1010:ブラックスポット

―――――



 ――ブラックスポット110ヒトヒトマル怪誕不経かいたんふけい”。

 ドヤ街スキッドロウにも満たない遺棄いきされた土地、それがブラックスポット。侮蔑的ぶべつてきな意味合いを込め通称、部落ブラクとも。

 電腦網サイバーネットは勿論、生活インフラのことごとくが破綻はたんしている陸の孤島。AIの干渉出来ない現代の空白地、それがブラックスポット。

 過剰な科学技術をもってしても、張り巡らされたインフラの届かない未開地では効果は及ばない。全地球測位機構GPS欧州全地球測位機構ガリレオ準天頂衛星機構QZSSらナブスター衛星による監視であっても、チャフ雲やナノデコイ、電子対抗手段ECM、何より様々な汚染粒子物質パティキャレットがその光学機器の視界を妨げる。

 一説には非合法組織や機智者ハッカー山窩サンカらが作り出した非コード地域としてAIの死角地帯ブラインドエリアと噂されている。或いは、AI達が故意に作り出したとも。

 少なくとも、帝国ニッポンで真っ当な生活をいとなみたいのであれば、近寄ってはいけない場所。


 下総しもうさナイロビから怪誕不経かいたんふけい迄は四十分程度。

 クリカラおにぃはその生い立ちゆえか、多くのブラックスポットを知っている。

 欧州では故意に未開地や空白地を作るほど、全域に科学技術が浸透していない。抑々そもそも、向こうは土地が広大と云うのもあるけれど、帝国程、電腦網ネットワーク隅々すみずみ網羅もうら出来ていない、と云うのがその理由。

 もっとも、帝国にもブラックスポットは膨大に存在する。理由は追々おいおい……




 ――頚窩けいか

 左右の鎖骨の間、喉仏の下にあるくぼみに、その装置ガジェットを装着する。

 装着とは云っても、り付けるようなものではない。裏側から突き出た細い針状の突起とっき喉元のどもとに突き仕様しよう

 本来であれば、不安と激痛とを恐怖し、躊躇ちゅうちょするところだが、クリカラおにぃに限ってはその心配はない。何故なら、は痛覚も恐怖心も持ち合わせてはいないから。

 ぶすり、と突き刺した突起からナノマシンを排出はいしゅつ、急速な組織結合で装置と神経系を癒着ゆちゃく――すると……


「――a,,,,,,A......A、A、A、、、」

「!?音……ううん、声?」

「ァ……ぁ、ぁ、ぁっ、アッ、あっ、あ、ああ、ああっ、んアッー!」

「うん、聞こえるよ!」

「――本当に、漢字Talkトークの“言選ことえり”で入力したテキスト通りの音が発声しているようだな……」

「当たり前だ!俺の技術テクをナメんな――」

「……自分で確認が出来ないので今ひとつピンとは来ないが」

「ううん、凄いよ。ちゃんとの声が聞こえてるし」

「かっはっはっ!違うぜ、おじょうさん。は作った声だ。まがい物。骨格や声帯から想定した声質の創造ではなく、予め組み込んだ無数のボイスサンプルの中の一つに過ぎん」

「――分かってるよ、そんなこと……」


 オドゥオールの製作した音声ヴォイス装置ガジェットすこぶる高い性能を発揮し、クリカラおにぃの声を擬似的ぎじてきではあるが取り戻させた。


「……よう、そろそろイイだろ?このワイヤほどいてくれよ」

「ダメだよ、は信用出来ないからっ!」

「ああ」


 くっと左の義手中指を軽く内側に動かす。手首近くの地丘ちきゅうから伸びる単元線ナノワイヤはするすると手許てもと内部に収まる。


「おおっ、ありがてぇ~」

「……」


 は少し、甘い。

 敵を前にした時の戦闘行動に際しては冷酷。いささか、周囲を気にしなさ過ぎる程、熾烈しれつ

 しかし、普段、甘い。危機意識に乏しい。世間知らず並。

 こんな怪しげな詐欺師まがいの男を、許すなんて。

 ――まぁ……ボクのよう氏素性うじすじょうの分からないを近くに置くくらいなのだから、日常にはうといのだろう。

 そう――ボクが気を付けてやればいいさ、うん。


「なあ、もういいだろ?ブツは渡したんだ、解放してくれるだろ?」

「聞きたい事がある、オドゥオール」とクリカラおにぃ

「……ああ、なんだ?」

「あのブードゥー・ニンジャやAI“然樣ならクワ・ヘリ”との関係を」

「――ぁぁ」


 オドゥオール、一瞬のめ。

 多分、こいつは嘘を云う。そう云う所作しょさ、そう云う仕草しぐさ

 体温変化や発汗、心拍、血圧――うかがう迄もないんだけど、なあ。


「アキバ=ミョージンで君と遣り取りをした直後の事だったか。俺の端末の電腦防衛機構テレズマかわして直接ダイレクト接触アクセスして来た奴がいた。

 ただの商取引だったもんで俺もうっかりしてはいたんだが、あまりにもあっさりと接触してきやがったんで、ソイツがすぐにAIと分かったね」

「その相手が“然樣ならクワ・ヘリ”か?」

「いや、アレは意傳子ミームだ。塵秒ナノびょう単位で識別コードを書き換えてくる奴だ。そんな周到しゅうとうなAIなんざ、隠密おんみつAI以外、考えられない」

其奴そやつがなんと?」

「君は恐怖鬼子テロリストなんだと。その逮捕への協力要請、それが全貌ぜんぼうさ」

「“然樣ならクワ・ヘリ”とブードゥー・ニンジャとの接点は?」

「俺の潜伏地せんぷくち……居住区が偶々たまたま下総しもうさナイロビだっただけ。接触をして来たソイツは俺に數祕コードを渡した。ソレを管轄局に入力したあと、“然樣ならクワ・ヘリ”から応答があり、その人選の結果、黑曼巴蛇ブラックマンバあてがわれた。それだけ」

「その時の“然樣ならクワ・ヘリ”からの応答内容は?」

「特別、何もい、さ。管轄局への入力箇所は只の緊急通報用。數祕コードはその緊急通報用の個別認識、それだけだ。つまり、元々識別されていた案件、って事だろ?」

「――そうか」


 がテロリスト?

 ――成る程。

 確かに、しっくり、くる。

 意傳子ミームってのが何者なのか、どんなAIを指すのかは知らない。

 只、クリカラおにぃを追っているその意傳子ミームってのが、権力者側に属するものだってのなら、テロリスト扱い、犯罪者扱いしてくるのは分かる。

 でも、同時に一つ、疑問も残る。

 犯罪者として追っているのだとしたら、もっと大々的に、おおやけにして公権力こうけんりょくようは警察や軍、抗體司ワクチンを動員すればいい。

 何故なぜ、AIが直接、第三者に要請するんだ?

 なんで、ひた隠すんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る