1101:旗本はかく語りき

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 かつて存在した私設刑務所の跡地あとち接収せっしゅうしたこの広大な敷地にそびえる戦国時代風の城。黒塗りの天守てんしゅ如何いかにも豪壮ごうそう

 瓦希里スワヒリ語で“槍の英雄シュジャー・ワ・ムクキ”と名付けられたこの城こそ、下総しもうさナイロビ町奉行マチブギョーサカイヤの居城。

 知行ちょぎょう百石ひゃっこく未満の小旗本マイナーハタモトである彼が陣屋じんやではなく、これ程立派りっぱな城郭を有しているのには理由わけがある。


 外地である哥摩羅コモロ諸島に大東亜省だいとうあしょう印度洋庁いんどようちょう内政部警務課哥摩羅コモロ支庁警務係の警部として配属された同心ドーシンだったサカイヤは、殘酷ざんこく大陸における租借地そしゃくち莫三鼻給モザンビーク州や馬達加斯加マダガスカル州でさかんな奴隷闇市やみいち撲滅ぼくめつせいを出していた。


 そんなおり獨逸ドイツ第參帝國だいさんていこくによる旧領復権運動に巻き込まれる。

 膨大ぼうだいな移民の流入により治安悪化が進み、進退窮しんたいきわまっていた時、反納粹ナチス運動の猶太ユダヤ商人グループからの接触を受ける。

 治安維持の為、人員と金銭が必要不可欠となっていたところ、非合法な奴隷取引に加担せざるを得なかった。

 その手法は、不法行為を行った移民を収容所に一時留置し、強制送還する手筈てはずを整え、猶太ユダヤ商人による輸送を取り持つ。獨逸旧領は無政府状態の為、送還先を殘酷大陸の第三国による植民地で仮受かりうけしてもらうとう国外追放システム。

 仮受け先の収容所、あるいは輸送中に不良移民が逃亡しても、その責務はサカイヤには及ばない。

 こうしてサカイヤは見返りに資金を得て、多くの目明めあかしを雇い入れ、治安維持と奴隷闇市の摘発てきはつを同時に解決したのであった。


 その采配さいはいを評価され、南洋庁なんようちょう与力ヨリキ拓南局たくなんきょく与力、殖産局しょくさんきょく与力、千葉奉行所ぶぎょうしょ与力をて、御目見以上おめみえいじょう旗本として南群阿弗利加サウスアフリカ租界そかいの一つ下総しもうさ奈洛比ナイロビの町奉行に就任した。

 奉行以外の顔として、清掃会社や人材派遣会社、語学学校、土産みやげ雑貨、貿易会社、葬儀屋他、幾つもの法人を経営する実業家。少禄しょうろくの身でありながら裕福なのは、このような背景からなる。


 租界の支配者として利権を手にした彼は着実に資金を蓄え、次の市義會義士しぎかいぎし選挙への出馬をうかがっている。

 財力はすでに十分な彼だが、少禄ゆえに政財界では軽んじられている。市義會義士ともなれば加秩かちつされ、自尊心プライドたもてる。

 そんな今の彼にとって、厄介事やっかいごと極力きょくりょくけなければならない。もし、そんなものが迷い込んで来たのであれば火種が小さい内にみ消す必要がある。


 そう、今のサカイヤは、神経質ナーバスになっていた。



―――――



 『特別警報:必死フェイタリティ』――ABCD計数管けいすいかんの運命係数が異常な数値を叩き出した。

 この下総しもうさナイロビの何処どこかで運命兵器ディスティニカルウェポンが使用されたとうたがわれるほど

 形式上とは租界そかいであるこの下総ナイロビの街中で運命兵器が使われ、これを放置していては国際社会からの批難ひなん必至ひっし

 検知器の誤作動や改竄かいざんの可能性は勿論、実際に使用されたのであれば犯人の特定や逮捕、あるいは処分ほか、原因の究明と対策を取らねば責任追及はまぬがれない。

 対処たいしょせねばなるまい、性急せいきゅうに。


 こう云う時のために、金食い虫ではあるものの維持し続けなければならない中枢セントラル人工知能AI然樣ならクワ・ヘリ”なのだが、何度回答を求めても冷たく、不明アンノウン、としかこたえない。

 肝心かんじんな時にこの有様ありさま

 これだからAIは役に立たん。

 結局のところ、最後にたよれるのはヒト。いてはおのれ。己自身の才覚。

 血の通わなぬ絡繰カラクリ等、所詮しょせん、ゴミ。

 配下のまわかた達に命じ、情報を収集し、検分けんぶん


 ――る程な。

 警報の発端ほったんとなった中心地から特定地域の監視かんしカメラの記録映像が人為的じんいてきに削除、または改竄されている。

 削除及び改竄された監視カメラの設置箇所かしょ紐解ひもとくと、市帝列車シティライナーの駅構内から町郊外こうがいへとける道筋が見えてくる。すなわち、これが運命兵器の所有者が辿たどった足取あしどりとなる。

 このラインを重点的に聞き込みを行えば目撃者も見付かる。

 ついでにこの時間帯周辺の“然樣ならクワ・ヘリ”の履歴ログも洗う。AIがあれ程の運命係数に気付かぬはずがない。何等かの処理が実行されている可能性が高い。

 警察づとめの長かった俺を見縊みくびるなよ!



 ―――間もなく、


 複数の目撃者に深層心理寫像複写しゃぞうふくしゃ機によるモンタージュ写真から青年期とおぼしき絡繰人からくりと異国の少女の二人組ににんぐみが容疑者として上がって来た。

 監視カメラの削除と改竄の頃合ころあいが時間的に限られていた。目撃者の存在は調べる前から明らか。

 つまり――

 容疑者は、素人しろうと、だ。

 いや、その腕や技術が、ではない。追跡調査されるであろう事への配慮はいりょとぼしい。

 一言、迂闊うかつ。追われる事にれていない。すなわち、非合法組織の構成員や前科ぜんか持ちではない可能性が高い。


 ――AIの履歴ログは……

 こっ、これは!?――

 見たこともない緊急通報。謎の數祕コードによる通報、だと?

 保護対象者『電腦呪術師アンペラスアレゴーオドゥオール』。聞いた事もない民間人。殘酷大陸出身っぽい通名を名乗っているが皇民こうみんの邦人。

 機智者ハッカーだと?

 小規模、つ限定的ではあるが非想非非想天プシコ・トランスまで発現させている。

 民間人の一個人の保護ごときに租界そかいの中枢AIが!?

 しかも、“然樣ならクワ・ヘリ”の独断で阿弗利加乃牙アフリカのキバへの接触が見られる。非合法組織に?公費の支出による提示オファー、だと?

 何等なんらかの上位権限アドミニストレータが発動されている。中枢AIへの権限発動など尋常じんじょうではない。

 一体……一体、何が起きているんだ!!


 ――絡繰人からくりと少女。

 、何者なんだ?

 いやな予感がする。第六感、いやかんだ。俺の勘が危険な臭いを感じ取っている。

 此奴等こやつらを生かしておくと不味まずい。そんな直感。

 なんとしてもを探し出し――

 ――始末しまつせねば。


 しかし、どうする?

 何者かも分からんやからを秘密裏に探し出し、倒すなどと云う手練てだれ、俺の配下にはおらん。

 第三者をやとい入れる必要がある……


 ピッ――

 脳に埋め込んだ集積回路チップへの直接的な電気信号を受信。通信、だ。

 何奴なにやつッ!?


Kwaheri>......サカイヤ

「!!?然樣ならクワ・ヘリ!!」


 然樣ならクワ・ヘリからの直接通信などいまかつて一度もない。

 何の心算つもりだ、このAI。


Kwaheri>......回答しよう

「回答!?回答、だと??」

Kwaheri>......二人組を始末出来る人物

「なっ、なんだとッ!?」

Kwaheri>......御様御用おためしごようとして名高い公儀介錯人コーギカイシャクニンの一人、タタリ魔刀マトーたよるがよろしい

「バッ、莫迦ばかなっ!!!マトーにたのめるわけもなかろう!」

Kwaheri>......手筈てはずは整えておくので安心されよ


 俺のあずかり知らぬところで巨大な何かが動いている。

 いいだろう――

 租界の中枢AI程の高位AIに上位権限を下すがいる。

 乗ってやろうじゃないか、この話。

 上を目指す俺にとってこの試練チャレンジ、乗り越えてやろうじゃないか!


「マトーを呼べ!!然樣ならクワ・ヘリ!」

Kwaheri>......御意イエス・マイ・ロード

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