1110:未定義区域

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 ――鹿放ヶ丘ロッポーガオカ。別称、“流転悲劇メリーバッドエンドゴーラウンド”。

 県内でも有数なドヤ街スキッドロウの一つ。そして、稀有けうな存在、遺棄いきされた土地。

 情報の欠落けつらく欠陥けっかんもたらした現代の未踏地みとうち未定義区域アンディファインドエリア、通称“ヌマ”と呼ばれる。


 現代の支配体制に必要不可欠なAIによる地理情報システムGIS釈迦輿図シャカマップ』。精妙せいみょうな地図検索システムだが致命的な欠点が存在する。

 それが――陰影錯視パレイドリア

 白か黒か、ゼロかイチかを明確化し、曖昧あいまいな判断をしないAI達は、電腦惡夢ディープドリームを見ないため、より簡潔シンプルな選択をした。

 具体的には、この鹿放ヶ丘のような人工衛星上から“アンノウン”として認識される箇所は、水辺みずべ湖沼こしょう)、と見なした。すなわち、人間社会の適用外環境、と見なす事で社会機構インフラの適用除外と設定した。


 ブラックスポットが居住者や地域性による空白地くうはくちであるのに対し、未定義区域UDAはAI自らが意図的に遺棄いきした空白地を指す。

 本来、空白地としては全く同義なのだが、その違いはそこの社会性に大きく影響する。

 鹿放ヶ丘はこの点でえば、実に分かりやす標本サンプルだろう。



 鹿放ヶ丘ロッポーガオカには、3人の支配者がいる。

 一人は、齢150を超えるタカイと名乗る人物。滿蒙マンモー開拓かいたく靑少年せいしょうねん義勇軍内原ウチハラ訓練所の流れを組む報德ほうとく農工のうこう補導所ほどうしょによる支配地。彼等かれらは自分達の支配域を大日不仁身ダイニチフジミノクニと呼んでいる。

 もう一人は、黒髪のショートボブが印象的な少女プシコマキア。神秘的な奇蹟きせきの力を有した魔女で、謎の宗教団体“妖精帝國ヨーセーテーコク”の主催者。

 三人目は、ソレをヒトと扱って良いのか不明だが、ゼノと呼ばれる存在。暴走した人造人間レプリカント自立型スタンドアローン人工知能AI、廃棄された未確認動物クリプティッド融合体アマルガムと見なされているが実態は不明。その支配地はたんに、ゼノの世界ゼノニア、と呼ばれている。


 この国ニッポンの支配機構であるAIが意図的に無視した地域であるがゆえに、ほぼ合法的にその土地を現行げんこう行政から切り離して支配する事がかな電腦學的荒野サイバネティクスワイルダネス、それがこの未定義区域UDA、そして、その最たる例がこの流転悲劇メリーバッドエンドゴーラウンドなのである。

 ブラックスポットとはまた違う頽廃デカダンスが待ち受ける。



―――――



 クリカラおにぃヴィーデボクがこの街にやってきたのは偶然ではない。

 怪誕不経かいたんふけいような無法地帯はボク達にとって好都合こうつごうな土地である事に間違いはないのだが、クリカラおにぃが求めているを得るには不都合ふつごうなのだとか。


 クリカラおにぃいわく、

 ――遮断しゃだんされ過ぎている。

 、らしい。


 ブラックスポットは、その成り立ちが不明瞭ふめいりょう過ぎる。

 各々おのおの点在するかくブラックスポットごとに、その成立事由じゆうが異なり過ぎている為、画一的かくいつてきな判断で身を置き続けるのは、返って危険、なのだとか。

 それに比べ、この鹿放ヶ丘ロッポーガオカにある流転悲劇メリーバッドエンドゴーラウンドようなUDAのほうが成立意図いと可視化かしかされているぶん、マシなのだとか。


 ただ、これはあくまでも“見えざる意図”に手を焼かずにむ、と云うだけの話に限って。

 実質的な危険度においては、むしろ、UDAの方が高い。

 帝国ニッポン三権さんけんから分離した独自の極小ミニマム社会が構築されている為、排他的はいたてきつ常識外の世界が広がっている。

 所謂、村社会ムラしゃかい、と云うもの。

 仕来しきたりだとかならわしだとかオキテだとか、閉鎖的な慣習がり、有力者による序列構造が普遍性ふへんせいいる、そんな抑圧された社会。

 余所者よそものにとって、それだけで十分、危険、と云える。

 それに加え、UDAはAI自身が故意に捨て置いた土地。その為、往来おうらいしようと望めば、自立型ジリツがたAIを送り込む事くらい容易たやすい。

 クリカラおにぃが遮断され過ぎない、とするUDAに足を踏み入れる理由がコレ。

 つまり、本質的なリスクはブラックスポット以上と云える。




 ボク達が最初に立ち入ったのは、大日不仁身ダイニチフジミノクニ

 この土地が一番、分かり易い。

 そう、クリカラおにぃは語る。


 旧来の帝国様式をそのまま維持する開拓民の集落。

 大戰たいせん後の食糧不足を解消する為、下志津原シモシヅハラ開拓本部の要請におうじ、援農えんのうに来た滿蒙マンモー開拓かいたく靑少年せいしょうねん義勇軍内原ウチハラ訓練所基幹きかん學校がっこうの生徒達が

 彼等かれらは若かった為、正式な入植にゅうしょく資格を与えられなかった。それ故、報德ほうとく農工のうこう補導所ほどうしょを設立し、共同生活による自給自足で存続、他の入植者をたすけた。

 もなく、開拓団から独立し、その開拓地区を鹿放ヶ丘ロッポーガオカと名付けた。

 かつて、この地域は六方野ロッポーノと呼ばれる原野で、近世きんせいにおいて佐倉サクラ藩主はんしゅ鷹狩たかがりの場であった。その為、鹿放ロッポーしょうし、近場ちかばにある大日権現岡だいにちごんげんおか(通称、大日山ダイニチヤマ)から岡の字を拝借はいしゃく、囲いを取って繁栄を目指し、鹿放ヶ丘とした。

 田畑でんばたに加え、畜産ちくさんにも尽力じんりょくし、平和な生活が営まれていたが、特異點爆發SEに状況は一変した。


 釋迦槃土シャカ・ハンド陰影錯視パレイドリアが発生した鹿放ヶ丘地区を『遺棄地いきち』として指定し、その支配領域から放出し、釈迦輿図シャカマップには、鹿放ヶ沼ロッポーガヌマと表示した。

 行政とインフラに見放された鹿放ヶ丘は、再び自らの手で開拓せざるを得なくなった。

 そんなおり、鹿放ヶ丘神社から現れたのが豊受大神トヨウケノオオカミ大日如来ダイニチニョライの力をさずかったタカイと名乗る救世主。

 彼は、かつ靑少年せいしょうねん義勇軍の指導にあたった人物と同一であるむねいてれ、AIから捨て去られた鹿放ヶ丘を行政名の大日富士見ケ丘ダイニチフジミガオカから大日不仁身ダイニチフジミと改称し名付け、自らの不死性と開拓地の復活を明示めいじした。

 タカイの力により、大日不仁身はかろうじて生活を維持出来る環境を取り戻し、現在にいたる。


 ほど――

 クリカラおにぃの説明を聞けば章々しょうしょうたる。

 確かに、その成立までの流れ、経緯けいいがはっきりと分かりやすい。

 恐らく、クリカラおにぃが現時点で持ち情報データにおいて、少なくとも流転悲劇メリーバッドエンドゴーラウンドの中で一番、信頼出来る情報源ソース、と云うことだろう。

 判然はんぜんとしない妖精帝國ヨーセーテーコクゼノの世界ゼノニアよりは遙かに取っ付き易い。


 只、それでも神様?仏様?の名がナチュラルに出てくる怪しげな人物による支配地と云うのは、矢張やはり引っ掛かる。

 ――それに……

 クリカラおにぃが求めるが、一体、何なのか。

 そして、がこんな怪しげな土地への来訪らいほうと何の関係があるのか。

 ボクには分からない。


 間もなく、知る事にはなるのだけれど――

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