111:見えざる取引

 ――回転ハンバーガーショップ『とにに!バーガー三昧ざんまい』。


 オドゥオールとの待ち合わせ場所は、著名なバーガーチェーン店。

 数種の丸パンバンズから好きなものを選択し、はさみたい具材をレーン状コンベアを流れる小皿から選択し、オリジナルバーガーを楽しむ外食店。

 ボクはかくは外食店には不向き。

 作り物の口は動きやしない。ようは、食べるフリさえ出来ない。

 とは云え、人造人間レプリカントを伴って来店する者もいるので化学燃糧粥ケミカルオートミールも用意されている。勿論、食べられるはずもないが、見せ掛け上、それを手に取り、テーブルに置く。

 ボクも適当にそれらしいハンバーガーを作る。食べるつもりは毛頭もうとうない。


 プ~ン――

 かすかな羽音。

 どれ程、衛生面に気を付けていようとく羽虫。特にこのチェーン店のような衛生面の怪しい店内には付き物。実に鬱陶うっとうしい。

 しかし、その羽音の正体は虫ではない。

 超小型のハエ型無人飛翔機ドローン。どうりでボクの靈性感知ソナーに引っ掛からないわけだ。

 ボクとあいだでホバリングし、その小さなカメラでのぞく。

 実に小さな音声で、そのドローンが語りかけてくる。


「凄いな、君はッ!?宇宙開拓用人造人間レプリカントより精密で頑丈、それでいて彫刻さながらの芸術性、国法級。君にバディを与えた者は、途轍とてつもない天才だな」

「――」

「これは失礼。挨拶がまだだったな。俺がオドゥオール。顔を見せないのは、まぁ、何とうか、少々心配性なもんでな」

「――」

「……ああ、そうだったな。君はしゃべれないんだったな。でなければ、わざわざ俺に会いにきやしないか、かっはっはっ」

「――」

「――コードを送った。宛に通知してみな」

「――」

「うんうん、そうそう。問題なく届いているよ、君の“コエ”が」


 ハエドローンを介して、オドゥオールはと遣り取りをしている。

 ハエが音声を伴っているのは、同席しているボクへの気遣きづかいだろうか。それとも、聴覚を持たないへの当て付けだろうか。

 無論、は振動でそれを読み取れるから問題ないが。


「それじゃあ、取引を始めようか」

「――」

「まず、始めに。君らはそのボックス席から決して立ち上がってはいけない」

「――」

「俺を見付けようだとか、確認しようだとか、そんな気を起こしては駄目ダメだ。もし、そんな真似マネをしようもんなら、その時点で即刻、この取引は中止だ。分かるな?」

「――」

「よろしい!」

「――」

「では、回転レーンを見てくれたまえ。バーガーの具材が流れてくる、その回転コンベアの事だ。

 そうそう、知っているかい?そのコンベア、ほぼ全て石川県で製造されているんだ。正確には加賀かが。かっはっはっ、面白いだろ?ほぼ全てのコンベアが北陸からやってくるんだ。凄いと思わないかい?」

「――」

「そうかそうか、こりゃすまん。興味ないらしいな――さて、それじゃあ、説明するか。

 アキバ=ミョージンでの遣り取りで通達済みだが、取引は現金だ。混成ハイブリッド通貨カレンシー圓天イェンティエン”紙幣のみ。仮想通貨や電子通貨などのデータかん取引はNGだ。大丈夫か?」

「――」

「OK!それじゃあ、もう1度、回転レーンを見てくれ。手前が時計回り、奥側が反時計回りになっている。分かるだろう?」

「――」

「まず、奥側反時計回りのレーン。バーガー具材の乗っていない赤い皿を探せ。見付けたら、その皿に音声化プログラム分の代金の紙幣を乗せるんだ」

「――」

「俺が現金を確認したら、次は手前時計回りのレーン、緑の皿を見付けろ。それに音声化プログラムの入ったスマートチップを乗せておく」

「――」

「そうだ。後は分かるな?同じ要領で装置ガジェット分の代金を乗せ、その後、装置がそちらに届く、と云う訳だ。OK?」

「――」

「よろしい!それでは取引開始だ」


 圓天イェンティエン紙幣を頭陀袋ずたぶくろから取り出す。

 一時、取引は電子通貨ばかりが目立った。しかし、セキュリティ面や災害時において物理的な貨幣での取引が消滅する事はなく、現金での取引は多くで見られる。

 特に闇取引や非合法な取引等、その履歴を照会されたくない場合には現金取引は持って来い。ボクも都合上、現金での遣り取りがほとんど。恐らく、オドゥオールも取引履歴を追跡されたくはないのだろう。

 間もなく、何も乗っていない赤皿が流れてくるのを見付ける。

 は無造作に、その皿に紙幣を置く。かなりの大金だ。


「確認するからちょっと待っていてくれ」

「――」

「……」

「――」

「…………」

「――」

「………………」

「――」

「……………………よしっ!確認出来たぞ。待たせたな。それじゃあ、今から流すからブツを受け取れ」


 手前の回転レーンに緑色の皿が流れてくる。それにはバーガー具材の代わりに小さな集積回路ICチップが乗せられている。

 は手早く、その皿を取り上げ、テーブルに置く。


「グッド!受け取れたようだな」

「――」

「ああ、確認してみてくれ」

「――」

「どうだ?見事なもんだろう。疎通言語インプットメソッドによるテキストの読み上げを、ごく自然な発声と発音で音声合成出来る代物しろものだ。タイムラグはテキスト量にもよるが、日常的な会話であれば1ミリ秒未満で音声化可能だ。

 学習機能付きでテンプレート形成、予測変換のたぐいは勿論、イントネーションのカスタム化、特徴的な語感形成、口癖機能、独り言機能、スラング化、感情管理機能他、あらゆる自然言語化音声の創成が可能だ。

 そこらの音声分析では、合成された音声とは見抜けない程だ」

「――」

「まあ、使ってみてのお楽しみ、だな。さて、次は装置ガジェットだ。こっちが本題だわな。如何いかに優れたプログラムを有してはいても、肝心要かんじんかなめの音声出力が電子音そのものじゃあ、意味がない。そう思うだろ?」

「――」

「かっはっはっ!それじゃあ、さっきと同じだ。赤い皿を流すぞ」


 程なく、再びからの赤皿がレーンを流れてくる。

 は札束をどさどさと乗せる。さっきとは比較にならない程の札束。ちょっとした車輛ビークルを購入出来る程。

 かなり高額な買い物、だ。

 ハエドローンからの返答。


「併し、多いなコレは。確認するのに少しばかり時間が掛かる。そのまま待っていてくれ」

「――」

「……」

「――」

「…………」

「――」

「………………」

「――」

「……………………」

「――」

「…………………………」

「――」


 ――まだ、か?

 あれだけの札束、数えるにしても時間が掛かるのは当然。

 だが、沈黙されたら不安になる。あれだけ多弁だったんだ。せめて、数えるにしても会話を続けてくれればいいものを。

 そう思い始めた時――

 ――ぷにょん。

 スマホへの通知。


Kurikara>反応がない

「……えっ!?」

Kurikara>ドローンの回線が切れている

「今、目の前で飛んでるコレは!?」

Kurikara>自動操縦、だろう


 まさか――

 間仕切りパーティションの向こうのボックス席、手前レーンの右側方向のとなりの席をのぞく。

 から。その隣りの席も、また、その隣りの席も、空。

 ――何て事……


Kurikara>......

「ヤラれた!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る