デュエット ~ 機甲サムライと吸血少女の流離い道中膝栗毛 ~

１章：“アイ”をとりもどせ！

１：その娘、凶暴につき

―――――――　　１　　―――――――

　――レンタル愛娘（まなむすめ）。

　子のいない者の為（ため）、一時（ひととき）の間、実の娘代（むすめが）わりに孝行（こうこう）する、というサービス。

　無論、そんな殊勝（しゅしょう）な筈（はず）もない。

　経営はヤクザ、運営は出会い系、キャストは金目当て、ユーザーは性的倒錯（とうさく）者、そんなところ。

　法的グレーゾーンを縫（ぬ）って現れた脱法サービス。とは云（い）え、遙かにブラックで危険なサービスが横行する中、働き手も利用者にとっても比較的安心、安全に活用できるという、何とも出鱈目（でたらめ）な現実。

　ヴィーデ……彼女の示す“名”の様（よう）なものだが……は慣れた手付きでいつものようにスマホの画面に指を滑らせる。

　OSに記録済みのIDとパスで没入（ジャックイン）……いや、認証（ログイン）か。

　ローテクにはローテクなりの“良さ”がある。

　スマホなんて旧世代の遺物（いぶつ）、と思おうかも知れないが、これが思いの外（ほか）、役に立つ。

　個人認証の甘いこの前時代的なガラクタは、生体に埋め込まれた集積回路（チップ）や機巧装置（デバイス）とは違い、極めて簡単に不正侵入（クラッキング）できる。ドヤ街（スキッドロウ）で生活している者であれば、小学生程度でも心得ている水準（レヴェル）。臣民識別番号（ザイナンバー）を持たない不法滞在者にしてみれば、コンビニの無人金銭登録機（レジスター）を使うより余程（よほど）易しい。

　前の持ち主、正確にはこのスマホの正規利用者の名は、なんだっけ？

　プロフィールを開けば確認できるのは分かっているが、どうにも漢字（カンジ）が苦手。百言語話者（ヘクタリンガル）ではあるが、こればかりは仕方ない。一つの言語を表記するにおいて、複数の表語文字を伴うのは実に非効率。これを感覚的に使いこなすに至るには、もう暫（しばら）く掛かりそう。

　尤（もっと）も、持ち主の名なんてどうでもいい。

　サービス認証後の、レンタル愛娘上での表示名、源氏名（ゲンジネーム）は“Hanako（ハナコ）”。帝国（ニッポン）で最もポピュラーでホットな名。併（しか）し、現実には殆（ほとん）ど存在しない名前だと云うのだから摩訶（まか）不可思議。

　明らかに、外人（エトランゼ）、と一瞬で分かるヴィーデには、返ってこれくらい顕著な日本名の方（ほう）が通名らしい。まあ、外人ではなく、人外（ヴァンパイア）、なのだが。

　ぷにょん――

　気の抜けた通知音。

　画面を覗くと、店――『御息女倶楽部（ごそくじょくらぶ）Rollin’（ローリン） Rollin’（ローリン）』――からお仕事のプッシュ通知がポップアップしている。

　さぁ～て、今日はどんな変態爺（パピー）が見付かるのかな？

―――――

「……ふ～ん、そう云うことなん、だ？」

　桜木（サクラギ）公園（パーク）近くの閑静（かんせい）な裏路地。

　待ち合わせに指定された市営霊園（シエーレーエン）のバス停では、確かに１人でその客（ゲスト）は待っていた。併し、場所を移動するとの事で、それに素直に着いて行く途中、一人、また、ひとりと男達が後ろに現れる、僅（わず）かな距離を置いて。

　見える範囲だけで４人。進行方向には、息を潜（ひそ）めた者がまだ３人いる。

　ごめんね、分かるんだ。隠れていても。

　周到（しゅうとう）。

　褒（ほ）めてもいい、と思うの。

　随分（ずいぶん）と手回しがいい。それに加え、用心深い。

　それもその筈（はず）。レンタルキャストサービスにはヤクザが絡んでいる事が多い。人手は多い方（ほう）がいい。当然、その当たりも考慮しての事、そんなところだろう。

　人攫い（キッドナップ）――

　別に、珍しくもない。

　寧（むし）ろ、この国（ココ）は少ないくらい、だ。余所（よそ）の国であれば、それこそ日中どうどうと頻繁に行われている。流石（さすが）、世界一治安のいい国、と云われるだけの事はある。ＳＥ前はもっと良かったらしいし、住みやすい国だよ、まっこと。

「さて、ハナコちゃん。パパの言う事、聞いてくれるくぁなァ？」

　バス停で待っていたその男が口を開く。

　不愉快な声、そして、妙な発音癖（ぐせ）。ねっとりと絡（から）み付く、エスカルゴで著名なヒメリンゴマイマイ（グロ・グリ）が這（は）いずる音（おと）の次くらいに不快な音（ね）、その声。

　嫌（イヤ）だね――そう云い返してやろうか、とも思ったが、身を隠している３人が出てくる迄（まで）待とう。

　それに、もう少し住宅地から離れた方がいい。音が漏（も）れると厄介だし。

「うン、イイよ。なにナニ？」

「いいお返事だ、ハナコちゃん！パパ、お友達（ブラザー）を連れてきてるんだ。これくぁらお友達のお家（うち）に行ってパーティーをやるんだ。一緒に来てくれるよね？」

「なるほど（ダコー）……勿論、イイよ。でも、お友達って？」

「ああ、そうだね。今、呼ぶよ」

　後ろから距離をあけて着いて来た男達３人、そして、前方の暗がり各処から３名、現れる。

　ぞろぞろ――、と。

　パパは、167cm/68kg/97esc（エッセンス）。後ろの３人、左から171cm/106kg/81esc、186cm/88kg/17esc、178cm/77kg/94esc、前の３人、左から164cm/49kg/126esc、175cm/117kg/79esc、166cm/76kg/91esc。

　２人が人體改造者（ボーガー）、１人が靈能者（サイキ）、培養種（バイオーグ）も一人いる。

　どちらにしても、どれもこれも埖（ゴミ）。他愛（たあい）ない。

　――？

　８人目……もう一人隠れていたのか。

　人造人間（レプリカント）も一人、いや、一体混じっていたか。これは気付かなかった。精髓（エッセンス）が皆無、或（ある）いは、極端に少な過ぎるモノには気付けない。靈性感知（ソナー）に頼り過ぎ、か。

「……たくさんいるね、お友達」

「そうだね。今、瓦斯倫車（ガソリンしゃ）が来るくぁら待っててね」

　――瓦斯倫車、ねぇ……

　これら旧車に電腦接續車（コネクテッドカー）や自走車（オートノマスカー）は存在しない。電腦網（サイバーネットワーク）や共感覚洋（クオリアスタジア）に未接続の車輛（ビークル）での移動は、追跡がアナログになってしまう。ナブスター衛星や擬似衛星（スードライト）では、大凡（おおよそ）、迄しか分かるまい。

　間もなく、遠くで微（かす）かに排気音が聞こえる。

　どうする？

　直（じき）に到着するだろう、その車。

　攫（さら）われても、諍（あらが）っても、どちらにしても店側への説明は面倒。

　まあ、ルール違反はこいつらの方（ほう）なんだから、カリ、が正しいかな……

　仕方ない――

　――狩（か）る、か。

　ジャリッ。

　公園側から土瀝靑（アスファルト）を踏み締める音。

　もう、一人？

「誰だッ！」

　パパ達が振り返る。

　第三者――

　なんて、不運（ハードラック）、な。

　その時は、そう、思った。