迷子の王女を保護します
乱入者
退屈だった夏休みも終わり、再び学校が始まった。ドラゴンの件で呼ばれたきり、仕事の手伝いに僕と斗真が学校に行くこともなかったから、それはもう暇すぎる高校一年生の夏。
海? プール? 夏祭りに花火大会? そんなものはもう小学校以来行ってない気がする。人混みが苦手だし、なんで暑い中外に出なければならないんだ、とやや引きこもり気質な僕は思うのだ。冷房の効いた涼しい室内で本を読んだり勉強したりするほうがよっぽどいい。まぁ、ちょっと運動不足気味だな、とは思うけど。
「あっちぃぃぃ……残暑厳しすぎねぇ?」
そして、ドラゴンによって怪我をした斗真だったが、この通りとても元気である。あれから二日ほどダラダラと寝て過ごしていたら復活したらしい。おかげであっちに行こうこっちに行こうと誘われて断るのに忙しかった。
「そりゃ、まだ夏休み開けたばっかだし、そう簡単に涼しくはなんないだろ」
「でもさー、夏休み終わると夏が終わったーって感じがあるのに、暑さだけが残るのってズルくね?」
何がずるいのだろうか。そもそも夏休みの制度と期間は人間の都合なんだから、暑さに関して文句を言うのは神様だって迷惑な話だろう。たしかにめちゃくちゃ暑い日が続いて辟易とはしているんだけどね。
「にしても、王子は全然焼けてねぇなー」
「エイジだ。お前が焼けすぎなんだよ」
「そりゃ俺は夏っぽいレジャーを心行くまで堪能したからな!」
海やプールはもちろん、川でバーベキューをしたり流しそうめんをしたりしたんだそう。このアクティブさには正直尊敬する。真似は出来ないししたくもないけど。
「あ、あそこで一際輝いているのはチカ先輩じゃね?」
校門を抜けたところで、斗真が前方を指差した。教えてくれなくてもすぐにわかる。確かに指定のスカート以外を蛍光色で固めた先輩は、相変わらず強い陽射しを照り返しており、輝きを放っている。眩しすぎる。
「声かけに行こーぜー!」
そう言って斗真は走り出した。暑い暑い言ってた割に走っていくのか。元気だな。僕はその後ろ姿を眺めながらのんびり歩いて先輩の元へ向かった。
「おはようございます」
「ああ、王子くんも。おはよう」
「エイジです」
相変わらずのやりとりをする僕ら。もはやお約束みたいになっているけど、そんなお約束いらない。いい加減王子呼びをやめて欲しいんだけど。
「今日も特に仕事はないよ」
「そうですか。でも部室には行きます。まだ暑いですし、涼しくなるまで暇を潰そうかと」
「もちろん構わないよ。トーマくんもかい?」
「行きますよー! もっちろーん!」
本当に、いちいちテンション高いな、斗真のやつ。僕らは放課後に何か予定があるわけでもないから、まっすぐ帰らずに部室に寄るのはいつものお決まりでもある。静かだし涼しいし、飲み物もあるしで快適なのだ。
だから、意外と部活の時間は楽しみだったりする。休み明け初日の気が重い授業を、放課後の楽しみを励みに乗り越えようと決意した。
しっかし体育祭の準備や練習で初日からハードだった。出場競技を決めたりそのために少し練習したり。暑いから外でやるのは本当に勘弁して欲しい……高校生って体育祭やる必要あるの? 中学まででいいじゃん、なんて面倒くさがりな僕なんかは思う。
「チカ先輩は、何の競技に出場するんすか?」
そんなわけで、部室内でそんな話題が出てくるのは自然なことだった。
「ん? 私は何も出場しないよ」
「えっ!? ずるい!」
予想外の返答に僕は思わずそんなことを口走ってしまった。当の先輩は軽く肩を上げて仕方ないでしょ、と言う。
「だって、私は病弱だから学校を休みがち、ってことになっているんだから」
「……そういえばそうでしたよね。そんな設定でした」
「設定って……間違ってないけど」
女優業もこなす先輩は、基本的にそのことをみんなには内緒にしている。けれど仕事のため、学校をよく休んでしまう。そのことに違和感を持たれないために、病弱であるということになっているのだ。
そのおかげで体育祭に出なくていいなんて羨ましすぎる。僕も病弱設定欲しい。
「じゃ、先輩は当日は来ないんすか?」
「んー、その時期はたぶん仕事が入ってたんじゃなかったかな……なんかの撮影。なんだったか忘れたけど」
「いいんすかそれで!?」
そっか、仕事があるのか。それはそれで大変そうだよな。女優の仕事って拘束時間長い印象があるし。しかも仕事内容を把握してないって、それ大丈夫なのか?
……でも、チカ先輩は昔からこの仕事をしている。新人女優、と言われているけど、かなり昔から新人女優なんだ。いつからなんだろう。この人はいつから女優として、この姿でい続けているんだろう。昔からテレビに出てたんだよなぁ……? 普段からテレビをあんまりみないからか、僕には覚えがない。いつか、この矛盾を先輩に問いただしてみたい。けど、答えてもらえるのだろうか?
「そういう二人は、なんの競技に出るんだい?」
チカ先輩は腕を組んで今度は同じ質問を僕らに投げかけた。それには斗真が元気に答える。や、ほんと、なんでそんなに元気なんだよ。
「俺はですね! 徒競走と騎馬戦と綱引き、リレーにも出場するんすよ! 俺の勇姿をぜひ、先輩に見て欲しかったっすね! きっと惚れちゃいますよ!?」
「そうか。王子くんは?」
「ちょ、スルーやめてくれません!? 相変わらずクール!」
軽くスルーしてしまう気持ちもわかる。暑苦しいしうざいからな。積極的に参加するのは素晴らしいことだとは思うぞ。そこは斗真のいいところだ。
「僕は斗真と同じ綱引きと、玉入れですね」
「最低限の出場数を当たり障りないもので固めたって感じだな」
「その通りですよ」
これなら、僕のせいで負けたーとかは関係ないからな。最低でも二つの競技は参加しなければならないっていうし。団体競技、万歳である。
「でも、二人が出るのなら体育祭も見てみたかったな。少し残念ではある」
「……人が多すぎてどこにいるかとか、たぶんわかんないですよ?」
うちの学校は人が多いからな。だからこそ、出場競技も選択制なわけだし。でも、チカ先輩はふふんと鼻を鳴らして流し目を僕に向けてきた。
「私をだれだと思ってる」
「ああ……その言葉だけでものすごく納得できました」
きっと、なんらかの魔法を使って僕らをピンポイントで見つけて観戦するのだろう。当日は仕事で来られない、という話だったけど、もし先輩も体育祭に出ていたらどんな格好なんだろうと少しだけ思う。半袖とハーフパンツは指定ものだし、周囲に埋没する先輩とかちょっと興味があるのだ。
でも、先輩のことだから髪飾りとか眼鏡とかの小物だけでかなり目立つんだろうけど。そんな、叶わぬ未来を想像で楽しんで思わず口元だけで笑った。……その時だった。
「!? 二人とも、離れて!」
「え?」
突然、先輩が険しい表情で僕らに指示を飛ばした。先輩の目線を辿ると、そこには淡く発光しているスノードームが。
「え、光ってる? せ、先輩、迷子がきたんすかぁ!?」
「そのようだけど、この迷子は只者じゃない。自らここに来ようとしている。かなりの使い手だよ! すぐに眼鏡を!」
こんなにも緊張感を漂わせたチカ先輩の姿は初めてだ。その鬼気迫る様子に、僕らは迷わず指示に従う。二度と怪我をさせたりはしない、と先輩は言ってくれたけど、それは僕らの協力なくしては成し得ないことだと理解しているから。自分に出来ることはしっかりやらないと。
「っ、来るよ!」
先輩が叫んだ次の瞬間、スノードームが今までにないほどの強い光を放ち始めた。あれ以上の強い光があったのか、と思うほどだ。僕らは腕で顔を覆い、後ろを向いてさらに目を瞑る。それでも光を感じるほどだ。
そうして耐えること数十秒。雰囲気で光が収まっていくのを感じた僕らは恐る恐る目を開け、スノードームの方を向く。見るのが怖い気もするけど……どんな相手がいるのかを確認しないというのは余計に危険だからな。
「っ、成功、した……の?」
そこには、確かに人影があった。ぜぇぜぇと肩で息をしており、とても苦しそうだ。まるで全力疾走してきたかのような。でもおそらく全力疾走ではない。だってこの子は、とても動きにくそうなドレスを身に纏っていたから。
「あ、あの……大丈夫?」
でも苦しそうなのは事実。心配になって思わず声をかけた。そして、その声に反応して少女はゆっくりと顔を上げる。
「えぇ……少し休めば大丈、夫……あ……」
「あ……」
顔を上げたことで、僕らは目が合った。そして、互いにその姿を確認して思わず小さな声を漏らす。
この人、僕に似ている……?
斗真もそう思ったのか、驚いたように口をパクパクさせながら僕らを交互に指差していた。
「……ついに、来たんだね」
ただ一人、チカ先輩だけが冷静にそんな言葉を静かに口にした。
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