1100:マッチ売りの少女は祖母の夢を見るか?

燐寸マッチ如何いかが?燐寸は如何ですか?誰か、燐寸を買って下さい!」


 燐寸マッチ売り――

 旅籠モーテルを出てぐの路地裏に、その少女はいた。

 物珍ものめずらしい。燐寸マッチ売りが、じゃない。燐寸が、だ。

 二世紀前に誕生したその発火具、今ではほとんど見られない。

 ボクは燐寸が好きだ。燐寸の放つ炎、その明かりはあたたかい、そう、心が温まる、そんな気がする。

 燐寸が発明されるまで、ボクは炎が嫌いだった。焚刑ふんけいを思い出すから。


 ――それはそうと。

 ボクはその燐寸売りの少女を無視した。

 燐寸の明かりが好きであろうと、その子とその商売の行く末とは無縁。

 ボクは足早にその場を通り過ぎた。

 過ぎたんだけど――


 なんてことだ。

 が立ち止まってしまった。

 およそ、その燐寸の持つ価値とはけ離れているであろうがく圓天イェンティエン紙幣しへい頭陀袋ずたぶくろから無造作むぞうさに取り出す、ごっそりと。

 ――これは、遺憾いかん……


 少女は満面の笑み、しかして下卑げび口許くちもとあらわにする。

 にわかに狂気にも似た眼差まなざし。ああ、知っている、あの感じ。

 可哀想かわいそうに――

 クリカラおにぃが?いや、少女が。


 大枚たいまいにぎめた手許てもとから、少女は燐寸の値段に似付につかわしくない、その札束をぎ取るようにして奪う。

「まいどありィ~!」

 燐寸を一箱ひとはこクリカラおにぃの顔に投げ付け、け出す。あっとに、路地裏から大通りに消える少女。

「……」

 クリカラおにぃに表情は無い。当然、その顔は作り物なのだから。


 ――ギャッ!

 間もなく、大通りから短い悲痛な叫び声が響く。

 ボクは大股おおまたで大通りに向かい、路地から顔を出し、目撃する。

 やっぱりね――

 破落戸ローグおぼしき棟髪モヒカンりにした大男が、山刀マチェーテを少女に突き立て、圓天イェンティエン紙幣を巻き上げている。

 胸元から逆サイドの脇腹下腰あたりに迄、斬り裂かれている。

 とても助かる見込みのない重体。今ぐ医療機関に運べば、あるいは助かるかも知れない。無論、ボクが手を下せば、それで事足ことたりる程度ではあるのだけれど。


 これはボクの想像、いや、妄想なのだけれど。

 燐寸売りの少女は特段とくだん、悪事を働く様な子ではなかったはずだ。

 目の前に出された大金に、大凡おおよそ、素直に、驚くほど無邪気むじゃきに欲望をさらけ出し、奪い去った。

 結果、迂闊うかつにもこのひどい治安の“怪誕不経かいたんふけい”の街中で札束を握り締め、野盗やとう餌食えじきになった。

 ――そう、悲劇トラゴエディア、なのだ。

 ブラックスポットの環境が生んだ悲劇、いや、日常なのだろう。

 多分。


 ジャリッ――

 背後にクリカラおにぃが。

 に視力がなかった事が、この時ばかりは良かったのかも知れない。

 こんな惨劇さんげき、誰だって見せたくはないもん。

 良かれと思った親切心が、無慙むざんにも砕け散る様子、はかなさ。

 如何いかにも――容赦無しシビア

 自明じめい

 ――なのに。


「何があった?」

「!?……えっ?」

「少女に、あのに何かあったろう。話せ」

「――い、いや……な、何も……」

りのままつくろう事も嘘もかなわん。話せ!」

「――……少女は……残念だけど、ころs……」


 ――ドンッッッ!!!

 大地を踏み締める音、遅れて音速爆ソニックブームが巻き起こる。

「お、!!」


 音速の壁を軽やかに越え、破落戸ゴロツキ接敵せってき

 単元刀ナノブレードさえ突出とっしゅつさせず、クリカラおにぃはその工学補綴義手サイバーアームプロテーゼを突き入れ、き手をり出す。

 驚異的な加速度を伴うみ込みとは対照たいしょう的に、等速度とうそくど運動を維持した抜き手による突きは、およ盲点もうてん

 指先前方に発生した衝撃波マッハコーンは破落戸の大胸筋だいきょうきんを散らした時点で減速。肋骨ろっこつ胸骨きょうこつを粉砕しつつ、心臓を鷲摑わしづかみ、引き抜く。体外に引きり出された心臓はいまだ自身の立場を分からず、あたりに血をき散らしながら鼓動こどうを続ける。

 生々しいその心臓を大地に投げ捨て、横たわる大男の握り締めたくしゃくしゃの札束をぎ取り、程近ほどちかい少女の亡骸に首を向ける。


 買い取った燐寸マッチ箱から1本取り出し、無慙むざんに横たわる少女のかたわらに。

 燐寸箱側面のやすり頭薬とうやく擦過さっか。男から取り戻した札束にその炎をともし、彼女の上に。

 義手の手首からケミカルチューブをつままみ上げ、握る仕草でコックを解除。飾燈黄ネオンイエローのオイルがこぼれ落ち、やさしい炎は大きく羽搏はばたき彼女を包む。柔らかな寝台ベッドの毛布のように。

「――やみもうさん」


「…………おにぃ」


 火葬クレマティオ――

 この国のり方。

 注意深く、用心深く、旅立ちのタイミングを見計らっていたのに台無だいなし。

 でも――悪くない。


 周囲がざわつく。

 ブラックスポットでの暴力沙汰は日常。しかし、その一方が余所者よそものだったら話は別。

 わらわらと群れつど破落戸ローグども


 いいのだろうか、野臥のぶせり共?

 もう、さわぎを起こしてしまっている。

 そんなボク達を、今のボク達をおさえるモノはない。

 にも――容赦無いノーマーシー

 

 ネットワークの途絶とだえたこの地はボクらにとっては庭も同然。

 さよなら、名も知らぬらず者達。


 ボクは君らが思うよりも――怖ろしい。



 1つウーノ2つドゥーエ3つトレ……16セーディチ17ディチャッセッテ18ディチョット

 18体の遺体が音もなく転がる。

 何の感慨かんがいも無い、感傷も。

 炎に燃ゆる少女の亡骸なきがらの前でたたずクリカラおにぃは祈りを捧げているよう。一言、無心。

 およそ、ボクの起こした凄惨な様等さまなど、届いてはいまい。


 久し振りに“つめ”を振るってしまった。

 クリカラおにぃがこんな連中におくれを取る事なんて考えられない。だと云うのに、思わず、体が反応しまった。自分でも、ちょっと信じられない事実。

 いつ以来だろうか?

 ボクがけものようきびくなんて。

 こんな衝動的で野蛮なおこない、ボクは嫌いなんだ。

 でも、なんだろう、清々すがすがしい。

 厄介事やっかいごとを呼び寄せたクリカラおにぃ苛立いらだどころか、ほっと心をで下ろす、そんな感じさえ覚える。


 鮮血う夜空の下、両手を拡げ、ボクはしば恍惚こうこつゆ。舞い散る血飛沫ちしぶきを全身に感じながら。

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