10010:境を越えて

 数日の間、大日不仁身ダイニチフジミノクニの領内を警邏パトロールして回った。

 当然、そんな義務も義理もない。ただ無闇むやみ詮索せんさくされないため、それだけ。

 それに、ボクはかくクリカラおにぃ自堕落じだらくな生活をしない。なので、役目になくとも活動的。

 ボクは駄目だめだ。生来、そのレイスであるが故、自堕落。もっとも、ヒトたらしめる努力や人間の求める道徳的に高尚こうしょうとされるモノを試したところで、本質的には堕落だらくそのものに変わりはないのだけれども。


 観察してみて分かったのだけれど、大日不仁身は鹿放ヶ丘ロッポーガオカのごく一部しか支配下に置いていない。

 植物工場や畜産工場で生産出来る食糧には限界がある上、その維持には費用が掛かる。所謂いわゆる、生活居住空間としての敷地面積は求めていない、とことだ。

 欲しているのは、その食糧製造施設の為の燃料だけ。無論、これこそがいさかいの原因なのだが。


 狭い敷地に居住者を置いている為、住居は突貫建造物バラック化した増改築に走り、辺境にも関わらず、高層化している。

 その狭さゆえに人口密度は高まり、決して治安が良いとは云えない。

 街中を見回る度、そこらじゅう紛紜いざこざが起こり、その都度つど、注意をうながす。

 ブラックスポットで見られる程の刃傷沙汰にんじょうざた滅多めったにないものの、鬱積うっせきした憤懣ふんまんが飽和状態にあり、何等なんらかの切っ掛け一つで爆発しそうに見える。

 成る程、用心棒を雇い入れる理由もうなずける。


 それにしても、この街にはAIどころか電腦網サイバーネットさえ見当たらない。

 食糧生産工場をたずさえている為、先端技術ハイテクを期待したが、この街の場合、むしろ、低技術ローテクによって支えられている。

 機械化された各種工程を全て人力でまかなっている。工場そのものの概念は皇紀2700年代初頭のものではあるが、その運用においては19世紀末から20世紀半ば程度の技術で回している。

 恐らく、特異點爆發SE後、高度な科学技術に裏打ちされた理想社会から打ちてられた経緯がある事から、専門性の高い技術やAI、高性能ハイスペック電子式汎用計算機コンピュータの助けを借りない手法を構築したのだろう。

 ある意味、賢い選択、と云える。


 だが、それはそのままボクの求め得る存在の可能性を打ち消している、と云える。

 すなわち、自立型AIの立ち入るすきがない、と云う事。

 つまり、大日不仁身ダイニチフジミノクニ内で単独行動を取っている意傳子ミームが存在している可能性が極めて低い事を意味する。これはそのまま、ボク等の安全性を担保してはいるが、クリカラおにぃの求める“ボンド”への接触機会を消失する。

 そう、そろそろ流転悲劇メリーバッドエンドゴーラウンドの別の支配域に足を運ぶ必要がある。


 ボク等が庁舎に訪れたのは一週間振り。

 来庁らいちょうした理由は簡潔。余所よその土地へ出向く為の届け出の提出。

 取り敢えず、妖精帝國ヨーセーテーコクへ出向くむねを伝える。

 妖精帝國は鹿放ヶ丘で最も大きな領地を有している。それは彼等かれらが機械化された工場を持たず、古来よりの田畑の耕作、酪農らくのう養鶏ようけいなどの畜産をいとなんでいる故。

 彼等もまた、高度な技術を伴わない生活環境を維持する為、大日不仁身よりも更に低技術で生き抜く基盤を作り上げている。

 それだけに、大日不仁身同様、独立した意傳子ミームの存在は乏しいのだが、矢張やはり足を運んで直接確認しておく必要がある。


 外地への出張の許可はあっさりと通った。

 無論、補導所の原則通り、侍格サムライかく三名以上の同伴、つまり、二人の侍が同行する事になった。

 一人はニシダ。鹿放ヶ丘出身の男で、由緒ゆいしょある滿蒙マンモー開拓かいたく靑少年せいしょうねん義勇軍内原ウチハラ訓練所の元生徒の子孫。短い間ではあるが八千代ヤチヨシティで同心ドーシンの経験もある侍で、大日不仁身武士團ぶしだん大尉たいい

 もう一人はミナイ。紀伊キイ出身の浪人ローニン。立場は用心棒バウンサー、つまり、ボクと同じ。素性は分からない。でも、それはボク等も同じ。


「よろしくね」

「うむ」、と仏頂面で答えるニシダ。

「こちらこそ、よろしく頼むよ」莞爾にこやかな笑顔で返すミナイ。



―――



 国境には放置された廉価チープな関所がある。

 大日不仁身が用意したものなのか、妖精帝國がこしらえたものなのか、知る者はすでにいない。

 どちらの国も、関所を管理する為に割く余剰よじょう人材はいない。

 小競り合いが起きた時、関所の守りはほぼ意味をなさない。その小径こみちふさごうとも、田畑や平坦な丘を少し迂回うかいするだけで相手方あいてがたの土地に侵入出来る為、要所ようしょたり得ない。

 あくまでも漫然まんぜんとした国境を指し示す為だけに、それは存在している。


 国境付近はまばらな廃屋はいおく点在てんざいするのみ。

 大日不仁身がわは中心部に人口が密集している為、辺境に人は住まない。

 妖精帝國側は農耕を営む者がいる為、辺境にも人の住まう住居をちらほらと見掛ける。と云うものの、抑々そもそも田舎故に人は少なく、しばらく誰とも出会でくわさない。


 しかし、妖精帝國の中心地に差し掛かると状況は一変する。

 見た事もない斎庭ゆにわの建造物を一眸いちぼう出来る場所から覗くと、信者と思しき連中が群れを作り、うねりながら狂喜乱舞きょうきらんぶしている。

 群がるその先には建物前の屋外おくがいに張り出された能舞台スリーサイドステージが広がり、落雷にも似た大音響が荘厳そうごん旋律メロディかなで、機関銃マシンガンを撃ち鳴らすかの様に響きわたる。

 舞台上には幾人いくにんかの雅楽隊バンドらしき者達がい見える。まるで桃源郷とうげんきょうにでも迷い込んだ錯覚さえ与える程、神々こうごうしく華麗かれい


「なんだ、アレはッ!?」

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デュエット ~ 機甲サムライと吸血少女の流離い道中膝栗毛 ~ 武論斗 @marianoel

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