 優磨君! 続きはぁ? スカート下ろしたら次は何やるのぉ?」
「え……」
俺は反射的にパンツに手を伸ばそうとした。
パシン!
俺の手は弾かれる。
「誰が童貞ごときにヤラせるかよ! ヴァーカ!」
全俺が──泣いた。
「だひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!」
俺は心の底から恐怖心を抱いていた。あんなに、大好きだったのに。
もう、彼女からどうやって逃れるかしか、考えられない。
「優磨君が私の靴を舐めて『ヤラせてください』って懇願するなら、考えてあげなくもないよぉ?」
「ヤラせ──」
「──考えるだけでヤラせてやるとは一言も言ってねえけどなぁっ!!」
「…………」
言っている柚月さんからゆっくりと距離を取る。
「はぁ? ここで逃げたらお前、ヘタレ粗チン野郎だからなぁ?」
狂気の沙汰である。
次の瞬間、俺は部屋から飛び出していた。こんな捨て台詞を吐いて。
「構いませぇーんッ!」
そして、翌週、学校に登校すると、俺のあだ名は『ヘタレ粗チンカス』となって、学校中の笑い者になっていた。
彼女を盲信する男はもちろん、虜になっていた校長を含めた教職員、そして
極め付けは休日、近所のスーパーで好物の駄菓子を買っていた時だ。近くにいた小学校低学年くらいの男の子の集団に指を指され、「あっ、ヘタレ粗チンカス!」「姉ちゃんが穢れるからアイツとだけは関わるなって言ってた!」「うわぁ! 本物の粗チンとか初めて見た!」「イタリア人全員がヘタレ粗チンカスだと思われるからやめてほしいよな!」「粗チンばっちい!」暴言の数々。俺は、もう、この街すら歩けなくなっていた。
これが、俺の最悪でクソみたいな青春の全てである。
以降、俺は女性との交流を一切絶った。
俺のことが好きな紺野さんはポンコツかわいい 坂本ず @Morita0711
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