お茶の時間
「うおあぁぁぁぁっ!!」
斗真が悶絶している。というのも、チカ先輩特製の薬湯を飲んでいるからである。
「味はまぁ、あれだけど、効くから。ちゃんと全部飲みなさい」
「し、死ぬ……俺は今日ここで死ぬんだぁぁぁ」
正直、色からしてやばかった。緑を通り越してちょっと青かったし。青ってなんだよ……何成分入ってんだよ。それと匂いもやばい。苦いとかそういう系ではなくて、プラスチックを溶かしたような、オイル系の匂いがするのだ。絶対に人の飲む飲み物じゃない。
「自然由来のものしか使ってないから、身体にはいいから」
「うぅっ……よ、よし、せっかくだし一気に飲んでやるっ! うおえあぁぁぁ……」
自然由来という単語がここまで説得力がないなんて。でも宣言通り一気飲みして吐き出しもしない斗真は偉いと思う。まじで。僕には無理だ。教室内になんとも言えない匂いが充満し、片隅でピクリとも動かなくなった斗真が倒れている。そんなにか。そんなになんだろうな。
「う、あ、あれ……? 心なしか身体が軽く……」
「そうだろう? 即効性もあるからね。気怠さは取れたんじゃないかな?」
数秒後、斗真がむくりと起き上がった。え、すげぇ。本当に効いた。しかもこんなに早く。さすがはチカ先輩だ。さっきまでもう一歩も歩けないと行き倒れていた斗真を蘇らせるとは。飲みたくはないけど。
「うおぉ、今なら全力疾走もできそう!」
数秒前と同一人物とは思えない。斗真はその場でピョンピョン飛んで身体の動きを確かめている。
「身体自体は疲れているんだから、調子に乗って動くとあとで痛い目みるよ。今日は帰って早く寝るように」
「了解でぇーす! あーでも口の中がやばい」
本当にわかってんだかどうか微妙な軽い返事をした斗真は、舌をべっと出して先ほどの薬の味を思い出しているのかしかめ面をしている。すると、チカ先輩は教室内に設置してある蛍光黄色のクーラーボックスから小さな箱取り出した。これも魔法道具だそうで、冷蔵庫の役目を果たすのだそう。
「そう思って、お待ちかねのスイーツだ。しっかり冷えているから美味しいと思うよ」
「待ってましたぁぁぁ!」
現金な斗真は軽くスキップで先輩の元へ向かう。そういえばそんな約束だったよな、と思い出して僕もつい嬉しくて頰がにやけてしまうのを感じた。
「フルーツたっぷりのアイスだよ。溶けないうちに食べるといい」
「先輩は食べないんですか?」
「もちろん食べる。ただ、せっかくなら美味しい紅茶も一緒に、と思ってね。身体を冷やし過ぎてもよくないから、紅茶は温かいものにしよう」
それにこの茶葉はホットで飲むのが一番美味しいのだ、と言いながら紅茶を淹れる先輩も、なんだか嬉しそうだ。せっかくなのでお言葉に甘えて、僕と斗真は一足先にゼリーをいただくことにした。
「うんめぇー! さっきの味も忘れるー!」
「フルーツが大きくて食べ応えありますね。すごく美味しいです」
「ふふ、それは良かった」
トポポ、という紅茶の注がれる音と、とてもいい香りと、微笑む先輩。さっきまでの地獄絵図とは大違いだ。性格と服装はあれだけど、美少女と紅茶とかめちゃくちゃ絵になるなぁと思う。あ、でも目が痛い。
「市販のものに負けていないでしょう?」
「えっ、これ先輩の手作りなんすかぁっ!? ぱねぇ、先輩ぱねぇっす!」
「え、本当にすごいです。よく作るんですか?」
「……もっと褒めてもいいんだよ?」
ふふん、と自慢げに胸を張る先輩が少し可愛らしい。こういう会話をしていると女子高生だなぁなんて思うけど……年齢不詳なんだよなぁ。見た目だけは女子高生で間違いないんだけど。
「たまに、ね。甘いものは気分があがるだろう? 甘さを自分で調整できるし、作るのは楽しいしね」
「へー、先輩ってば女子じゃん!」
「トーマくんは私をなんだと思っているんだ」
魔女だと、というセリフはどうにか飲み込んだようだ。それ正解。せっかくご機嫌なのに暗黒面を見せられたら台無しだ。
斗真が耐えたお陰で先輩の機嫌は損ねることもなく、僕らの前に琥珀色の紅茶が注がれたカップが置かれる。香りだけで高級感が漂っている。よくは知らないけど。でも、そのまま飲んでしまうのはもったいないのでカップを持ち上げてまずは香りを楽しんでみた。それだけでリラックスできた気がする。
しばし、のんびりとした時間が流れた。今は夏休みで、今日はお昼から集まっていたからか時間はたくさん余っている。このまま帰ってもいいけど、もう少し涼しい時間に帰りたいよなぁ。くっそ暑いし。
紅茶も飲み干したし、もうやることはないから何か話しでもしようか、と先輩が言った。話題はどうしても迷子のことや異世界のことになってしまう。
「……今後も、その、魔力? が強い者たちが迷い込んでくるんですかね」
僕はずっと気になっていたことを口にする。だって、そうなると今日みたいに……誰かが怪我をする危険があるってことだから。今回は傷も浅かったからどうにかなったけど、取り返しのつかないことになる可能性だってあるんだから。
「そうだね。その可能性は高い。けど……」
チカ先輩はそこで一度言葉を切って、真剣な眼差しで僕らを見つめた。大きな瞳に、僕と斗真が映り込んでいるのが見えそうだ。
「二度と、怪我はさせないよ。約束する」
その言葉からは、今までで一番の覚悟を感じた。
「どのみち、大きくなりつつあるなら、世界の綻びをなんとかしなきゃいけないからね」
「え? 閉じたりできるもんなんすか?」
斗真に同意だ。それができるならもっと早くにやればいいのに、と思うからな。でもそうしなかった理由があるんだろう。だってチカ先輩だし。
「こちらの穴は塞げるけど。迷子がくる元の世界側も塞がなきゃならない。じゃなきゃ、迷子は保護されずに永遠に彷徨うことになるから」
うっ、それは迷子がかわいそうだ。これまでに出会ってきたみんなのことを思うと、帰れずに彷徨い続けるなんてことさせられないって余計に思う。
「で、でも、なんとかするって……」
「うーん、手がないわけじゃないんだけどね。できればそれは避けたいかな、って」
僕が聞いてみると、先輩は腕を組んで眉間にシワを寄せた。そんな顔でさえ整ってるのとかほんとズルい。
「どんな手なんすか?」
斗真が直球で聞いている。まぁ、僕も気になるけど。すると、先輩はなんてことないようにあっけらかんとして答えたのだ。
「時空の狭間に私が行って、こっちの穴を塞ぎ、向こうの世界に渡ったら向こうの世界で穴を閉じる、かな。こっちを開けっ放しにして向こうから閉じる、ってのは出来ないし」
え、それは……つまり。
「え、え? それって、先輩が異世界に行ってもう戻ってこられないってことじゃないすか!?」
そういうこと、と先輩は軽く答えたけど……そんなの。
「ダメですよ。絶対」
自分でも驚くほど低い声が出てしまった。先輩や斗真も驚いたように僕のことを見ている。ちょっと気まずいけど、言ったことは本心だ。
「先輩、自分だけが我慢すれば、とかは考えないでくださいよ? 迷子の相手は、出来るだけ手伝いますから」
「うん、そうだよな……俺も! 俺もずっと手伝うっすー!」
目を見開いて驚く先輩はしばらくそのまま固まってしまったけど、すぐにフッといつものように軽く笑って肩を竦めた。
「そんなに私がいないと寂しいか?」
「え、いや、そういう、アレでは……」
「俺はめちゃくちゃ寂しいっすよー! 先輩―っ!」
そんな言い方はズルいと思うんだ。僕は斗真みたいにはっちゃけられないし。モゴモゴと口ごもってしまうのも仕方ないんだ。
「ふふ、ありがとう。それなら、そうならないようにもう少し考えてみるよ」
でも、僕らの言いたいことはちゃんと伝わったんだと思う。先輩がそう言ってくれたのだから、それは嘘ではない。だって僕らは、最初に互いに嘘はつかない契約をしているからな。
「それに、ドラゴンからの贈り物もある。これを持っていれば、ちょっとやそっとの相手では怪我もしないだろうから。もっと危険生物が来ても安全だしね」
「もっと危険な……」
「生物がいるの、か……?」
あー、発言を取り消したくなってきた。けど、もう後には引けない。しかし先輩も意地が悪いな。僕らがビビるのを楽しんでるんだから。
「頼もしいよ」
それでこうやって笑うんだから。本当に、意地が悪い。
「お、そろそろ日も落ちてきたな。王子、帰るか?」
「エイジだ。……そうだな、帰るか。先輩は?」
「私は……少しだけ色々探ってみるよ。
今日から問題解決のために動くってことか。手伝いたい気持ちはあるけど、僕らがいてもできることはないし、むしろ邪魔になるのはわかっている。ここはさっさと帰るのが正解だ。
「あんま根を詰めちゃダメっすよー?」
「また、何かあれば連絡してください」
だから、僕らは席を立って、先輩にそれぞれ挨拶をした。
「わかった。暗くなる前には帰るよ。今日はありがとうね。二人とも」
先輩の言葉を聞いてから、僕らは揃って頭を下げる。それからドアを開けて蒸し暑い廊下に出た。
「うへぇ、もう夕方なのに暑ぃなー」
「トーマ。もう身体は大丈夫そうか?」
手でパタパタと顔を仰ぐ斗真の顔色がほんの少し悪い気がしたので聞いてみると、だるくはないけど物凄く眠いとの答えが返ってきた。そういえば、二日くらいはやたら眠くなるみたいなこと言ってたっけ。
「夏休みでよかったな。ゲームしてないでちゃんと寝ろよ」
「あー、流石に寝ると思うわー。小学生並みに寝るわ」
ふわぁ、とあくびをする斗真を横目で見て、僕はカバンに付けてあるお守りに手をやる。今までよりほんの少しだけ重みを増したこの御守りは、込められた思いもその分増えた気がする。
かなりボロボロだけど……僕はこれを、死ぬまで大事にしていたいな、と思った。
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