第21話

 辛くて長い冬も終わり、気温も春めいて暖かくなってきた。

 ムスルの鍛錬も、室内ばかりだったからこれでようやくまともな鍛錬ができる事だろう。鍛えたら際限なく強くなる俺とは違い、あいつは普通の小人族だからなぁ。それでも、前世の効率の良い鍛錬法を俺が知ってる分、普通の小人族よりかは強くなりやすいだろうけどな。




 ガッガッ、ゴッ! ズダンッズダンッ! ガッ! ゴッゴッ!

 音が響くたびに、地面が陥没し、木屑が舞い、肉と肉を打ち付け合うような湿っぽい音もする。

 タイミングをはかりムスルの着地に合わせて足払いをかけると、為す術もなく転がっていく。転がった先に瞬時に追いつき、地面に足を下ろす。ズダンッという音と共に地面が陥没する。当然ギリギリ当たらない位置を踏み抜いているが、追撃を受ける側にはわからないだろう。間一髪で跳ね起きたムスルが距離を取る。

 俺としては6から7割くらいの力なのだが、それについて来れてる時点で、小人族の限界はとうに超えている事と思われる。小人族としてはそこそこ強いとされてる父上様基準なんだがな。父上様4人分くらいの力。小人族としては群を抜いて強いと思う。


 ムスルは家を出て冒険者なる職業につきたいらしい。まぁ、田舎の者が都会に憧れるのは当然かも知れない。俺も前世がなかったら、立身出世を志し、都会へ出たかもしれないからな。

 可愛い弟の夢を叶えさせてはやりたい。だが、小人族はその身長と容姿からナメられると聞いた。ならば兄としてできることは、ナメられた際に対処できるように鍛えるのみ。

 お互いに『フッ』と息を吐くと一気に肉薄する。一足飛びで間合いを詰めると、お互いの必殺の一撃を当てようと動く。ムスルは俺の目の前でくるっと半身を返すと背中を向けてきた。カウンター用で教えた鉄山靠もどきだな。さすがの俺もコイツを食らうとヤバイ。当たる直前に膝の力を抜き、ムスルの踏み込みに合わせ、ふわっと綿毛がまとわりつく感じに力をいなす。その後は足を踏ん張り、腹筋と背筋を駆使して、お腹を突き出すようにして跳ね飛ばす。ムスルは完全必殺の体勢だったようで、受け身も取れず為す術もなく転がっていった。

 そのまましばらく見てるが、動かない。どうやら精根尽き果てたようだ。

 しかしまぁ、よく鍛えられてきたもんだ。最近は一人で狩りに行き、肉食獣とかなら問題なく狩って帰ってくる。少し鍛えすぎたかも・・・・・・と心配したが、強いぶんには困らないしな。


「もう、にぃに、やりすぎ。にぃさん大丈夫?」


 ニルスは、俺のことは『にぃに』と呼び、ムスルのことは『にぃさん』と呼ぶ。子供の頃じゃないんだからにぃに呼びは止めてほしいんだが、本人は直す気はないようだ。ムスルが俺をにぃさんと呼ぶから、その方が区別ができるかららしい。


「にぃにももう少し手加減すればいいのに。にぃさんは、ぜんぜん勝てないから最近はすっごく落ち込んでるのよ?」


 これ以上手加減したら俺が負けるわ。弟にそう簡単に兄を超えられても困るしな。それに、十分に強くなってると思うぞ。冒険者とやらになっても、容易く上位に食い込めると思うんだけどな。それともお前は、兄のことを信じてないのか?

 と、言うと


「にぃには卑怯です。そんな言い方されたら何も言えないのよ」


ニルスには前世の知識からくる『命とは生命とはなんぞや?』的な、身体の知識を教えこんである。本来持つ水と風の魔法の素養と合わさり、治癒魔法ならぬ治療魔法が発現している。治癒程に劇的に回復するわけではないが、打撲や切り傷、疲労感などには効果は高い。護身術を超えるくらいには関節技を鍛えてはあるので、どこをどうしたら痛いかなんて知識もあるからな。実際の話、密着されたら俺でもヤバイ。ムスルの怪我のあれこれは、ニルスに任せておけば問題ない。ちなみに俺は、俺自身の怪我は治せるが他人の怪我までは不可能。そういった意味では才能が左右される分野なんだろうな。

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