高校男子の説得
「あの、僕は誰を信じればいいのか、なんて答えは出せないんですけど……」
頭を抱えるフォウザーさんに僕は静かに話しかけた。正直、自論に自信はないし、そうするのが良いって言えるわけではないけど。僕なんかの考えが、彼の思考の助けになればとそんな気持ちで伝えようと思う。
「僕は、迷ったら結局、自分を信じるしかないと思うんです」
「自分を……? いや、自分すら信用できぬ。こんなに簡単に騙されて……」
フォウザーさんは自分は思えば昔から騙されやすかったと語った。ああ、なんか、そんな感じだよな。感情表現が激しいし、たぶんすぐ顔に出る人だし。そしてついに命を落とす羽目になって、もう懲りたのだと言う。僕は死んだことがないから気持ちは想像でしかわからないけど心中お察しする。自分のことさえ、信じられなくなっているんだ。
「でも、一番身近で最も信用できるのは、自分しかいませんよね? たとえ主君や親であっても、所詮は他人ですもん。あ、尊敬とは別に、ですからね」
手っ取り早く信じようとするなら、やっぱり自分しかいない。よほど信頼できる相手がいれば別だけど、この人の場合その信用してる人に裏切られたわけだし。親しいとか、好ましいとか思う人と、心底信じられるかはまた別の話だと思う。僕だって、斗真は腐れ縁で仲はいいけど信用は絶対にできないし。……たとえにあげる人物が悪かった。
「自分を信じて、自分が信じたいと思うものを、信じたらいいんじゃないでしょうか」
「むぅ、それは、そうだが……しかし……」
一理ある、くらいには思ってもらえただろうか。まだまだ小僧の僕に言われなくてもきっとわかってるはずなんだこの人は。だからあと必要なのは……これ、かな。
「人は、自信を持っている相手にこそ従おうと思うものですよ。少なくとも僕は、自信がなさそうにしている人についていこうとは思いません」
結局、自信がなさそうにしている人には応援したいとは思うかもしれないけど、従おうとはなかなか思えないよね。この人は誰かについていくというより、自分が引っ張っていくタイプの人だ。だから、それじゃダメなんだ。
「聞きますけど、フォウザーさんは、なぜ第二継承権を持つ人を次の王に、と思うんです? 国王の弟が酷いってのはわかりましたけど、それだけの理由でその人を支持するんですか?」
弟よりはマシとかだったらその国の未来が心配でしかたないところだけど、そうではなさそうだ。
「もちろん違う! あの方は、あの方こそが真に国のことを思っておられる! けれど、自分より適任者がいるのだと言って聞かぬのだ……」
それにあの方は……とぶつぶつ独り言を言い始めたフォウザーさん。なんか、いろいろ大変なんだな。推されている第二継承者の人も、きっと思うことが色々とあるのだろう。そんなゴタゴタに、世界さえも違う第三者があれこれ言うのは良くない。細かいことには触れずにいよう。
「結局……我々もあの方に縋ってばかりだな。だが、もしあの方が決断してくださったなら、もっとたくさんの同士たちが集い、みなが協力を惜しまぬというのに」
「迷うんですか」
「あ、当たり前だろう!? 自分ひとりのことではないのだぞ!」
フォウザーさんは、僕の軽い挑発に思い切り声を荒げた。あー、ごめん。そこまで怒るとは思わなかったんだ。謝るからまたしても室温下げるのやめてほしい。僕は冷房が苦手なんだから。
「すみません。でも、じゃあ、その迷っている時間に、一体どれだけのことが進んでいくんですかね?」
「っ!」
そう、時間とは有限なのだ。迷うことは構わないけど、その間に着々と国王の弟が手を打っていくだろう。決意を固めた時にはもう手遅れでした、じゃダメなんだ。
「その弟に、次代国王になってもらいたくない、というのは揺るがないんですよね?」
「……無論だ」
「なら。その人に変わる国王が誰であれ、準備することは無駄にはならないと思いますよ。貴方が言うあの方との話も大事ですけど……いざ、立ち上がった時に準備万端でいるのが貴方の仕事なのでは?」
あれこれ失礼な物言いになってしまってすみません、と僕は話を切った。もう無理。僕、頑張った。その気持ちを込めて先輩に目配せしたら、苦笑を浮かべつつも頷いてくれたのでまあ、及第点だったのだろう。はぁ、疲れた。人に物を諭すなんて高校生には荷が重い。しかもこんな重たい話題に。
「彼の言うことには私も賛成だよ。行動あるのみだ。せっかくゴーストになれたのだから、敵情視察もお手のものだろう? やれないことも増えたが、その分できるようになったことも増えたんだ。それとも、命や魔力と共に、熱意も消えたの?」
チカ先輩は椅子から立ち上がり、フォウザーさんの前に仁王立ちして不敵な笑みを浮かべながらわかりやすく挑発した。ほんと、ズケズケ言うよな。怖いもの知らずだな、なんて思うけど、実際この人に怖いものがあるのだろうか。謎だ。
「ぐぬ、チカ殿……まぁ、その通りだ。我輩は少々、いやかなり、気持ちまで弱くなってしまったようだ」
ところがフォウザーさんは、今度は逆上することなく、その言葉を噛み締めて受け入れたようだった。両手でパンパンと顔を叩き、それから立ち上がる。足、ないけど。高さが変わったからそんなニュアンスかと思って。
「我輩が弱気になっていては、皆も不安になろう。少年よ、身に染みる言葉だった。感謝する!」
「あ、いえ、すみません……」
「なぜ謝るのだ。おかしな少年だな!」
感謝されたのに謝ってしまうのは、自分では自分のアドバイスにあまり納得していないからだ。それでも感謝してくれているのだから、謝るのは失敗だったかな。でも、ごめん。もはや条件反射だ。ほら、また謝る姿勢になっている。
「その意気だ。……何があっても信じてくれる者がいるというのは、ずいぶん心の支えになると思う。貴方の主君も、きっとそう思っているだろうね」
「チカ殿……そうだろうか」
「さあ。私は主君ではないから。本人に聞いてみたらどう?」
「ぐぬ、チカ殿は平気で人を上げてから落とすのだな!」
いや、これはチカ先輩なりの激励だろう。照れ隠しとも言う。素直じゃないなぁ……クスクスと笑う先輩がちょっぴりだけかわいらしく見える貴重な瞬間だ。それ以外の時? 目がチカチカするに決まってんだろ。直視できない色合いなんだから。
「な、なぁ!! ヤベェって! チカ先輩ヤベェですよね!?」
その時、斗真が衝立の向こうから顔の左半分だけを出して叫んだ。そんなに怖いなら見なくてもいいのに。それにしても、やばい?
「勘がいいね。やっぱトーマくんはそっち系に強くなれそう。……修行してみる?」
「絶対嫌っす。助けてくれって今よりもっと変な霊がうようよ寄ってきそうな予感がするっす」
「……ちっ、本当に勘がいい」
舌打ちした!? チカ先輩、恐ろしい人! 一瞬、斗真が自分で除霊とか、祓うとかできたら今より楽になるんじゃないかなぁ? なんて、僕は騙されかけたぞ。
「……なんだか我輩、ぼーっとしてきたのだ」
「意識が染まってきているからね。闇に」
「そうか、闇に……ってそれはダメではないか!? 悪霊になりかけているのでは!?」
「お、察しがいいね。その通りだよ」
え、まじでダメなやつじゃ? 斗真が意を決して叫ぶわけだ。のんびり話しててごめんな。僕にはそういう感じる能力とかないから全く気付かなかった。
「じゃ、そうなる前に帰還しようか。さ、そこに立って。足はないけど」
ゴーストジョークみたいになってる。先輩と同じ考えをしていたことに軽い衝撃を受けた。レベルが一緒……。
「契約成立。帰還せよ」
チカ先輩はすぐに手を打ち鳴らし、最後の文句を言う。別れの言葉もせずに突然だな、と思ったけど、それくらい切羽詰まった状況だったのかもしれない。
フォウザーさんの足元(足はないけど)の魔法陣が光り、下から徐々に消えていく。それに驚きながらもこれでお別れだと察したのか、フォウザーさんは慌てて僕らにお礼を言い始めた。
「なんとお礼を言ったらいいのか……本来ならきちんとした礼をすべきなのに。もう二度と会えないのだな」
「まぁ、そうだろうね。貴方が迷子にならなければ」
「それは御免被りたいな」
先輩の軽口にははは、と笑って返すフォウザーさん。さっきまでのウジウジはどこかへ行ったようだ。うん。安心した。
「少年も。色々とありがとう。なんだか君を見ていると……なんでも曝け出したくなるんだよな」
「やめてくださいよ。僕、そういう趣味はないです」
「我輩だってないわ!」
湿っぽい雰囲気は僕も苦手だったから、思わず茶化してしまう。でも、そんなのお見通しなのだろう。フォウザーさんも本気で怒ってるわけじゃないのはわかるから。
「なんとなくだが、あの方にも似てるのだ。顔立ちが我々の国の者に近いからかも知れんが」
「濃いのは自覚してますよ。昔から言われますし」
フォウザーさんも外国人的な顔立ちだし、僕も濃いしでまぁ、共通点はあるよね。納得いかないけど。僕は純粋な日本人なのに。誰が石油王だ。
そうこうしている間に、もう顔しか残っていない。生首はそれはそれで怖いな……その生首は、これまでで一番の笑顔でこう締めくくった。
「我輩は諦めない! やってやるぞ! 皆も、達者でな!」
最後は、声の余韻だけが部屋に残る。小さな声で僕もお達者で、と呟いた。
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