紺野結逢とのポンコツ的な出逢い

 今日のバイトはかなり疲れた。いや、もう過去一でキツかった。何がキツかったって、阿久津の彼女がテーブルひっくり返してテーブルの上のラーメンもぶちまけて、畳一畳丸々ダメにしちゃったから、俺はもう店長に土下座しまくりで、店長ももう雷親父並みに激おこだった。当然、阿久津と阿久津の彼女は出禁を食らった。


 駅に向かっている途中、電話が掛かってきた。

紺野こんの 結逢ゆい』と表示されていた。


「あーくそッ! だから誰なんだよコイツは!?」


 大きな声を出して、周囲の人間こちらを見ながらコソコソと通り過ぎていく。恥ずかしい……、死にたい……。それでも、着信は鳴り続ける。


「はいはいはいはい! 出ます出ます!」


 俺は渋々と応答ボタンを押し、スマホを耳に当てる。


『あわっ。で、出たぁ!』


 人をオバケみたいに言うな。

 聞き覚えのない女の子の声だ。


「あの何の用です? えっと、紺野結逢さん?」


 少しキツめの口調になる。


『あ、代わりますね』

「お前は誰だったんだよッ!!」


 くそ、何の嫌がらせだ。


『オスオスオス!』


 男の声がした。というか、その声に聞き覚えがある。というか、毎日聞いてる。というか、


「何でお前がいるのかなぁ? あーくーつー君?」


 俺の怒りはピークに達した。


『はぁ? 何でって、結逢ちゃんと一緒にいるからに決まってんじゃん』

「いや決まってねえよ。て、てか、ゆ、結逢ちゃん……?」

『いや、昼間優磨のバイト先に行ったじゃん。結逢ちゃんと俺で』

「ゆ、結逢ちゃんって、お前の彼女か……!?」


 このクソ野郎、自分の彼女自慢するために、俺のラインを見ず知らずの女に教えやがったのか。もう絶交だ。因みに阿久津の彼女の結逢ちゃんとやらがダメにしたウチの畳は俺の今月の給料から弁償することになっている。たかが三千円かもしれないが、俺は阿久津の彼女からはきっちり三千円は頂くつもりだ。


『あははは』


 俺がメラメラと闘志を燃やしていると、電話越しから阿久津の笑い声。


「何が面白いんだよ?」

『いや、すっげぇ勘違いしてるなって』

「は?」

『別に結逢ちゃん、俺の彼女じゃないからね?』

「…………は?」

『なんなら俺も、こうやって二人っきりでいるの今日が初めてだし』

「…………は?」

『正直話すこと無さ過ぎて逃げ出したい』

「…………は?」

『だから、今から会おうぜ?』

「…………は? いや、えっ?」


 ちょっと……ん? 状況が理解できない。


「いや、その前に、その結逢ちゃんって誰なん?」

『は? 結逢ちゃんは結逢ちゃんだよ。紺野 結逢ちゃん。


 ちょっと待て。なんかその台詞、前にも聞いたことあるぞ。


「ま、まさかっ……!? 結逢ちゃんって『コンチン丸』か!?」

『ち、ちんちんこ……? あ? 下ネタか? お前のそのすぐ下ネタ言うノリ、こっちに合流したらマジでやめてくれ、な? 下ネタ完全NGな子だから」

「言ってねぇんだが」

『まぁいいや。とりま駅南のサイゼ集合な? 話はそれからだ』

「わ、分かった」


 俺は訳も分からないまま駅へと向かった。

 豊玉駅には二つの改札がある。豊玉高校や俺のバイト先がある豊口とよぐちと、ショッピングモール、ファミレスやファストフードなど人で賑わっているのが南口みなみぐちである。そして、豊玉駅南口を若者は『駅南』と呼ぶ。

 駅南のサイゼは高校生の溜まり場だ。そして夏休みということもあって平日の8時過ぎという時間でも若者達で賑わっていた。

 サイゼの入り口の前に、茶髪で中肉中背、黄色いアロハシャツを着た阿久津がいた。

 奴は俺の姿を視界に捉えると、猛ダッシュで近づいてきた。


「よぉ! 待ったぜ相棒!」

「昼間から言いたかったが、お前ファッションセンス絶望的だな」

「なっ!? 本人が好きで着てんだから別に何着てもいいだろ!?」

「それもそうだな。ん? もしかしてサイゼ混んでて入れない?」

「いやいや。俺と結逢ちゃん、お前のバイト先から逃げ出してから、ずっとここにいるぜ?」

「迷惑な客だな」

「だから、一時間おきにフォッカチオ頼んでるよ」

「迷惑な客だな」


 何気なく俺は中を覗く。いた。四人がけの席で一人ポツンと座るショートボブのふわふわな髪の女の子。


「お前、まさか、あの子と二人っきりが気まずくて店の外に避難してたわけじゃないよな?」


 俺の問いに、阿久津は真顔のまま俺の顔を見つめること10秒間、彼は微動だにせず、やっと沈黙を破って出た最初の言葉が、


「てへぺろ!」


 あれ、なんで俺、こんな奴とマブダチなんだろう……。

 阿久津のことは無視して、俺は紺野結逢の元に向かった。

 彼女は四人がけの席で、耳にイヤホンをしてスマホで動画をニヤニヤしながら観ていた。


「全部阿久津の責任だとしても、混雑時に四人がけの席に一人とか、迷惑な客すぎるだろ」


 時折ストーローを刺したストレートティーを飲んでは、フォッカチオをそのままかじる。そして再びスマホの動画に視線を落とし、夢中になってニヤニヤしていた。

 とりあえず俺は紺野結逢と斜めの席に座る。彼女は俺の存在に気付かず、夢中で動画を観ている。

 俺も彼女のことをマジマジと眺める。よく見るとこの子、結構可愛いな。目は大きいし、肌は透き通るように白い、そしてニヤニヤしてはいるが、その笑顔が可愛い。


 すると、紺野結逢はストーローに口を付ける。


 ズズズズズズ。


 と、大きな音が鳴り、隣の席にいた女子高生らしきグループが一斉に紺野結逢の方を向いた。


「あっ……」


 紺野結逢は顔を赤くして、逃げるようにストレートティーをおかわりしに行こうとした。その瞬間、同じ席に座る俺を見つけた。


「うぁっ……!?」


 なんか、間の抜けた感じの、ポンコツ声がした。


「き、きき、来てたんですねっ!?」


 彼女は平静を装った。イヤホンを外し、スマホを隣の席に置いていたカバンの中にしまう。


「まあ」

「あっ、えっと、何か頼みます!? お腹減ってますもんね!? あっ、フォッカチオならあるんですけど……っひゃっ! 私の食べかけじゃんっ……。こ、これは無しです。他のを頼んでください。あっ、もちろん自腹です、私あんまりお金ないので……」


 凄い勢いで喋るなこの子。


「なんか昼間の時と雰囲気違いますね?」

「昼間?」


 紺野結逢は首を傾げる。


「あっ昼間のラーメン屋の?」

「えっ、もしかして気付いてなかった!?」

「ラーメン屋の店員さん、金崎さんにすごい似てるなぁって、やっぱり金崎さんだったんですか」


 知らないで連れて来られたのか、阿久津に。

 なんか、この子も被害者のような気がしてきた。


「あれっ? そういえば海人君に会いました? トイレに行ったっきり帰ってこないんですよー」

「……は? え、阿久津なら…………」


 俺は出入り口の方を見る。そこには阿久津の姿はなく、店中を見回してもどこにも阿久津の姿はなかった。


「帰ったかも」

「えっ!?」

「どうする? 俺達も帰る?」


 そう彼女に聞くと、


「うーん」


 思いっきり悩んでいた。


 忘れてたけど、この子『コンチン丸』なんだよな。つうことは、つまり、俺のことが好きってことだよな。


「俺達もか──」

「──あの」


 俺の言葉は遮られた。


 彼女は顔を薄紅色に照らし、真っ直ぐと俺の目を見て、こう言った。


「────もう少し、お話しませんか?」

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