10000:不器用

うばわれたただ、取りもどすだけのことだ」


 以前、クリカラおにぃは漢字Talkトークと呼ばれる疎通言語インプットメソッド言選ことえり”を意傳子ミームから、と云っていた。オドゥオールの音声ヴォイス装置ガジェットは、彼からしていた。

 ここに大きな違いがある。


「奪われたって?」

「“ボンド”、だ」


 隠喩メタファーあるいは皮肉アイロニー、か。

 クリカラおにぃ話し振りスキーマいまだ理解出来できていない。だが、直感的にと分かる。

 たずねれば答えてはくれる。くれはするが、伝える気がない。聞き手に理解までを求めてはいない、そんな気のない返答。

 だが、クリカラおにぃめる気にはならない。何故なぜなら、ボクもまた、同じだから。説明をしても聞き手の理解が及ばない、知っているから説明をはぶく、面倒めんどうだから。


「さっきってた、待っていても来ないやつ、って検索サーチしてこない意傳子ミームって事?」

「――近い、が違う。検索サーチしてもやってこない連中れんちゅう、だ」

「え?」

奴等やつら遠望えんぼうは同じでも、各々おのおの軌道オービットが違う」


 また、だ。

 亦、直接的な表現を嫌った。

 説明下手べたなんかじゃなく、故意にかいを導かせない、そんなふうしかし、はぐらかしているほどでもない。仄めかしヒントが見えかくれする。

 機智者ハッカー特有のさがなのか、防衛本能なのか、生きざまがそうさせているのか。

 あるいは――ボクを探っているのか。

 ボクが、に気付くかどうか。クリカラおにぃが求めているに、ボクが到達とうたつ出来得できうるかいなか、を。

 否々いやいや流石さすがにこれは自意識過剰か。


「個々の意傳子ミームは目的が一緒でも自由意志があり、各々自己判断で独立して動いているって事?」

「――諸法無我ストレンジアトラクタ。奴等は収束しゅうそくされるが奇天烈きてれつに振るう。校正デバッグともなう経過ラグが発生中の今、孤立したシステムねらうがきち


 こ、これは……――

 まるで、旧式の電子式汎用計算機コンピュータと話しているかのよう

 ボクが、ではない。クリカラおにぃが、だ。

 その対象が書記しょき言語を主流とした絡繰からくり相手であるが故、音声言語と口頭こうとう言語が曖昧あいまい。その合間あいまを、必至ひっしに取りつくろうかの様に、いや、丁寧に翻訳しようとするが正誤表せいごひょうが無いゆえ誤訳ごやく混入こんにゅうする、そんな印象。

 たとえるなら、十分過ぎる知識を有した赤児とのコミュニケーション。覚え立ての口語こうご。悲しい程迄ほどまで純真ピュア、そして、不器用クラムジー


「――分かったよ、おにぃ。を探そう」

「ああ……」



―――



用心棒バウンサー大募集!

 世界ノ騷亂そうらん益々ますます擴大かくだい底止ていしスルところヲ知ラズ國際情勢こくさいじょうせい愈々いよいよ重大トナレリ、世界新秩序ニューワールドオーダーノ建設、大日不仁身ダイニチフジミ共榮圈きょうえいけん確立ニハ軍備ノ充實じゅうじつ喫緊きっきんノ急務ナリ、ノ非常時局じきょくニ際シ大日不仁身武士團ぶしだん參與さんよ大任たいにんゆうスル報德ほうとく農工補導所ほどうしょ用心棒ニふるツテ應募おうぼセヨ。

 下宿げしゅく工廠こうしょうニテ斡旋あっせんス。

 いざ行け、鹿放ヶ丘ロッポーガオカへ!!大日不仁身の守りに』


 貼り紙を握りめ、報德農工補導所に立ち入る二人。

 耐震補強もままならないかなり古い建造物。接収した万雑貨小売店スーパーマーケット集合住宅アパート、屋内駐車場を簡易的に改装してつなぎ合わせただけの庁舎ちょうしゃ

 いたる所、蛍光管は切れっぱなし、錆び付いた鉄扉は開きっ放し。天井はき出しになった石綿アスベストがほろほろとくずれ落ち、妙な冷ややかさが廊下ろうかを包む。

 突き当たり左にパチパチと放電しながら点滅する飾燈管ネオンかんで『人事課』と表示された部屋。

 二人はノックもせずに部屋の中に。


 部屋の奥にはデスクに足を放り出した姿で生六絃琴アコースティックギターき鳴らすざんばらがみの男。

 不意ふいに訪れた青年風の絡繰人からくりと異国の少女に驚き、演奏を乱すも、デスク脇の引き出しから南部なんぶ七一七式ナナイチナナしき自動拳銃オートマチックを取り出し、構える。


「な、何者なにものだっ!」


 クリカラはくしゃくしゃの報條チラシかかげ、

用心棒バウンサーへの応募」、と。


「……あっ、ああ、用心棒になりてぇー、って事か。驚かせやがって……それにしても」


 クリカラとヴィーデをめ回すようにらみ付け、一言。

「ひょろっとした青瓢箪あおびょうたん毛唐けとうの小娘じゃ、話にならん」


 ヴィーデは擘指おやゆびでクリカラを指し、

「ボクは用心棒じゃなくての保護者。で、コイツは武装アームド戦闘コンバット絡繰人カラクリ

 なンだったら、その銃で撃ってみてもいいですヨ?」


「!?なんだと?」


 その大き過ぎる銀眼ぎんがんはメラニン色素が足りていない。にも関わらず、網膜もうさい血管を透かす事なく、こごえる程の氷晶クリスタル花開はなひらかせる。虹彩際こうさいきわ次元分裂図形フラクタルにじみ、曼德博マンデルブロ集合の玲瓏れいろうたる光輪を散らし、幻惑げんわくいざなてい

 少女の瞳に、その言霊ことだまに、到底とうていあらがえない。憲法を、条約を、いや、遺伝子的本能も物理法則さえも超越した強迫性きょうはくせいに、全身の細胞が恐れおののき、彼女への隷属れいぞくす。

 その厳命ギアスは思考にさきんじ、機能を奪い無意識に踊る、マリオネットのように。


「なっ、なんだコレはッ!!ば、馬鹿なっっ!!?」


 き手に握り締めた自動式拳銃ピストルを意志とは無関係に、クリカラに向けて照準を付ける。

 強張こわば筋痙攣きんけいれんに、鮮明な意識が恐怖を覚える。

 望まぬ手許てもとの挙動に困惑こんわくしつつ、銃爪トリガーに指を掛け、猶予ゆうよ躊躇ちゅうちょもなく、まぶたを閉じるよりも淡粧あっさりと、ただ、引く。

 狭い部屋にこだます乾いた銃声に、ハッとわれに返る。


「ねっ?凄い、でしょ?」


 爆音を伴って放たれた弾丸は、単元刀ナノブレードによって曲線にえぐられたかのよう寸断スライスされ、その傲慢ごうまん推力スラストを失い、音もなく床板スラブに転がる。

 眼前の絡繰人カラクリの動きを、その斬撃スラッシュを、毛程けほどすら視覚でとらえる事は出来なかった。しかし、りょう工学補綴義手サイバーアームプロテーゼきらめくと伸びた黒い刃が、問い掛けるまでもなく、己の仕業しわざだと語らんばかり。


 ――手に負えない。

 人事課の男は、低くうめく。

 この得体えたいの知れない来訪者と密室に居続いつづける胆力など持ち合わせてはいない。

 脱力した面持おももちで銃を机に置き、感性センスのよくない手巾ハンケチで額の汗をぬぐう。


「わ、分かった……し、所長に取り次いでやる――」

「そう、有難サンクス

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