運命


 午後の授業はまったく頭に入ってこなかった。それも当然だろう。これで普通に授業を受けられるほど僕は図太くはないのだ。先生に当てられなかったのは運が良かったと言える。


 異世界人。僕が? その可能性を考えて小さく首を横に振る。ない。あり得ない。だって、僕には家族がいるし、養子だとかそんな話は聞いたことがない。仲もいいし物心つく前からあの家で暮らしてる。


 だけど────


 もしも、この記憶が先輩によって作り出されたものだとしたら? 年を取っていないのに、長い間新人女優だと全国民を思い込ませるほどの力を持っているんだぞ? 本気を出せば、僕一人程度の記憶を弄ることくらいわけないはずだ。

 それに、戸籍を確認したことまでは、ない。両親は知っていて、僕だけ知らされていない可能性もある。


 あり得ない、なんていうのは、ただの僕の願望でしかなかった。そうか、僕はそれが嘘であってほしいと願うほどに、家族を愛していたんだな、と気付く。

 ……もちろん、その気持ちに偽りはないと思っているし、血の繋がりがなかったとしても反抗したりブチ切れたりはしないと思う。ショックは受けるけどさ。でも、もしも先輩が記憶を弄っていたのだとしたら……僕はチカ先輩を許せないかもしれない。そう思った。




「さ、もう前置きはなしだ。君だって、さっさと聞いてしまいたいでしょ?」


 長かった午後の授業を終え、僕らはさっさと部室に足を運んだ。僕と斗真もかなり急いだと思ったんだけど、先輩はすでにいつもの椅子に座って足を組んで待っていた。この人、午後の授業を受けなかったのだろうか?

 まぁ、今はそんなことはどうでもいいか。僕と斗真も、いつも座る椅子に腰掛けた。


「……君も、異世界人なんじゃないか、ってところで話が終わったっけね? くくっ、また随分と意地悪な切り方をしてしまったよね」

「わ、わざとっすかぁ?」

「まさか。さすがにそこまではしないよ」


 とはいえ、わざとだ、と言われても納得できてしまう。しないと言っただけで出来ないとは言わなかったし。はぁ、規格外ここに極まれり。


「それで、真実はどうなんですか? ちゃんと聞きますんで、ささっと話しちゃってください」


 僕は、変に気遣うのはやめてもらいたかった。弁明、理由、言いたいことはあるかもしれない。僕の心情を考慮して遠回しに言われるより一思いにザックリいってほしいと思ったんだ。言われる覚悟は出来ている。


「やはり君は案外根性が据わってる。わかった。私も変に言い訳しないように気をつけよう。……まずは結論から言おうか」


 先輩はそんな僕の気持ちをせいかくに読み取ってそう答えた。それから、続けざまに告げたのだ。


「君も、異世界人だ。私が生まれたばかりの君を連れて、この世界にやってきた」

「や、やっぱり、そうでしたのね……!?」


 その告白に咄嗟に反応できたのはエリカだけだった。やはり、ということは予想の範囲内だった、ってわけか。

 そう言われる覚悟はできていた。ほんの少し予想も出来ていたから。でも、衝撃を受けないかと言われれば話は違う。僕は、自分でも驚くほど動揺していたと思う。


「ど、どーいうことっすか。……それって、誘拐とかじゃないっすよねぇ……? 先輩、エージは俺の大事な親友なんすよ。……場合によっては俺、許さねっす」


 そして次に口を開いたのはまさかの斗真だった。こんなにこいつが感情を露わにすることなんて初めてだ。というか、本気でキレてるところも初めて見たぞ。なんだよ、コイツ。普段はヘラヘラしてるくせに。

 でも、斗真が先に怒りを見せてくれたことで、僕の方は逆に冷静になれた。だから、斗真には感謝しよう。


「……ありがとな、トーマ。けど、まだ理由を聞いてない。僕は、全てを聞いて、その上で判断したい。……話してくれるんですよね?」


 僕がようやくそう声に出せば、先輩は酷く悲しそうに眉根を寄せつつ、微笑んだ。肩をすくませて、君には敵わないよ……と小さな声で呟いたのを僕の耳が拾った。


「……順番に話しましょう。まず、私が無理やりここに来た理由を聞いてください」


 僕らの様子をじっと見守っていたエリカが静かに語り始めた。先輩も否やはないようで、黙って頷く。エリカもそれに頷きで返すと、再び口を開いた。


「私は、ミリエヴル国第二王位継承者。第一王位継承者は、現国王の弟にあたります。……私が、女だからです」

「フォウザーさんが言ってたのって、君のことだったのか……」


 確か、その弟に王位を継いで欲しくなくて、フォウザーさんは頑張っていたはず。そうか、彼が推していたのはエリカだったんだ……。


「フォウザー……彼のおかげで私はここへ来ることが出来ました。彼は、私を女王にと必死で駆け回ってくれています。ゴーストになってまで……!」


 エリカはぎゅっと拳を握りしめた。その拳は小刻みに震えていて、彼に対するあらゆる感情を押し殺しているようにも見える。そりゃあ、弟派のスパイに一度殺されているのだ。怒りや憎しみを抱いていても不思議ではない。


「嬉しく思いますわ……でも、私ではダメなのです。本当の王は私ではない……もっと相応しい方がいらっしゃることを、私は知っているからです」


 そして、エリカは僕を見つめた。それは、貴方ですと目で言っているのが伝わる。でも、まだはっきりとは告げない。グッと言葉を飲み込んだのが見て取れた。


「……私がそれを知ったのは、亡くなったお母様の日記がきっかけでした」

「亡くなった……?」

「ええ。私が生まれてまもなく、病で……今となっては、誰かの陰謀により殺されたのではないかという疑惑もありますけれど。でも、今掘り起こす時ではありませんわ」


 エリカは話を戻します、とすぐに切り替えて説明し始めた。亡くなった母のものとはいえ、誰かの日記を見るのは憚られたが、もう何年も前のことだし、と二年前に日記を読んだのだそうだ。そこには、衝撃の事実が記されていたという。


「私には兄がいて、その兄は生まれてまもなく時空の魔女に預けたのだ、と。生まれながらに『死』の運命を背負っていた兄を救うには、それしかなかったのだ、と……」

「死の、運命……?」


 思いがけない不穏な単語に思わず身震いする。その兄ってのが……僕だって言ってるんだよね? え、僕、死ぬの? いやいや、短絡的に考えすぎだ。落ち着いて最後まで話を聞こう。

 内心で軽くパニックになっていると、そこからは私が話そう、とチカ先輩が話を引き継いだ。


「王妃……エミリアと私は、親友だった。それはもう、何でも話し合える間柄だったよ。エミリアが王妃になると聞いた時、私は大反対だった。……その未来を掴むことは、彼女の死の道へと進ませることだってわかっていたからね」


 昔から多すぎる魔力を抱え、それゆえに視たくなくとも未来が視えてしまう先輩は、エミリアさんが王妃となることで死期が早まることを知ってしまったのだそうだ。それでも、エミリアさんの意思は変わらなかった。愛する人が、自分以外の人と結婚するのを見たくはなかったのだと言い張ったらしい。王もまた、彼女以外とは結婚できないと言い張ったとか。え、それ一国の王としてはダメなんじゃ?


「ダメだから結局、二人の結婚を認めるしかなかったんだよ」

「なるほど……」


 愛の力、といえば聞こえはいいけど……それって、国王は知ってたのかな? 疑問に思っていると、それを見透かしたように先輩が答えていく。


「当然、未来がわかるなんてことは誰にも伝えていない。私の他に知るものはエミリアだけだった。国王も、結婚することで彼女が死ぬことになるなんて知る由もなかった。知っていたら、結婚はやめていただろうしね」


 絶対に言わないでくれと、エミリアから懇願されたんだそうだ。先輩にも思うことはあっただろうけど、それを全て飲み込んで先輩は承諾したらしい。


「エミリアの死の運命は強かった。引き延ばすことは出来ても、死から免れることは出来ない……そのくらい強い運命だったんだ。だからせめて、出来る限り引き伸ばせるように私はあらゆる手を尽くしたよ。そして月日が流れて……王妃は第一子を産んだんだ」


 先輩はスッと僕に目を向けた。……初めて見る顔だった。どこまでも優しい光を瞳に宿して。慈しむように。


「それが、君だよ。……エイジくん」


 そして、はっきりとそう言われてしまったのだ。……信じたくないってあれほど思っていたのに、その瞳と目を合わせてしまったことで、その事実が本当であるとストンと受け止めている自分がいた。魔法か何かを使ったのだろうか? いや、たぶん、この人はこういう大事な時にそういうことはしない。


「……嬉しかったよ。結婚には反対したけどね。エミリアの子が、新しい命が生まれるというのは、やはり嬉しいものさ。けど……同時に私は絶望してしまったんだ」

「絶望、ですの……?」


 エリカが不安そうに先輩を見る。ゴクリ、と僕の喉が鳴った。


「私には視えてしまったんだ。赤子が、エミリアと同じ死の運命を背負っているのを」


 教室内に、沈黙が訪れた。この場にいる誰もが、さらに続けられるチカ先輩の独白に聞き入っていたのだ。

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