初代迷子


「素晴らしく画期的な食べ物ですわね、このカップらぁめんというものは」

「そうだろう? お湯を注ぐだけでこんなにも美味しいものが食べられるんだ。この世界は人を堕落させるもので溢れている」

「やめてくれません? そうやって変な知識を植え付けるの」


 翌日、僕らは予定通りに昼食を持って部室へとやってきた。多分ハマるだろうから明日はこれを買ってきてくれと、昨日のうちに頼まれたのだ。もちろんカップラーメンのことである。


「なんだ、王子くんはカップラーメン嫌いなのか?」

「そこじゃないです、わかってて言ってますよね!?」


 僕のツッコミも軽く流され、部室内ではフゥフゥ、ズズーっという音と凶悪な香りが漂っている。くそ、腹減った。


「まーまーいーじゃん。俺らも飯にしようぜ」

「……そうだな」


 届けがてら、僕と斗真も部室で昼食をとることにした。いい匂いするなぁ……今日買って帰ろ。




「さて、食べ終わったことだし、少し話でも聞いてく? まだ時間はあるし」

「え、今ですか?」


 食後、先輩がお茶を淹れながらそう切り出してきた。たしかにまだ時間はあるけど……どことなく話は込み入っている気がするから、時間が足りないんじゃないか? そう思って聞いたんだけど、


「放課後に一気に話してもいいけど、それだと遅くなるかもしれないし。今途中まで聞いて、悶々としたまま午後の授業を受け、それから放課後にまた聞けばいいじゃない」

「午後の授業が耳に入らないのは決定事項なんですね?」


 一理ある。一理あるけどなんか嫌だ。でも話の続きはまた明日、とかになるのもそれはそれで嫌なのは確かだ。


「さっさと聞いちまおうぜ? どうせ聞くことになるんだしさ!」


 斗真も軽い調子でそう言った。そうだけど、そうだけどさぁ! ……いや、わかってる。僕は先延ばしにしたいだけなんだ。はぁ、情けない。なんとなく、聞けば今までのことがあれこれ崩れ去りそうな気がして、僕はビビっているんだ。

 斗真の言う通り、遅いか早いかの違いなら、今、途中まででも聞いてしまおう。


「……そうだな。じゃあ、聞かせてくれるか? その、途中までになるかもだけど」

「……ええ、わかりましたわ」


 それでも、どうしてもエリカと目が合わせられなくて、視線を斜め下にやりながら僕は言った。エリカの返事は、どこか察したような、穏やかな声だった。年下に悟られている気がしてより情けなくなる。


「でもまずは、貴女のことから話さなくてはなりませんわ」

「……チカ先輩のこと?」


 エリカはスッと視線をチカ先輩に向けてそう切り出した。え、どういうことだろう。だって、彼女と先輩は、昨日が初対面のはずだ。


「私とは、初めて会っただろう?」

「ええ、昨日が初めてですわ。……だからこそ、確認させてください」


 先輩は目を伏せた。なんだろう……胸騒ぎがする。ドクンドクンと自分の心臓が脈打つのを感じた。


「貴女は、時空の魔女で間違いありませんわよね? だって、私は時空の魔女の魔力を辿ってここに来たのですから」

「時空の、魔女……それって、昨日も言っていたよね?」


 確かそうだ。その時は、先輩がいつものように自分は魔法少女だって言い張って、話題を変えたんだ。だから、まだその返事は聞いていない。


「私はそんな風に名乗った覚えはないけどねぇ」

「でも、そう呼ばれている存在なのでしょう? 嫌な呼び方でしたらごめんなさい。でも、貴女の呼び名をそれしか知りませんでしたから……」


 やや顔を顰めたのを見て、エリカは謝罪を口にする。やはり気を遣える子なんだな。先輩は一度僕と斗真を見て、それから盛大にため息を吐く。


「……はぁ、もういいよ。呼び方はともかく、エリカが探していた人物は私で間違いない」


 そして、認めた。つまり、先輩は時空の魔女と呼ばれる人物だったってことか。


「で、でも、なんでエリカが先輩の存在を知ってるの? 住んでいる世界が違うのに」


 そう。魔法で調べた、とかなんかがあるのかもしれないけど、そもそも存在を知らなければ探しようもなさそうなものだけど。僕がそう尋ねると、エリカの口からはとんでもない言葉が飛び出してきたのだ。


「今は、ね。でも、貴女は元々、私たちの住む世界の住人ですわよね?」

「え……」

「ええぇぇぇぇぇ!?」


 これには思わず僕も小さく声を出してしまった。斗真の叫びにかき消されてしまったけど。


「せ、先輩が初代迷子!?」

「トーマ、その言い方はどうなんだ……」


 そしてなんとも間抜けな発言。実際そうかもしれないけど、なんかこう、先輩が迷子とかどうもピンとこない。


「くくっ、まったくトーマくんは面白いね。おかげで気が抜けたよ」


 でも、そのおかげで、これまでどこか気を張っていた様子のチカ先輩が声を出して笑ってくれた。役に立つこともあるんだよな、トーマの能天気は。


「……その通りだよ。私は、元々この世界の住人じゃない。十数年前に、この世界に移住してきた、異世界人だよ」


 そして、苦笑を浮かべながらもあっさりと、先輩はそんな重大な事実を明かしてくれたのである。

 それを聞いた僕らは、というと……。


「……まぁ、驚きはしない、かな」

「うん。先輩なら例えば人間じゃないって言われても納得出来る気がします」

「……それはそれでどうなんだ、お前たち」


 いや、だって、ねぇ? と僕と斗真は顔を見合わせる。その様子をチカ先輩は半眼で見てきた。エリカはクスクス笑っている。


「どことなく説得力があるのでしょうね。チカ様はやはり只者ではないオーラがありますもの」

「そう、かな? これでも魔力は抑えているんだけど」

「え、それで、ですか……」


 今度は、エリカが顔を引攣ひきつらせた。その反応から察するに、先輩はかなりの量の魔力とやらを持っているのだろう。それがどれだけすごいのかはわからないけど、とんでもないことらしい、っていうのはわかった気がした。


「あ、でも勘違いはしないでよ? 私は異世界人だがカテゴリーは人間で間違いないんだから」

「カテゴリーっていうのやめません?」


 むしろ人間であったことに驚きそうだ、ってのは黙っておく。いや、散々悪魔だとかゴーストだとか見てきたわけだし、人間とは別の種族かもしれないって思ってたからさ。……そう思いつつチラッとエリカの方に目を向けてみた。他意はない。


「……私も、もちろん人間ですわ」

「いや、別に、そういう意味で見たわけじゃ……」


 ありありだけど。ちょっと気になったのは事実だ。もう異世界とかわっかんねーもん!


「だってさー、この世界では魔法とか魔力とかねーからわかんないんだよねー」

「えっ、そうなのですか? でも……お二人とも魔力はお持ちのようですけれど」

「え? あんの!? 魔法とか使えちゃう!?」


 え、あるの? 僕も驚いた。ワクワクとした様子で聞く斗真だったけど、その夢はあっさりと打ち砕かれる。


「この世界の者も魔力は生まれつき持っているのが普通。ただそれを使えるかはまた別の話だよ。世界そのものが魔力を吸収しているみたいだからね。よほど大きな魔力を持っていないと、放出した時点で空気に取り込まれて消える」

「そ、そんなぁ……」

「確かに、この世界では魔法を使える気がしませんわ。使えたとしても小さな魔法をほんの少しだけ。生き難い世界ですわね……」


 魔法を使えるのが普通の世界の人からすれば、生き難い世界になるのか。でも僕にしてみれば、ドラゴンとか魔法を使う敵とか、内部紛争を起こしている国とかよりこっちの方がよっぽど生き易いけどな。


「で、でも……チカ先輩って、いつもふっつーに魔法使ってるよな……ここで」

「「…………」」


 斗真の言葉にエリカも僕も思わず黙り込む。それから三人揃ってチカ先輩を見つめた。


「ん? この教室なら結構魔法は使いやすいと思うけど?」

「あちらこちらに魔道具が置いてありますものね? でも、こんなものは気休めですわ! 普通は無理ですっ」

「え? そうかな?」

「そうですっ」


 やっぱり規格外だな、この人。それを再確認した瞬間だった。




「えっと、話を戻していいですか?」


 とりあえず、昼休みはもうそんなに時間がない、ということで僕は続きを促した。すると、そうだったねとチカ先輩も一度座り直す。


「異世界人、ということなら、先輩はなぜこの世界にきて、女子高生とか女優なんてやってるんですか?」


 純粋な疑問のつもりだった。もはや先輩がどんな存在でも驚かない。だって、年を取らないってのがわかったわけだし。だから、結構軽い気持ちで聞いてみたんだ。


「この世界に来た理由、か……」

「それは、私がエージ様をお兄様と呼ぶ理由でもあります。……そうですよね?」

「え……?」


 まったく話が繋がらない。だけどエリカは間違いないだろうという様子で先輩に問い質す。やれやれ君は少しせっかちだな、と先輩は肩を竦めた。


「……ま、そういうことだけどね」

「そういうことって……」


 そして、認めた。一体、どういうことだろう。呆然としている僕の代わりなのか、斗真が慌てたように口を挟む。


「そ、それじゃあ、エージも異世界人、みたいに聞こえるじゃんか……」


 そのセリフは、最初だけ威勢が良く、だんだんと尻すぼみになっていく。でも、そうだよ。そう聞こえたよ。


「……じゃあ、その話は午後に、納得いくまで話そうじゃないか」


 そう話を締めくくった途端、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。なんともタイミングの良すぎるチャイムだと、僕は頭の片隅で思った。

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