幕間:とある信徒たちの会談




 それがどこにあるのかは、誰も知らない。


 ある屋敷に存在する大広間。


 殺風景なその部屋の中心には、円卓とそれを囲む椅子だけが寂しく並んでいた。




 そして、七つ置かれた椅子の背もたれには、それぞれに木彫りの仮面が掛けられている。


 仮面のデザインはそれぞれ個性的であり、恐らくは持ち主の意向の表れなのだろう。新芽、ふくろういばら、等号、心臓、楽器、蝶など彫られた文様に統一感はまるでない。


 よく見ると、どの仮面にも位置は違えど小さな宝玉が埋め込まれている。宝玉はいくつかの仮面では青く光り輝いており、その他の仮面では輝きを失っている。




 そのうちの一つ、茨の巻き付く十字架が彫られた仮面には、発光する宝玉が中心に埋め込まれている。その仮面が




「どうやら、ゼエラたちが少し手間取っているようです。しかし、困りましたね。発議者である彼が来ないことには始められませんから」




 その言葉に、二つの仮面が順に不満を零す。


 最初に反応したのは、円の中に等号が描かれている仮面。


 それに続いたのが、大きな目と蝶が彫られている仮面だ。




「はあ、時間を守らないというのは醜い者のすることですわ」


「というか、四人しかいないし。まったく、オレサマが時間通りに来た時に限ってこれだよ。もう早く来るのはやめよ」




 次に口を開くのは、楽器と羽ペンの描かれた仮面。


 前の二人とは異なり、彼の声にはまるで不快な感情が込められてはいない。




「まあまあ、お二方。そのようなことを言わずにゆっくりと待ちましょう。彼は理由もなく遅刻するような方ではないのですから。心に余裕を持つことが、柔軟な発想を生むものです。それよりも、見たところノルム殿も来ていないようですが、彼はまた別件でしょうか」




 彼の疑問に、「いえ」と茨の仮面が答えた。


 どうやら、彼女が最も情報を握っている纏め役のような存在であるらしい。




「彼からは今回の会議には出られないと事前に申し伝えがありました。どうやら、少々状況が込み入っているようです」


「あいつの担当、どこだっけ?」


「彼の担当は魔族アジューダ領ですよ、ユノ殿」


「うわ、それはまた大変なところだね。そこなら仕方がないか。確かあそこは今魔族アジューダと人間族ヒュムスの激戦地だったし」




 その言葉からは、心の底からの同情が込められていた。


 しかし、それはすぐさま苛立ちに切り替わる。




「……で? ゼエラとカインは? 今回の会議、あいつらが発起人なんだよね? オレサマを待たせるとか重罪なんだけど、まあ大方、あのチビが余計なことしたとかだろうけど」


「確かに、カイン殿は少し考えなしなところがありますからね。心配です」


「それには自分も同感ですわ。ですが、ゼエラが一緒ですから大丈夫でしょう」




 三者三様に思い思いの意見を口にする。


 しかし、彼らの中にはカインと呼ばれた人物を擁護する者は一人もいないようだった。




「ところで、自分は気になっていたのです。ユノ、リュート、アナタ方はもう石の回収は済んだのですか?」


「当然でしょ? オレサマを誰だと思っているのさ」


「ユノ殿と同じく、私のほうもなんとか回収することができました」


「なるほど、それなら、いいのですが――」 








 ――そのとき、まだ光っていなかった二つの仮面の宝玉が、唐突に光りだした。


 各々の意識は一斉にその二つの仮面へと向けられる。




「……来ましたか」




 茨の仮面のその言葉を皮切りに、待っていたとばかりに追及の言葉が向けられる。 




「遅いんだけど? どういうつもり? 時間はなんだから、キミらだけの都合で他人の時間を奪わないでくれる?」


「そうですわよ、約束は、守ることで初めて美へと変わるのですから」




 二人の非難する言葉に、梟の仮面の主は落ち着いて反応する。




「遅れたことに関しては謝罪させていただきます。しかし、少々予想外のことが起こりまして――」


「そーそー! あのな! オレたちの同類がいたんだ!」


「……カイン、私が今話しているので邪魔をしないでください」




 被せるように話し始めた新芽の仮面は淡々と諫められる。


 彼は「むぅ」と不服そうな声を漏らすが、大人しく言うことを聞き静かになる。




「同類……ですか。詳しい事情を聞かせてください、ゼエラ」


「承知しました。昨夜、計画通りに私とカインはセルトミンスタ王国から東方にある村へと向かいました。そして予定通りに緑円昌りょくえんしょうを回収するでした」


「つもり? まさかキミら、石を回収し損ねたのか?」


「いえ、回収自体は成功しました。ただし、少々予想外の事態が発生しました」




 その言葉に、心当たりがある者がいたようだ。


 しばらくの間沈黙を守っていた楽器の仮面が口を開いた。




「……ゼエラ殿、もしかして、それはダスノ教徒絡みかい?」


「その通りです。どうしてわかったのですか?」


「私のほうでも彼らの活動が目に入ったからね」


「なるほど、リュートのほうというと……獣人サヴァーラ領と人間ヒュムス領の境界付近ですか」


「そう。こちらの動きには気づかれていないようだったから相手にはしなかったけれどね。彼ら、戦争の種でも撒くつもりなんじゃないのかな」




 そこまで話すと、二人の意識は茨の仮面のほうへと向く。どうやら、彼らは彼女の反応を待っているようだ。




「……なるほど。少し気に留めておく必要はありそうですね。各自、警戒を怠らないように」




 話の終わったことを察した彼女はそう短く告げた。


 そして話を再び元の路線へと戻そうと言葉を続ける。




「――それで、ゼエラ、貴方のところでは何があったのですか?」


を目的としていたであろうダスノ教徒二人によって、村人が消失していました。儀式の際に必要となる源力パエラの供給に利用されたのかと。その後、彼らと交戦し、その際に仮面に細工をされてしまいました」


「なるほど。それで修復に時間がかかったのですね。では、カインの言っていた『同類』というのは?」


「それは、ダスノ教徒の依代候補の片割れですね。私が少し目を離したすきにカインが交戦しており、この迂愚が危うく殺されかけました」


「そうですか、カインが……しかし、それだけでは貴方が目を付ける理由にはなりませんね」




 そのとき、会話に割り込むようにして、等号の仮面の声が聞こえる。




「ハッ、そりゃこのチビ、すごく弱いからね」


「弱くねえ! ユノの馬鹿! スカシ野郎! ナルシスト!」


「負け犬が何を言っても、敗者の戯言だよ……でもそれ以上言ったら殴るから」


「へ! 仮面がどうやって殴るってんだよ! 馬鹿!」


「語彙が貧弱だね。これだからガキの相手は嫌なんだ」




 声の主の表情はわからないものの、二人がムキになっており、その他が呆れている様子が手に取るようにわかる。


 子どもの喧嘩のような二人のやり取りを無視して、会話は続けられた。 




「……それで、どうなのですか、その者は」


「私の分析では、五大宗教とは異なる強い信仰を持っているようです。信力ウームの方向性としては、至極真っ当かと。ただし、信力に大きな揺れ動きが見られましたね。記憶障害か何かで信仰の根幹を見失ってしまっているようです」


「わかりました。報告ありがとうございます、ゼエラ。リストに加えておきましょうか。その者の監視は発見者の貴方に任せてもよろしいですか」


「はい、承知しました」


「他に、ゼエラに質問がある者は?」




 沈黙。


 それはすなわちこの話題の終わりを意味していた。




「それでは、今回の目的だったゼエラからの報告はこれで終わりとします。ほかに何か言っておきたいものはいますか?」


「オレサマから一ついい?」


「何でしょうか、ユノ」


「オレサマの担当している竜人領だけど、最近一人のエルフが領内に出入りしている」


「……エルフ、ですか。目的がわかりませんね。両者の間に接点はないはずですが」


「そうそう、だからこそ違和感バリバリ。ねえ、キミは何かわからないの? として」




 どこか馬鹿にするような等号の仮面。その言葉の矛先はどうやら蝶の仮面へと向けられているようだった。




「あのような方々と、一緒にしないでいただけますか? 知りませんよ、アレらの目的なんて。数百年もつまらない保身だけを考えて生きている存在です。どうせ何もできやしないのですから、気にする必要はないと思いますわ」




 彼女の不快感の滲みだすその話し方に「おお、こわ」と煽る等号の仮面。


 しかし、それに彼女は反応しなかった。




「わかりました。それでは、引き続き監視をお願いします。何か動きがあれば報告を。他には何かありますか?」




 再び沈黙。




「ゼエラとカインの働きにより、は残り一つとなりました。次の会議はノルムの回収が終わったときでしょう。それでは、会議を終わります。解散してください」












 彼女の言葉で次々と宝玉の光は消失していき、それと同時に気配もなくなった。


 最後に残ったのは二つの宝玉であった。


 そのうちの一つ、楽器の仮面が、もう一つに向かって尋ねる。 




「それで? 頼みというのは何でしょうか、ゼエラ殿?」


「先ほどの監視の件です。リュート、貴方の力を少し借りたい」


「へえ、なんだか面白そうですね。私にできることなら協力致しますよ」


「感謝します。やってほしいことというのは――」




 その後、彼は説明を始めた。


 説明を終えると、彼は確認する。




「――それで、可能ですか?」


「はい。私の異能シーラとゼエラ殿の知力があれば」


「感謝します。この後貴方のもとへ伺いますね」


「お待ちしておりますよ」




 二人の間で約束が交わされる。




 全ての宝玉から光が消え去るとともに、広間は静寂で満たされる。


 彼らが果たして何者で何をなそうとしているのか。




 ――それを理解しているものはこの世界にはまだいなかった。










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