1011:さびれた町で

「俺は今回の取引、はなから君等きみら詐欺さぎろうなんて思っちゃいなかったんだ」

「――……」

「捜査協力なんてもんがなけりゃ、俺は普通に商売してたんだ」

「……ああ」

「ただ、ほら?とっつかまっちまうような悪党相手なら、なんとうか、まぁいいかな~、と……こっちはおかみがついてるし、みたいな?かっはっはっ!」

「……別に気にしてない。無事、取引出来たのだから問題ない」

「――お、おう、そうだな」

「……ああ」

「さて――それじゃ、まぁ、知ってる事は全て話したし……もういいだろ?」

「――ああ」


 ワイヤで締め付けられていた箇所をさすりながらオドゥオールは立ち上がる。

 旅籠モーテルの汚れた窓から外を覗き溜息ためいき

「こっからじゃ、歩いて帰るしかねぇーな……億劫おっくうだ」


 ブラックスポットには電腦接續車コネクテッドカー自走車オートノマスカーは存在しない。

 旧来の頓車タクシーけてはいるが、足が付きやすい。

 ボク達に拉致らちられたあとについて、当局から追求されることを考慮すれば、徒歩が無難ぶなん

 この男、それくらいの判断は出来るようだ。


「そうそう、少しだけ忠告させてくれ」

「?……」

「まず、君、クリカラ。アキバ=ミョージンみたいな表層サーフェス電腦階層での取引はもうめた方がいい。ほぼラグなく意傳子ミームに追跡されるくらいじゃ、今後、取引は出来ないと思って間違いない。

 深層共感覚洋アビスクオリア秘匿潜没ヒドゥンダイヴ出来るくらいだ、辺縁ディープ基底ダーク埖渡ごみわたりくらいいくらでも出来るだろ?」

「ああ、――そうしよう……」


 埖渡りディートゥア――電腦網サイバーネットワークの深い階層、電腦辺縁系ディープネット電腦基底核ダークネットへのアクセス。深層共感覚洋アビスクオリアで云うところ居眠りスリーピー

 機智者ハッカーであれば、埖渡ごみわたりや居眠いねむりは基本中の基本。

 われてみれば当たり前。何故なぜクリカラおにぃは普通にアクセスしていたんだろう?


「それから、そっちのおじょうさん」

「!?……ボク?」

「あんな巫山戯ふざけ規模レヴェル禍渦ヴォルテックスなんざ、本当にヤバイ時以外、発現させちゃダメだ」

「――えーと……どんな規模だったかなぁ?ちょっと、覚えてないや」

「ABCD計数管けいすいかん運命兵器ディスティニカルウェポン分野で災害クラスの数値だ」

「……そうなんだ?」

「一歩間違えれば、警察や消防、軍も投入されちまう。恐らく、あの時も与力よりき同心どうしんどもが現場にやって来ていたはず

 SE以降、神祕現實オカルト・リアリティは多く目にするけど、あんな凄まじいのは初めてだ。空間も事象も全て書き換えられちまうよう非想非非想天プシコ・トランスさながらの禍渦ヴォルテックスなんてもの、目を付けられちまう」

「――ありがとう、気を付けるよ」


 その通りだ――

 大分だいぶおさえたつもりだったけど、禍渦ヴォルテックスひかえるべきだ。靈能エクスシアり過ごすのが妥当だとうだ。

 うん、――気を付けよう、本当に。



 オドゥオールは先に立った。

 ボク達がしばらくこの旅籠モーテルに居たのは、用心してのこと

 ボクの禍渦ヴォルテックスクリカラおにぃ秘匿潜没ヒドゥンダイヴ追跡者チェイサーは全てかわせてはいる筈だけど、用心にした事はない。

 何せ、オドゥオールを拉致したまま、ブードゥー・ニンジャをえてのがし、AIをくのに注力ちゅうりょくした所為せいで他がお留守るすだ。

 アナログな追跡者が居た場合、その存在に気付きづらい。

 先程のオドゥオールの仕草同様、ボクも旅籠はたごの窓から外を覗く。


 それにしても――

 この“怪誕不経かいたんふけい”と云う町、いや、ブラックスポット。

 帝国の表舞台を彩る暗黒郷ディストピアとはまた違う陰鬱いんうつな光景。正に終末郷ポスト・アポカリプスが広がる。

 打ち砕かれた科学文明の残骸ざんがいひそむ未開的ならし。ひとえに、野蛮やばん


 ボロボロの衣服をまとった老人が子供からわずかばかりの食糧を奪う。それを亦、いかつい男が奪う、暴力をともなって。

 原始的な、本能的とも云うべきか、破壊されたインフラと捨て置かれた孤立社会がもたらす弱肉強食が繰り広げられている。

 昔、もう大昔の事だけど、ボクもよく経験した。

 勿論、ボクが経験したのは食糧の奪い合いじゃない。名誉だとか、迷信だとか、名声だとか、そんなたぐいの暗部。ヒトの持つ心の暗部。

 ボクの持ち合わせていない、ちっぽけで下らない、そんな感覚。

 でも、この感じ、ボクにとっても良くない。

 ――血生臭ちなまぐさい。

 この感覚、ボクの、ボクの中の奥底おくそこの、深い深い何よりも深いその深部しんぶを、かすかにくすぐる。

 ボクが、生命体として存在している事を自認する、せざるを得ない最小の感覚。それがなんだろう。

 こんな感覚、今はいらないのに。


 かく、今は目をらそう。

 追跡者がいないかどうかを。

 ボク達に注目している者がいないかどうかを。


 大丈夫そうだ――

 去っていったオドゥオールを追う者もいなかった。

 ボク達の居る旅籠を見守る者もいない。

 ボクは目立つ。クリカラおにぃと云うかさで人目を避けて来たけど、今は二人そろって人目を避けなければならない。

 誰も注目していない事が重要。

 ――うん。

 これなら、旅籠を出てもいいだろう。


、行くよ」

「ああ――だが、休まなくて平気なのか?」

「……えっ!?」


 びっくりした――

 クリカラおにぃだって分かっている筈だ。

 ボクが、ヒトではない事を。出会ったその時、クリカラおにぃは気付いていた。

 そんなのボクを、ボクに気遣きづかうのかい?

 ああ、そうか。

 は、ヒト、だった。

 人造人間レプリカントでも絡繰人からくりでもない、まごう事無き人間。なのに、心地良ここちいい。

 この出会いが偶然だとしたら、ボクはいっそかみを信じてみてもいいかも知れない。勿論、神がそれをゆるしはしないだろうけど。


「大丈夫だよ」

「――そうか。それなら長居ながいは無用だ。出立しゅったつしようとするか」

「うん――」

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