お兄様


「あ、貴女はもしかして、時空の魔女!?」


 チカ先輩の声にハッとしたように少女は声を上げた。時空の魔女? というか、この人は誰? なぜチカ先輩が何もしていないのにここに来られたんだ? 先輩が言っていたように、すごい力を持っているようには見えないけど……。


「私は、魔法少女だよ。あと、まず名乗るのは貴女の方。……人の領域に勝手に踏み込んで、礼儀を欠くつもり?」

「っ……!」


 先輩はいつものように淡々と自分は魔法少女だと言い切った。そして、ワントーン声の高さを低くして威圧するように少女を見つめる。少女は息を詰まらせ、そしてその場に跪く。ドレスを着ているというのに、その姿勢はどこか騎士っぽさを感じた。


「……申し訳ありません。その通りですわ。私はミリエヴル王国第一王女、エリカと申します。勝手に魔法を行使し、貴女様の元へ無理やり訪問したこと、まずは謝罪いたします」

「お、お、王女ぉぉぉっ!?」

「トーマうるさい」


 美しい所作と声でそう告げた少女、エリカの言葉には確かに驚いたけれど。耳元で叫ぶ斗真にピシャリと言ってやった。

 にしても王女か……色んな迷子たちが僕に似ているって言っていたその本人に会えるとは思いもよらなかった。彼らの言う王女と同一人物であるのか? という疑問はすぐに解消されたようなものだ。だって、確かに僕に似ているんだもん。


「けれど、どうしてもある人物の居場所を教えていただきたかったのです。ですから、藁にもすがる思いでここに……」

「……その人物とは?」


 少女は真剣な眼差してチカ先輩を見つめ、それからその視線を僕の方に向けた。……ん?


「ミリエヴル国国王の第一子。行方不明の第一王子ですわ。……こんなにも早くお会いできるなんて。……お兄様」

「…………は?」


 僕に向かってそう告げた少女は、そのまま僕の方へゆっくりと向かってきた。え、え、待って? 何言ってんのこの子。どんな勘違いしてるんだ? 確かに僕らは似ているかもしれないけど、それだけで兄とか……あと、王子とか。ほんと、マジでシャレにならん。


「あ、あの……えっ!?」


 ひとまず話を、と思って口を開きかけた時、少女はこちらにたどり着く前にその場に突然倒れてしまった。あまりにも唐突だったから、支えることもできずにそのまま床に倒れるのを見ていることしか出来なかった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「うっそ、マジ何!? どうしたの王女ちゃん!?」


 斗真の呼び方が軽い。じゃなくて、本当にどうしたんだ? 慌てて駆け寄る僕らに対し、先輩はいたって冷静だった。それからどこからともなく部屋の片隅に現れた布団を指し示し、僕らにそこまで運ぶように指示を出す。この教室、本当に何でもあるな? 先輩が持ち込んだのだろうか、なんてどうでもいいことを考えつつ、僕と斗真で少女を布団へと寝かせてやった。


「まったく。無茶しすぎだね、この子は」

「えっと、どういうことですか?」


 布団をかけてやったところで、先輩がそんな風に呟いた。少女は顔色こそ悪いものの、スゥスゥと寝息を立てて眠っている。


「魔力を使いすぎたんだよ。この私の元に来るくらいだから、すっからかんになるほど魔力を使ったんだろうね。細かい術式を使えばもっと楽に来られただろうけど、馬鹿みたいに面倒だからそっちは諦めたとみた」

「え、その細かい術式を使わなかったってことは……?」

「要するに力技でここにきたってことだね」


 力技。たとえるなら、鉄格子をテコの原理とか鍵を使って開けるのではなく、腕力だか魔法だかの力技で強引にひしゃげて開けた、みたいな感覚だろうか。この少女、僕らより年下っぽいのにやることが大胆だな。


「そんなにまでして、先輩に会いたかった、ってことっすかね?」

「それに、さっきこの子が言ってたこと。あれ、なんなんですか?」


 斗真の質問に重ねるように僕も質問をしてみる。僕が、その、王子だとか。あれは一体どういうことなのかって。なにかを知っているみたいだったから。僕らの質問を受け、チカ先輩は一度目を伏せ、数秒なにかを思案してから口を開いた。


「そうだね……それを話すには少し時間が必要だ。たぶん、この子の対価の支払いで色々と聞かされるだろう」


 その時に、一緒に説明するから今は待っていてくれないか、と先輩はどこか悲しそうな目で僕を見た。そんなの、ズルイ。そんな目をされたら、不安になるじゃないか。いつも通り飄々としていてもらいたかったのに、今日はなんだかいつもと違う。


 僕は、きっとこれから衝撃的な事実とやらを聞かされるんだ、という予感にただ俯くことしかできなかった。


「だーいじょうぶだって。お前はお前なんだから! 俺は態度を変えたりしないぜ、エージ・・・!」

「……トーマ」


 こいつの口から、久しぶりに僕の名前を聞いた気がする。さすがに気をつかったのだろうか。斗真のくせに、やるじゃん。ほんの少しだけ元気が出てきた気がした。




「ん……あ、れ」

「気がついたか」


 このまま目覚めない可能性もあるから、今日はそろそろ帰ろうか、などと話していた時、少女が目を覚ました。この子を一人ここに残すことになるのか? と不安に思っていたから目覚めて良かった。


「あ! 私……!?」

「大丈夫。魔力切れで倒れただけだよ。さ、まずはこれを飲んで落ち着いて」


 ガバッと上半身を起こして慌てる少女に、チカ先輩が温かい紅茶を差し出した。僕らの飲んでいたチープなものではなく、高級な方だ。王女にこんな庶民の飲み物を渡すわけにはいかない。


「良かったらお茶請けに、これもどうぞ。安物だけど」


 紅茶だけだと味気ない気もしたので、僕らが食べていたお徳用パックのチョコを数個手渡す。そのままってのも気が引けたので、せんぱいのカップソーサーを借りてそれに乗せて渡した。ほら、なんとなくだよ、なんとなく。


「え、あ、ありがとう、ございます……お兄様」


 けど、彼女の返答に思わず苦笑を浮かべてしまう。


「その、お兄様ってやめてもらえないかな? 僕らは事情をなんにも知らないんだ。ちょっと色々混乱するからさ……その、君の話はちゃんと聞くから」


 そして、僕の名前はエイジだよ、と名乗ってやると、少女はほんの少し悲しそうにしながらも、わかりましたと首を縦に振った。


「では、エージ様と。私のことはエリカと呼んでくださいませ。えっと、貴方様も」

「おう、エリカな! よろしく! 俺はトーマだ!」


 斗真はどこまでも気さくなやつだな。相手が王女だろうと関係ないって感じだ。まぁ、僕も王女に対する話し方ではないけど。少し年下の女の子相手にする話し方になってしまう。不敬かもしれないけどここは日本。問題ないだろうと思ってのことだった。


「トーマ様ですね。ふふ、お二人とも気さくに話しかけてくださるので嬉しいですわ」


 普段は丁寧に話しかけられているんだろうな。たぶん、新鮮に感じるのかもしれない。怒ってないなら良かった。引き続き楽に話させてもらおうと思う。


「さて、少し落ち着いたかな? 早速話を、と言いたいところなんだが……もう時間も遅い。彼らは家に帰らなければならない」

「え……? あ、日が落ちてきていますわね……」


 私が倒れてしまったばかりに、とエリカは項垂れた。先輩はそんな彼女の肩にポンと手を置き、大丈夫だと声をかける。


「また彼らは明日の午後にここへ来る。今日君にはここに泊まってもらうことになるが……私も共にいてあげるから。話したいことを整理もしたいだろう?」

「ここに……いいのですか?」

「教室に!? いいんですか!?」


 エリカと僕の声が重なった。たぶん、いいのかという疑問の意味が違うだろうけど。彼女は先輩に迷惑をかけてもいいのか、という意味だろう。僕のは、学校の許可もなく泊まるとかできるのだろうか、という意味である。


「私を誰だと思ってる?」


 しかし、先輩はその一言だけで両者を納得させてしまった。さすがである。いや、学校への泊まりの件は、本当はダメだろうけどな!?


「迷惑ばかりかけてしまって、申し訳ありません……」


 エリカは深々と頭を下げた。ここに来るのに力技を使ったっていうから、どんな危険人物かと思っていたけど……どうも常識人っぽい。無理やり来るのが常識なのか、と言われると微妙だが。


「いくつか条件はあるけどね。勝手に出歩かないこと、騒がないこと」

「それはもちろんですわ!」

「少なくとも丸一日はここに籠りきりになる。それでも?」

「問題ありませんわ。執務室に三日間籠って作業をしていたこともありますもの」

「……それはそれで健康に悪くないか?」


 拳を握りしめてエリカは約束はしっかり守ると宣言した。その瞬間ふわっと先輩とエリカの周りが光る。契約がされたんだろうな。


「契約の儀……まったく気付きませんでしたわ。さすが、お見事ですわ!」

「エリカほどの使い手に褒められるのはなかなか嬉しいね」


 エリカは尊敬の眼差しでチカ先輩を見つめ、褒め称えている。僕にはそのすごさがどれほどなのかはわからない。なんかすごくすごいらしい、という頭の悪い感想しか出てこないからな。


「さてと。ここに泊まるなら少し買い出しにでも行こうかな。君たちは帰るんだろう? 一緒に行って私はコンビニにでも行こうと思う」

「そうすか? あ、じゃあさ、明日の昼食くらいなら俺らが朝買ってくるっすよ!」

「ん、じゃあ頼もうかな」


 王女がコンビニのご飯を食べるのか。おにぎりとか? まぁ、コンビニのクオリティーは高いからな。口には合うだろうけど。


「カップラーメンとかどうだろうか。エリカ、好き嫌いはないか?」

「え、ええ。カップ、らぁめんですの?」


 いや、なんでそのチョイス!? チカ先輩は全て私に任せろ、と先陣を切って教室を出て行った。絶対楽しんでるな、この人。

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