御守り
ドラゴンを助けようとした人と、僕が似てる? なんか前にも似たようなこと言われた気がするんだよな。その時は確か……。
「その人ね、王女さまなんだって言ってた。お兄さんとは匂いが似てるんだよ」
「……また王女かよ」
そうだ、エルフのリアスも言ってたっけ。国の王女と僕が似てるって。まず性別が違うのになんなんだ王女。いや、王女の方こそ、別世界のごく普通な高校男子と似てるなんて言われて嫌だろうけど。
「匂い、か」
なんとも言えない状況に顔を顰めていたら、チカ先輩が隣でポツリと呟く。顎に手をあてて、なんだか思案顔だ。
「お兄さんも優しいし、ボク、お兄さんのことも好き! 人間だけど、好き!」
「そ、そうか。あ、ありがとうな」
色々と思うことはあるけど、こうも無邪気に好意を向けてくれるとありがとうと言うしかなくなる。笑顔は引きつっていた気がするけど、ドラゴンは嬉しそうだからまあ、いっか。
「そうだ、これあげる。ほら、ここの……見える? ボクの鱗が剥がれそうになってるでしょ? 古い鱗はこうして剥がれていくんだ。ドラゴンの鱗って、人間がみんな欲しがるらしいから、お兄さんにあげる」
「え? 僕に?」
ドラゴンが示した尻尾の付け根あたりを見ると、確かに鱗が剥がれかけている。でもまだくっついてるから……無理に剥がして痛くないかな? 恐る恐る手を伸ばし、出来るだけゆっくりと剥がしてやる。あ、意外と簡単に取れた。
「すごい綺麗だな……痛くなかったか?」
「ぜーんぜん! 魔女のお姉さんと怪我をさせちゃったお兄さんも! どーぞ!」
「魔法少女だ。でもまぁ、それなら遠慮なく」
「俺も? ありがとなー! いただくぜ!」
続いて二人もドラゴンの剥がれかけている鱗を剥がした。躊躇なくベリッと剥がす二人に戸惑ったけど、ドラゴンは本当に平気そうだから痛くはないのだろうな。
「あ、また人間の臭いがついちゃったかなぁ……?」
「さっき薬を吹き付けたばかりだから問題ないよ。大丈夫、群れには戻れる」
ふと、ドラゴンが不安を漏らせば、先輩がすかさずフォローを入れる。ドラゴンは良かったぁと安堵のため息を吐いた。おいおい、少し炎が口から出てたぞ!?
「ドラゴンの鱗は魔道具の材料にもなるから助かるな。もちろん、そのまま持っていても御守りになるぞ。特にトーマくんにとってはいいものかもね。良からぬ者は近寄れなくなるから」
「マジっすか!? うーわ、助かるー! ドラゴン、本当にありがとうな! 大事にする」
「えへへ、喜んでもらえたなら良かった」
良からぬ者か。悪霊とかだろうなきっと。霊感の強い斗真はそういうものを引きつけてしまう体質だから、確かに良かったかもしれない。
「僕は、この御守りに入れておこうかな……ってか、御守りって中身を見たらいけないんだっけ」
そのまま持ち歩いていると落としてしまいそうだから、いつもカバンにつけている草臥れた御守りに入れておこうとカバンに手を伸ばした。中に入れてしまおうと考えて思い直す。やっぱ、開けるのはなんとなく戸惑われる。
「……ちょっと見せてくれ」
「え? この御守りですか? だいぶ古くて少し恥ずかしいんですけど……」
悩んでいたらチカ先輩に手を差し出されたのでそっと手の上に御守りを置く。チカ先輩はしばらくそのまま御守りを観察し……そして、フッと柔らかく笑った。不意打ちすぎて、ドキリと胸が鳴る。美少女ずるい。
「送り主の思いが込められたままだ。王子くんもずいぶん大事にしてきたんだね。……うん、大丈夫。鱗も中に一緒に入れておくといい」
「え、中身が見えちゃっても大丈夫ですかね?」
まじまじと見る気はないけど、鱗を入れる時に中身が見えてしまう。でも、そのくらいならいいのかな?
「問題ないよ。じっくり観察したって平気。たぶん君には読めない文字が刻まれているだけだから」
「そうなんですか……?」
じっくり見てもいいのか。なんだかそれも悪い気がしたけど、せっかくなので少しだけ見させてもらおう。……うーん、確かに読めない字だ。白い板になにか書かれているようだけど。
「君の健康と安全を願う文言が書かれているんだよ。この先も大切にするといい」
「健康と、安全……」
この御守りは、僕が物心つく前から持っていたもの。たぶん両親とか祖父母とかの誰かがくれたものなのだと思うけど……そんな願いが込められていたんだな。確かにこれまで僕は大きな病気や事故に巻き込まれることはなかったから、案外これのおかげなのかもしれない。
僕は一度、感謝の気持ちを心の中で呟いてから、袋の中に鱗とともにしまい込んだ。
「さて、そろそろ帰還の儀を行う」
「うん、お願いします! あ、そうだ」
ようやく帰還の儀を、というところで再びドラゴンが何かに気がついたように声を上げた。チカ先輩はまだ何かあるのか、と肩をすくめている。
「この翻訳機? 仲間たちにどうしたのか聞かれたらどうしよう……」
「ああ、それなら……」
ドラゴンの言葉にすぐさま答えようとした先輩は言いかけて、止めた。それから僕らに一度目を向け、それからドラゴンの耳元に手をあてながらヒソヒソと何かを耳打ちしたのだ。な、なんだ?
「わかった! じゃあ、そう言うね」
「いい? 教えても良いのは君の仲間たちだけ。仲間にも口止めしてよ?」
「んー? 内緒なの? 変なのー。でもわかった! ボクの仲良しと群れの長にだけ教えるね!」
「それでいい。長ならまぁ……口外はしないだろうし」
内緒なのか……! めちゃくちゃ気になる。何を言ったんだろうか。
「……言わないよ?」
くっ、先手を打たれた……! 結局、謎は謎のままってことか。まぁ、いいけどさ!
「じゃ、今度こそ帰還の儀に入る。いいね?」
「うん!」
なんだかんだで少し時間が経ってしまったからな。ドラゴンも、今度は黙って待っている。先輩がパンと手を打つと、ドラゴンの足元に魔法陣が浮かび上がる。
「契約成立。帰還せよ」
いつものように眩い光が教室内に広がっていく。足下から消え始めていくのが不思議なのか、ドラゴンはどこかソワソワとしている様子だ。確かに、自分が消えていくのを見るってのは不思議な気分かもしれない。
「えっと、みなさん本当にありがとうございました! ボクもう、すぐに泣いたりしないよ」
あとは首から上だけ、というところで、ハッとしたのかドラゴンは最後の挨拶を口にした。ここにきた迷子はみんな、一つ成長してから帰っていくなぁ。それが嬉しくもあり、寂しくもあり。でも、このお別れにもだいぶ慣れた。ま、寂しいのは仕方ないけど。
「人間のことも、人間だからって怖がったりしない。いい人もいるってよくわかったから……これからは、いろんな種族と仲良しになりたいなぁ」
希望に満ちたキラキラとした瞳でドラゴンはそんなことを言う。いい目標だな。ドラゴンのいる世界は、種族間の壁みたいなものが大きく立ちはだかっているみたいだから、この子がキッカケとなって、その壁を少しでも取っ払えるといいな、と思った。
「きっとできる。気の合うやつに、種族なんか関係ないんだから」
だから、僕はほんの少しだけ背中を押す。種族差別は根強そうだし、あまり首を突っ込むと危険かもしれないから、本当に少しだけの後押しだ。でも、それが他の者たちの意識を変えてくれることを切に願う。
僕は、その世界を見たことはないけど……ここまで関わってきたんだから、やっぱりその世界も平和になってほしいしさ。
「うん、そうだね! ボク、がんばるよー」
ドラゴンはその言葉を最後に消えていった。さっきまでとても窮屈だった教室が一気にガランとした空間に戻って喪失感が半端ない。いや、これが通常で、教室にドラゴンなんていう空想上の生き物がいるのがおかしいわけだが。
空想上の生き物、か。僕らはどれだけそんな生き物と出会ってきたのだろうか。感覚が麻痺してきている気がするけど……それは、本当に非現実的な世界なんだなって、しみじみ思ってしまう。
「さて、と。今回もお疲れさま。……特にトーマくん。怪我を防げなくて本当に……ごめん」
ふぅ、と一息ついた後、チカ先輩が斗真に向き合って思い切り頭を下げた。まさかそんな行動に出るとは思っていなかった僕らはかなり動揺している。頭を下げられた本人はもはやパニック状態である。
「えっ!? いや、そんな……うぇっ!? ちょ、ちょちょちょ、頭上げてくださいよ、チカ先輩!?」
手を思い切りブンブン振りながら慌てる斗真。動きは気持ち悪いけどその戸惑いはとてもよくわかるぞ。
「先輩があらかじめこの軍手を用意してくれたから、ほら、もう傷一つないし! むしろ先輩のおかげっすよ!」
「それはあくまで予防だ。怪我をさせてしまったことは事実だし、そもそも怪我は私が絶対に防がねばならないことだった」
グッと拳を握りしめた先輩は、本当に悔しそうで、申し訳なさそうで……見ているこちらが心配になるほどだった。そこまでの責任を感じていただなんて……。
半ば無理やりこの迷子とのやりとりに参加させられているけど、先輩はいつも最新の注意を払っていたんだなってこの時に気が付いた。いつも、僕らをからかうような言動で、飄々としているから気が付かなかっただけなんだ。僕らの思慮が浅かった。
「……んー、わかったっす。じゃあ、謝罪は受け取るんでー、お詫びしてくださいよ!」
こちらが許したところで、先輩は自分を許さないだろうことを斗真も察したようだ。斗真は軽い調子でそう言って、先輩に向かってウインクした。チャラい。
「あとで薬を出すって言ってたじゃないですか。その後で美味しい紅茶とお菓子をご馳走してくださいよ」
先輩はそんな斗真の気持ちに気付いたのだろう。軽く目を瞠ったあと、困ったように笑った。
「紅茶もお菓子も、最初からご馳走する予定だったじゃないか。まったく、もう」
ではとびっきりの茶葉を使うか、とチカ先輩はくるりと僕らに背を向けた。それが照れ隠しみたいなものだとは気付いたけれど、僕らは揃って気付かないフリをして、椅子に座ってお茶を楽しみに待つことにした。
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