阿久津海人の彼女がポンコツくさい
豊玉高校は県内でも有数のマンモス校で、県内の様々な地域から生徒が集まってくる。
俺こと金崎優磨もその一人だ。電車を乗り継ぐこと45分、豊玉高校最寄りの豊玉駅に到着する。それは豊玉高校は各大学の指定校推薦数が多く、そのエサに吊られるように県内の至る所から集まってくる。
三年生になれば地獄の勉強合宿という鬼行事が待ち構えているのだが。まあ、二年生の夏休みは割りかし時間あるわけで。
まあ、彼女もいない、勉強も別に力を入れてない俺がすることは一つしかないわけで……。
「うへぇ、今日からバイト15連勤だわー」
地獄のようにシフトを入れた。
夏の暑さを我慢して、俺はバイト先へと向かっていた。もちろん、俺は地元では堂々と出歩けないので、バイト先も高校の近くで行なっている。バイトと言っても個人経営の全然流行ってないラーメン屋で、客足も少なく、平日の午前中など客足はほとんど
まぁ、バイトの分際で店のことごちゃごちゃ考えてもしょうがない。まぁ、ぼぉーっと店長の喋り相手をしているだけでお金が貰えるんだから、これほど楽なものはない。
すると突然、スマホの通知が鳴った。俺は足を止め、スマホをズボンのポケットから取り出す。ラインが来ていた。
『紺野結逢:どうも、紺野です』
『紺野結逢:よろしくお願いします』
「…………」
俺は固まった。
……いや、誰だよ!?
『
つうか、誰から俺のラインを入手したんだ!
「あっ」
すると、俺の体に電流が走った。
そういえば一ヶ月半くらい前に、阿久津が俺の連絡先を送ったっていう女の子がいたな。でも『コンチン丸』って人だったような……、それに、アイコンもこないだと違う。つうか、もし仮にそのコンチン丸って人だったらこの一ヶ月半何してたんだよ。マジで。
俺の中ではこのコンチン丸って人と紺野 結逢が
「まあ、今は無視していいか」
俺はそっとスマホを閉じ、バイトへ向かった。
バイト内容は先に述べた通り。白い割烹着を着て、客が来ないラーメン屋の店番。小汚い外装で中も油汚い、家系のラーメン屋だが、お昼時や夜になるとそこそこ人は来る。主に外回り中のサラリーマンとか、働いてんのかどうかも分からない常連など。
店長は白髪混じりの仙人のようなおじいさんで、ラーメンへのこだわりは強いが、気さくで接しやすい良い人だ。俺はこの店長と話すのも嫌いではない。どちらかと言えばむしろ好きな部類に入る。
今日は学生にとっては夏休みではあるが、普通に世間一般的にはただの平日の昼間だ。それに珍しく今日はお昼時なのにサラリーマンはおろか、常連さんもまったくと言っていいほど来なかった。まぁ、平日の昼間の出勤は春休み以来なので、さすがに飽きられて常連ではなくなってしまったのかもしれないし。だから、俺が店のこと考えたって意味ないから。それもこれもこの店が暇すぎるせいか。
ごちゃごちゃ考えてると、店の扉がガラガラと開いた。
「いらしゃいま……」
俺は途中で、挨拶をやめた。
店の中に、毎日顔を合わせてた奴が入ってきた。そいつは中肉中背で、黄色のアロハシャツを着て、胸元の襟にはサングラスが掛かっていた。
「阿久津」
俺に名前を呼ばれ、その男はにっこりと笑顔を見せて近づいてきた。
「よぉ! 相棒! 今暇?」
「相棒じゃねえし、仕事ちゅ…………っ!?」
思わず俺は目を疑った。
なんと阿久津の斜め後ろに……女の子がいたのだ。
マジか。いや、別に阿久津を見下しているわけではないけど、明らかにイケメンではない阿久津の唯一の長所といえば彼女を作れない哀れなところだったのに。
身長は少し小さめで、目がクリッとしていてる。夏休みだからかショートボブに校則違反であるパーマを当てている。オシャレで可愛らしい雰囲気の子だった。
「安心しろって。俺ら飯食いに来ただけだから。な?」
「……あ、うん」
俺はお座敷席に向かう阿久津を捕まえる。
「お前、やるな」
「は?」
阿久津とその彼女はお座敷席に座り、俺はそこへ水を運んだ。
「注文決まったら呼んで」
「へーい」
「……………………」
……?
阿久津の彼女にめっーちゃガン見されてるんだが……。気のせいだろうか。
「ゆいちゃん何がいい?」
阿久津はメニュー表を彼女に見せながら聞いた。
「…………」
「あのー? ゆいちゃーん?」
「……っは? んっ!? なに!?」
「いや……メニュー……何がいい? って」
うん、間違いなく気のせいじゃない。あの阿久津の彼女、厨房に避難してる俺の方をジッと見て、彼氏である阿久津なんかアウトオブ眼中ではないか。
「おい優磨、厨房に入れるようになるには三年のラーメン修業が必要って言ってんだろうが」
店長がマジギレ気味に言ってきた。
「あ、す、すみません……」
泣く泣く、俺はフロアに戻り、居場所もなかったんで、カウンターに座った。
その間もずっと、阿久津の彼女は俺のことをガン見していた。
「あのー?」
阿久津に呼ばれ、俺は二人の元に向かった。
「なんだよ?」
「いやー、ここでバイトしてる優磨に聞こうと思ってさ、どれが──」
「──ひゃっ」
バチャ……。
阿久津の彼女がコップをこぼした。阿久津の彼女は慌てて
「あっ……あっ……あ……」
「あっ、大丈夫です、俺やっときますんで」
「…………」
申し訳ないと感じたのか、はたまたとても恥ずかしかったのか、顔を赤くして阿久津の彼女は座った。
俺が処理を終えると、何事もなかったように阿久津は会話を再開する。
「で、どれが人気なの?」
こいつ、彼氏失格だな。
「味噌!」
少々不機嫌気味に、答えてやる。
「じゃそれ二つ」
「てんちょー! 味噌二つー!」
「ほーい!」
用事を終え、俺は再びカウンターに戻ろうとした。
「ちょい待てよ」
「んあ?」
阿久津はお座敷席の座布団を指差した。座れ、ということだろうか。
「仕事中だから」
「客いねぇだろ。カウンターに座ってようがここにいようが同じじゃねえか」
いや、ここにはいたくない。
不満ありありな顔をしてると、
「あれ、優磨の中学の時のあだ名……なんだったっけ? 『ヘタ──」
俺は即座に正座した。
「…………」
「…………」
「…………」
無理矢理座らされたくせに、阿久津はスマホを弄り始めた。そして阿久津の彼女は変わらず、俺の顔を直視。……逃げたい。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙に耐えられなかった。
「あー、んー、あー。えっーと、阿久津とは、どこで知り合ったんですか?」
俺は阿久津の彼女に話を振った。
マジで、なんでそんな大して知りたくもないことを聞かなきゃいけないんだ。
「…………」
「えっ」
ジッと俺の顔を見たまま、阿久津の彼女は俺を無視した。
「…………」
「…………」
「…………」
なんこの状況!? そしてなんこの人!? 怖いんだけど!?
すると突然、阿久津の彼女は口を開いだ。そして、顎に手を当てる。
「ふむ、ふむふむ」
そしてまた、その重い口を閉ざした。
マジでなんなの、この人!?
「ゆーまー!」
厨房から店長の声が聞こえた。俺は慌てて立ち上がる。
「はい!」
「ラーメンとっくに出来てるぞ!」
「す、すいません……」
なんで俺、今日こんなに怒られなきゃいけないんだ。
俺はラーメンを運ぶ。
「お、きたきた」
きたきた、じゃねぇよ阿久津!
二人は割り箸を割り、ラーメンを食べ……
「あっつッ!!!」
阿久津の彼女が麺を啜った瞬間、熱々の汁が彼女の足に飛び跳ねた。瞬間、阿久津の彼女は飛び跳ねるように飛び上がり、膝がテーブルを下から持ち上げられ、向かい合っていた阿久津目掛けてテーブルがひっくり返った。
「ひっひぁ……ひぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッ!!!!!」
────阿久津、お前の彼女、ポンコツだなッ!?
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