10001:用心棒

 人事課の男に着いて行く。いやけしかけているのか。

 それ程広いとはえない庁舎ちょうしゃだが、市街地建築物法の及ばない私的な改装は、お化け屋敷ホーンテッドハウスさながら。曲輪くるわを思わす複雑な部屋の配置は、考え抜かれた侵入防止措置なのか、あるいは無計画ゆえか。

 本来であれば、その黴臭かびくささに悩まされそうなものだが、着いて行く二人にその心配はない。


 間もなく、議場をにおわす観音開かんのんびらきの木製の扉を目にする。突貫建築物バラックには似付につかわしくない豪壮ごうそうな扉に、家主の強壮きょうそうが見え隠れする。

 扉にえ付けられた婆羅門ヒンドゥー教の群衆主象神ガネーシャおぼしき不気味な呼出金具ノッカーを打ち鳴らす。


「し、失礼します、閣下かっか用心棒バウンサー候補者をお連れ致しました」

「――入れ」


 重厚な、しかし、び付いた音をきしませながら開いた扉の中は、旧来の重役室をイメージさせる。

 革張りのソファーに硝子テーブル、その奥に木目の美しい重々しい執務机。

 ここまで道程みちのりからは想像出来ない程、清潔に管理された室内。隅々すみずみ迄、清掃が行き届いている。見た目だけなら正当な行政施設の重役室に劣らぬよそおい。

 残念なのは、ごうんごうんとうなる様に音を立てる空調。そして、妙なにおい。過剰な酷使こくしに耐えかねた空気清浄機は、安い葉巻シガーくすぶる香りを浄化じょうか出来できずにいる。

 デスクには、旧陸軍の戦斗帽せんとうぼう目深まぶかに被った口髭を携えた老人が一人。左手丈高指なかゆびめた矢鱈やたら大きな指輪は装着式電腦機巧装置ウェアラブルデバイスか。デスクわきには秘書とおぼしき女性が立つ。

 デスクの老人は驚く程け込んではいるが、瞳の光は生気を失ってはいない。その鋭い眼光で入室者達をにらよう一瞥いちべつ


「閣下、こちらが用心棒候補になります。大変、腕の立つ者でして……」

絡繰人からくりか――」

「……はい」


 二本指で払う様な仕草しぐさ

 人事課の男は一歩下がり、畏縮いしゅく


吾輩わがはいはタカイ。報德ほうとく農工補導所の所長にして大日不仁身ダイニチフジミノクニの代表代理。其方等そなたらは?」

「ボクはヴィーデ。はクリカラ。凄腕クラッカージャックの用心棒を求めてるのならボク以外いやしない」

「――……相分あいわかった、やとおう。詰所つめしょまで此方こちらの秘書に案内させよう。条件や内容についても秘書から説明を受けよう」

「……どうもグラッツィエ――」


 かたわらにいた女は無表情に白々しらじらしく会釈えしゃくをし、扉に向けて歩み出す。間もなく振り返り、二人に「こちらへ」と声を掛けると扉を開けて外に出る。

 間髪かんはつれぬ態度に憮然ぶぜんたる面持おももちで二人は退出。もっとも、その表情を読める者はいない。



 所長室に居残いのこった人事課の男。

 程良ほどよ頃合ころあいとみて、話す。


「閣下、の者、腕が立ち過ぎます!どうか、十分お気を付け……」

「絡繰人ではないな、彼奴きゃつめは」

「――えっ?」

薬袋ミナイ主計カズエを付けよ」

「なんとっ!?ミナイ殿どのを!」

「そうだ」

監視かんし、ですな」

いや諫止かんし、だ」



―――



 条件は悪くなかった。


 ギャラは決して高いとはえない額面だが、望めば現金で当日支給に応じる、と。つ基本、自由にしていて問題ない。

 所長のタカイ、あるいは武士團ぶしだんからの招聘しょうへいめいがない限り自由。見回りそのの義務もない。民を助ける義務すらない。

 大日不仁身ダイニチフジミノクニは、流転悲劇メリーバッドエンドゴーラウンド唯一の政府を自称しているため、他の支配地への出入りも自由。ただし、大日不仁身の実行支配が及ばない土地への出入りに際してのみ、あらかじめ届け出が必要で、用心棒を含む侍格サムライかくの身分にある者三人以上を一組として活動しなければならない。

 用心棒として雇い入れてもらっているのはクリカラおにぃだけなので、ボクを除き、他二名以上の侍の同伴どうはんが必要って事。これが少々面倒、ってくらい。


 下宿先は、庁舎ちょうしゃに隣接した宿舎しゅくしゃか、程近い襤褸ぼろ集合住宅アパートいずれかを選択出来る。勿論、ボク達はボロアパートを選ぶ。

 用心棒バウンサーの詰所は庁舎内にあり、警護詰所にとなりにあるものの、完全に独立している。

 タカイの秘書に案内され、一通り説明を受けた時、その詰所に他の用心棒は一人も居なかった。自由であるがゆえに普段、詰める必要が抑々そもそもない。


 その秘書だが、およそ秘書と云う立場は表向きだけだろう。

 タカイ個人の護衛ボディーガードに違いない。精髓エッセンスが極端に低い。培養種バイオーグだろう。

 その身のこなし、明らかに訓練されている。背筋を伸ばし重心移動が少なく、極端に右腕を振らない歩き方、蘇維埃ソヴィエト国家保安委員会KGBに見られる特徴。

 とは云え、ボクに対し、不審ふしんな態度は微塵みじんも見せない。淡々たんたんとした説明を終えると何事もなかった様子で詰所を後にした。


 取りえず、ボク達は宿舎となるアパートへ向かう。

 どの部屋を使っても良いという事だったので1階の角部屋に入る。

 かなり古い建物で薄汚れているが、部屋には最低限度の生活必需品が整っている。全て旧式ではあるが、冷暖房空調機エアコンディショナーに冷蔵庫、瓦斯焜炉ガスコンロ、電子調理器レンジ、洗濯機、風呂、便所等々などなど、全て使える。電腦網家電CoTは一切見当たらないが、それはそれで好都合。

 盗聴器のたぐいを確認し、すぐに雑貨屋に買い出し。目星めぼしい小物を購入し、またすぐに部屋に戻る。

 隙間すきま目詰めづめ。目隠しフィルムを窓硝子に、馬糞紙ダンボールを壁や床、天井に貼り付け、簡易的な防音室にする。


急場凌きゅうばしのぎだけど拠点は出来た。これからどうする、おにぃ?」

自立型スタンドアローン人工知能AIを探す」

「それが単独行動を取っている可能性の高い意傳子ミームって事だね」

「――ああ」

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