1111:みつどもえ

―――――



 ふらっと和風居酒屋ヤマトバルに立ち寄る。

 無論むろん、酒を飲むわけでも食事をる訳もない。

 聞き耳を立てる――

 そう、この街の情報を仕入れるため。こうう大衆向けの娯楽ごらく施設が一番、その街の雰囲気ふんいきを強く反映させるし、酒精エタノールは口をなめらかにする。

 意外な情報が手に入る可能性があるんだ。


 ――え?

 クリカラおにぃは耳が聞こえないじゃないかって?

 それが、分かるんだよ、は。


 ボク達は目立つんだ。店に入った当初、他の客は警戒しているように見えた。

 かく余所者よそものに対して警戒心が強い。当初、耳をそばだてているのは、ボク達よりも彼等の方だった。

 クリカラおにぃ濁醪擬どぶろくモドキを、ボクは葡萄酒ワインを頼んだ。

 明らかに未成年にしか見えないボクだが、別に酒精アルコールを口にしたからといってとがめられることはない。このくにの法は、こういったところには寛容かんようらしい。

 客達のよそおいは、旧陸軍の印象を色濃く残したサムライふう、とうよりは、野武士のぶし風、と云ったほうがいいのかも知れない。寧ろ、百姓ひゃくしょうが刀をぶら下げている、そう表現した方が適切かも。

 多少時間が経過すると、お酒の影響もあってから彼等かれらはボクに無関心になり、口々に思い思いの話をし始めた。


 客達の話しりから明確になった事が一つある。

 どうやら、流転悲劇メリーバッドエンドゴーラウンドでは、三つどもえの戦争、小競こぜり合いと云ったほうが正しいか……が起きているらしい。


 鹿放ヶ丘ロッポーガオカにはず、大日不仁身ダイニチフジミノクニがあった。より正確には、開拓かいたく靑少年せいしょうねん義勇軍の子孫による集落があった。

 特異點爆發SE勃発ぼっぱつにより自治体から隔絶かくぜつした。ネオ・チバシティと四街道ヨツカイドー状態になっており、なかような鹿放ヶ丘は、AIの判断から捨てられた。

 そんな危機が訪れた時、タカイが現れた。

 タカイは、過去の指導者と同一人物であると語った為、はじめ、村人達に受け入れられなかった。しかし、徐々じょじょにその指導力や知恵にかれ、団結する様になった。

 時同ときおなじくして、化物が現れた。それがゼノ。

 人間ならざるその化物の暴虐ぼうぎゃくは凄まじく、自治体の協力をあおげない村民に、これを退治たいじする事の出来る者はいなかった。そこで、古来よりある風習、すなわち、魔物や鬼に逆らうのではなく、それを畏怖いふの対象として祭り上げる。つまり、民間信仰と見なす民衆が現れた。

 その地域こそが、ゼノの世界ゼノニア

 そして、魔女プシコマキアが現れたのは、ゼノの世界ゼノニアが出来たころ

 新興宗教“妖精帝國ヨーセーテーコク”の信奉者を引き連れ、鹿放ヶ丘にって来た。到来とうらい理由は、ゼノ討伐とうばつ。ゼノの存在になやまされた住人による嘆願たんがんがあったのだ。

 しかし、プシコマキアと妖精帝國が訪れた時には、すでにゼノを荒魂アラミタマとしてまつっており、実質的に討伐の名目めいもくは失われていた。

 大義名分のない状態にあり、プシコマキア達は去ろうとしたが、ゼノを祀る事をこころよく思っていない民衆の一団が決起けっきし、妖精帝國を引きめた。

 ――ここまでが鹿放ヶ丘での三勢力の成り立ち。


 互いが小競り合いを始めたのは、主に狭い土地における食糧事情と宗教的な要因から。

 三勢力共に、宗教が存在している。

 大日不仁身ダイニチフジミノクニには鹿放ヶ丘神社が、妖精帝國は同名の新興宗教が、ゼノの世界ではゼノ自身が荒魂として祀られている。

 タカイは千葉大學園藝學部えんげいがくぶの支援による植物工場や畜産工場といった施設系の食糧生産を得意とし、ゼノは瓦落多ジャンクから出鱈目でたらめに組み上げた4D造成食糧工場、妖精帝國は旧来きゅうらいの農耕と畜産を行っている。

 工場はエネルギーを、旧来式は土地の広さが必要となり、実質的には困難な食糧事情となっている。



 ふーん……――

 ボクは何の感慨かんがいいだかず、客達の話しりから鹿放ヶ丘ロッポーガオカ近辺きんぺんの状況を整理した。


 正直なところ、ボクには人間達の諸事情にはあまり興味がない。

 ヒトが生み出す芸術や哲学、文化、知識、心の移ろいとか、そううものには強くかれる。

 ただしゅの存続や生命の維持、その為に彼等に必要と思われる社会環境や政治には興味がない。

 いて云えば、流転悲劇メリーバッドエンドゴーラウンドにおける互いのどころになっている“宗教”というキーワードに、ほんの少し興味がある、その程度。


 ボクの関心はむしろ、クリカラおにぃがここに来た理由、その目的にこそある。

 クリカラおにぃはじめ、何処どこにも行く必要はない、と云っていた。検索サーチされるから不要だと。

 ――なのに、なぜ?


気になる事でも?」

「――え?」


 めずらしい。

 クリカラおにぃから声を掛けてくるなんて。

 クリカラおにぃの云った、とは、一体、どの点においての問い掛けだろう。

 鹿放ヶ丘における状況に対するボクの意見を求めているのだろうか。それとも、気のない表情を浮かべたボク自身の心境を察しての事だろうか。

 質問を質問で返すのは嫌だけど――


「鹿放ヶ丘に何かあるの?」

「ああ、多分たぶん、な」


 無機質な仮面と包帯の隙間すきまから覗く硝子ガラス玉のような義眼や疑似声帯ぎじせいたいを通したその言葉尻ことばじりからは、何もさっする事が出来ない。


「多分って?」

、がいる可能性」


 短いけど慎重しんちょうに選んだような、その言葉。

 みょうな違和感。


「ソイツを見付けてどうするの?」

「取りもどす、だけ」


 前にも一度、聞いた事がある、その語句フレーズ

 確か、――意傳子ミーム婆藪仙人バスセンニンとか云うAIに襲われたあと


、前から疑問に思ってたんだけど、取り戻すって一体、何を?」

「――……ああ」


 表情がくもった――無論、気のせい。

 クリカラおにぃのその作り物の無表情な仮面はかざり。表情筋ひょうじょうきんいじって顔色を変える、そんな機能はない。

 だと云うのに――

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