デュエット ~ 機甲サムライと吸血少女の流離い道中膝栗毛 ~

プロローグ10：ヒトデナシ

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　其（そ）のモノ、少女態（なり）。純眞無垢（じゅんしんむく）の體（てい）。

　倂（しか）し、既（すで）に傳說（でんせつ）也（なり）。而（しか）して化物也。故に静寂を、虛空（こくう）を求め、孤獨（こどく）を步（あゆ）む孤高にして至高のモノ也。恐怖から目を背（そむ）ける事勿（なか）れ。然（しか）らずんば此（こ）の世、不可說不可說轉（ふかせつふかせつてん）度（たび）滅するもの也。

　繰り返す、見よ（ヴィーデ）！其（そ）のモノ、不可說不可說轉度滅するもの也。

　――特異點（シンギュラリティ）爆發（エクスプロージョン）。

　此の事件、否（いや）、災害以降、全てが狂ってしまった。

　察しの通り、全ての元凶の始まり。否、是（これ）こそが理想郷。將亦（はたまた）、夢か幻か。

　神話（しんわ）と有史の境界線異常、白晝夢（デイドリーム）の具象化（ぐしょうか）、事象の亂（みだ）れ、幻想（ファンタジー）の物理化、人智を凌駕（りょうが）する想像を絕（ぜっ）した再創造。或いは、再臨（さいりん）か。

　現（うつつ）はいつだって移ろい易く、合わせ鏡に寫（うつ）った寫像（レプリゼンテイション）を目で確認する迄其れを現實（げんじつ）とは容認し難（がた）い。斯樣（かよう）に體感（たいかん）を伴うに及ばぬ限り、其れは假想（かそう）。だが、其の假想が周圍（しゅうい）を充分に滿（み）たした時、誰が其れを疑う事が出來（でき）ようものか？

　經驗（けいけん）は役に立たず、知識は灰燼（かいじん）に帰（き）し、情報だけが賴（たよ）りの狂（くる）える世界。常識が妄想に喰（く）われる時代（トキ）。

　有り体（てい）に云（い）ってクール！そう、無慈悲（クルーエル）な程に！

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　少女は只（ただ）、御天道様（おてんとさま）を見たかった。

　彼女の一族は、太陽の光に弱かった。

　色素性乾皮症（しきそせいかんぴしょう）やポルフィリン症、全身性エリテマトーデス他（ほか）、疾患や遺傳子（いでんし）異常の類（たぐい）ではない。

　そういう種（レイス）、そういう性（さが）、そういう生まれ。科学的に紐解く事も出来ようが、只、それをそれと知るに際（さい）し、そんな些末な内容等（など）不要。鳥が空を飛ぶ様（よう）に、イルカが海を泳ぐ様に、ヒトが知識を持つ様に、極々（ごくごく）自然。今更、疑い様の無い事実。

　勿論（もちろん）、事細（ことこま）かく解説しようと思えば出来ない訳でもないが、ここに記すには余白が狭（せま）過ぎる。

　単に、進化的、生物学的な要因。それでいい。十分。

　併（しか）し、それは彼女の種、一族と称される近縁種（きんえんしゅ）に限った話。彼女自身、そんなモノとは一切無縁（むえん）。

　抑々（そもそも）、彼女にとって太陽の光は、相互位置が比較的一定している自発的に輝く天体、即ち、恒星の一つが発するエネルギーの波長に過ぎず、それが毒となろうが栄養となろうが関係ない。

　彼女が経験上、太陽光を避けてきたのは、貧弱な下等種への顧慮（こりょ）と、そうあるべきと考える者達からの同調圧力への配慮、序（つい）でに云えば今迄太陽の光は、あまり好きではなかった、その程度。好みの話。

　蕎麦（そば）が好みではないからあまり喰わないのと蕎麦アレルギー程の違い。無論、前者。彼女にとっての太陽とは、その程度の趣味嗜好（しこう）の問題でしかなかった。

　強（し）いて云うのであれば、人間っぽさの演出。そう、演出なのだ。

　そんな彼女が、太陽に惹（ひ）かれたのは、ライジング・サンの意匠。

　孤立を望み孤独に存在し続けた彼女は、ロココやヴィクトリア朝にデカダンなニュアンスを付加したスタイルを好み、人目に付かぬ闇に潜（ひそ）む。退廃的（たいはいてき）な在（あ）り方が、実にスポットの当たらない生活を維持するのに向いているかを彼女は感覚的に身に付けている。

　そんな折（おり）、巴里（パリ）で見掛けた彼女の瞳に映った十六条の真っ赤な旭光（きょっこう）は、彼女の“心”を刺激し、興味を抱かせる。

　彼女に“心”なんてモノと呼べるモノがあるとすれば、それは本能を疼（うず）かせる知的好奇心に他ならない。好奇心、と云うのも的確とは云えないかも知れない。只、そう思ったから。それだけ。水は高い処から低い処に流れる、これくらい自然な事。こちらの方が余程説明に足る。

　舞い散る鮮血を連想させるその真っ赤な陽光の意匠は、種を滅ぼす日の光と種を永らえさせる血液、その二律背反（アンチノミー）がいとも容易（たやす）く混在している。

　この矛盾の混在は、正に彼女自身の存在証明に近しい。

　結果、その意匠の生まれた国へ、そして、日の出（い）づる地へ、足を伸ばした。

　当然、永遠（とわ）を生きる彼女においては暇潰（ひまつぶ）し。

　彼女が、帝国（ニッポン）に足を運んだのは、そんなところだ。

　これ以上の説明は、まだ時期尚早。君にとっても僕にとっても。

　だって、そうだろ？

　彼と彼女はまだ交錯（こうさく）していない。

　倒錯（とうさく）の物語は、これから――