ゴーストの対価
「対価っていうのは、情報だよ。貴方がここに来るまでの間に起きたことを話してくれればいい。貴方の元々いた世界でのこととか、なんでもいいから」
目に痛いハリセンを空いてる机に放り投げ、ガガッと椅子を鳴らして乱暴に座り、足を組んだチカ先輩はどこか投げやりにフォウザーさんに告げた。扱いが適当になっている。よほど魔女呼ばわりがお気に召さないらしい。僕も肝に命じておくことにする。
「情報……? そんなものでいいのか? 詐欺では?」
「成仏」
「ぐっ、我輩なにも言っておりませぬ」
この人、ってかゴースト、一言多いな。どこかの斗真を思い出すわ。そいつはついに衝立の後ろから顔も出すことをやめ、座り込んで聞き耳だけは立てているみたいだけど。帰ればいいのに。
「みんなそう言うけどね。情報というのは力なの。知っているというだけでどれほどの力となるか……知らない人が多くて嘆かわしいよ」
はぁ、とため息をはいてチカ先輩は首を横に振った。毎回聞かれるもんね、この質問。そろそろうんざりしてきているのかもしれない。僕らも聞いちゃったし。すみませんね、愚者で。
「こと魔法を使うにあたって、情報は全てのキーとなり得る。それを渡すというのはある意味、その者の魂を握るようなものだというのに。危機感足りないんじゃない? 王国騎士ともあろう人が」
「! やはり、わかるのか……」
続くチカ先輩の言葉に、フォウザーさんが顔を蹙めた。王国、騎士……? 鎧を着てるからそれっぽいとは思っていたけど。つまり、王国直属の騎士ってこと? 王国のために戦うっていう……なんだか本当に未知の世界だ。
「そりゃあね。で、対価を渡すの? 渡さずにここに残るの?」
先輩は腕を組んでそう言ったけど、あの顔はもう答えを知っているって顔だ。口元に笑みを浮かべているし、この答えなら僕にだって察しはつくけど。
「……無論、対価を渡そう。申し訳なかったチカ殿。どうかこの王国騎士団団長フォウザーを、元の世界へと送ってもらえないだろうか」
そして予想通り、フォウザーさんは先輩の足元で姿勢を低くし、頭を下げて頼んだ。足があれば片膝をついていただろう。物語かなんかで見たことのある、騎士の忠誠を誓うポーズのようなあれだ。や、忠誠を誓うのは国だろうから正確には違うと思うけど。
なんにせよ。彼の本気と、本心を見た気がしたんだ。
これまでは無駄に明るく振舞って、ヘラヘラしていたけど、ガラッと纏う雰囲気が変わった。その表情は真剣そのもので……頭から血を流しているその姿通り、きっと重たい過去があったんだろうと察しがついた。
「……契約成立。ではゴースト、フォウザー。対価の支払いを」
それを当然ながら察しているチカ先輩が、静かな声で告げたのだった。
「我輩の国は今、不安定な状態にある。国王が病に倒れ、もう先が短いのではと噂が流れ始めた五年前からずっと……」
フォウザーさんが語ったのは、やはり重い話だった。なまじゴーストなだけに、本人の気持ちが重くなると、その周辺もずっしりとした空気に変わるのが厄介だ。衝立が揺れているくらいだ。あ、あれは斗真か。
「我々騎士団は、宰相からいつか内乱が起こるかもしれぬという話を聞いて、常に警戒を怠ってはいなかった。だが、それは起こってしまった」
「内乱が?」
チカ先輩の質問に、フォウザーはいかにも、と首を縦に振る。内乱……相続争いってことか。次期国王は誰かという問題で王城は揉めに揉めているらしい。というのも、王位継承権第一位である国王の弟が、少々難ありな性格なのだそうだ。腹違いの弟で、今の国王とは考え方が正反対らしい。
これまで、国が平穏を保っていられたのはこの国王の力があったからこそ。だからこそ、真逆の思想を持つ弟に明け渡すことを、反対する者は多くいるのだという。
「そうなれば当然、我々は継承権第二位の者を推す。こうして派閥が二手に分かれ、一触即発の冷戦状態が続いていたのだが……先日、とうとう暗殺事件が起きたのだ。我々の陣営を率いる者が殺された」
「それって、一大事じゃ……!」
人が簡単に死ぬ。そのことに僕は恐怖を覚えた。そう、そうなのだ。彼らのいる世界はこことは違う。平和ボケした僕にはとても想像もつかないような命のやり取りが起こり得る世界なんだ。それを改めて実感して身震いする。何度も思い知らされているというのに、日常に戻ればすぐに忘れてしまう。僕は危機感がなさすぎるのかもしれない。
「それが、貴方か」
「いかにも」
「え……?」
さらに思いがけない事実に、僕は言葉を失った。え、ちょっと待って。つまり……その暗殺された人っていうのが、フォウザーさんってこと……?
「密室で起きたことだ。今頃犯人は誰だ、だの大騒ぎをしているだろう。だが、きっと犯人は捕まらない。なぜなら……」
フォウザーさんがギリッと歯を食いしばった。そのせいなのか怒気が原因なのか、室内の空気がピリピリとし始める。
「我輩を殺したのは、王国騎士団副団長だからだ! 誰よりも、信頼していたというのに……!」
「そん、な……まさか、裏切り……!?」
悔しそうに、拳を握りしめているフォウザーさんだったけど、僕はどことなく泣いているようにも見えたんだ。本当に信頼していたんだな、って。だからこそ、辛い思いをしているんだって見ているだけでわかった。
「あいつは国王弟のスパイだった。ずっと昔から潜入していたんだ! 我輩を殺した意図まではわからない。だが、我輩亡き後、あいつが主導権を握ることになる。このままではこちらの陣営が罠に嵌められ、まんまとあの男が次期国王の座に就いてしまう。そうなれば我が国に明るい未来はない! なんとしてでも……我輩は元の世界に帰らなければならぬのだ!!」
気迫が違う。生まれて初めてだ、人の強い気持ちに圧倒されたのは。ここまでの想いを持った相手と出会うことなんて、この世界に住んでいたらないんじゃないか? って思うくらい。
「……話はよくわかったよ。これで対価は受け取った。早速、帰還の儀に移るけど、いい?」
「む、そうであったな。これは対価であった。しかし、本当にこれだけで良いのか? 我輩がただ喚いただけなのだが」
「だいたい皆、喚いて帰るだけだから気にしなくていいよ」
喚いてって。話の内容はこれまでで一番ヘヴィーだった気がするけど。ルルの時も重かったけどさ。それにしても、このまま帰っていくのか……なんだか、こう、モヤっとしたものが残る。どうしても気になったので僕はフォウザーさんに問いかけた。
「あの。帰ったら、貴方はどうするつもりなんですか? ゴースト、というのは、生前と変わらない生活ができるんですか?」
いくらそういう種族なのだとしても、結局のところ、その、彼は幽霊なのだ。肉体は滅び、魂と魔力だけの存在みたいなものなんだよね? そしてその魔力も存在の維持に使われているため、魔法を使うことは出来ないっぽいし。
ゴーストはみんなに見える存在なのか、あちらの世界ではどういった扱いなのか、その上で無力な彼はどうこの問題に立ち向かうのか。つい、気になってしまったのだ。本当、僕には関係のない話なのにね。好奇心、なのかな。だとしたらかなり嫌な奴だな僕。この質問を撤回しようとした時、フォウザーさんは特に気分を害することなく答えてくれた。
「いや、我輩は無力だ。物理攻撃は効かぬが、同じように生きている者を物理的に攻撃することも出来ぬ。我輩の自慢の剣の腕は披露できないということであるな」
やはり、すり抜けてしまうのか。今も体は半分透けて見えるし、椅子に座るどころか何にも触ろうとしないから、そうかなって思ってはいたんだ。
「帰ったらどうするか、か……少年に言われて今気付いたな。我輩は、何をすれば良いのか……」
とか考えていたら、フォウザーさんのさっきまでの威勢がなくなり、頭を抱えてウンウン唸り始めてしまった。ひょっとして、僕かなり余計なこと言った? いやでも、ここで止められてよかったかも。だって、あのまま帰っていたら、行き当たりばったりでオロオロしてたかもしれないし。うん、余計なことは言ってない。
「第二継承者のあの方に、どう報告したら良いやら……そもそも、ゴーストとなった我輩を受け入れてくれるのだろうか……」
ブツブツと独り言を呟きながら、どんよりとしていくフォウザーさん。……もしや、もしかしなくても、結構面倒くさいタイプの人かもしれない。
「それに、最も信用していたあいつが裏切ったのだ。他にも裏切り者が潜んでいるかも……もしや! 我輩だけがこちらの陣営で、みんな裏切者なのかも……!?」
あー……思考がどんどんまずい方へと転がっていく。そろそろなんとかしないと斗真がやばい。ドロドロとしたヤバそうな気配に、衝立がカタカタ震えてるからな。そろそろ失神しかねない。それならそれでいい気もするけどあとで面倒なんだよ。いかに怖かったか、やばかったかを聞かされるから。
「ああっ、わからぬ! もう、誰を信じていいのかわからぬ……!」
ついに人間不信になってしまった。まぁ、気持ちはわからなくもない。想像でしかないけど、信じていた相手に裏切られるのは、精神的に相当なダメージだろうし。
「こら、王子くん。すっごい面倒なことになったじゃないか」
「エイジです。でも、確かにそうですね……」
小声で話しかけてきたチカ先輩は、もはや半眼でフォウザーさんを眺めている。あ、イライラしてるな? これ以上、先輩の機嫌を損ねるのも、あとで斗真に愚痴られるのも、フォウザーさんにネガティヴオーラを撒き散らされるのも嫌だ。
仕方ない。この状況になったのは僕のせいでもあるし、なんとかしてみよう。
僕なんかの、平和ボケした軽い言葉が効くかはわからないけど。なにもやらずにいるよりは良いだろうしね。
腹を括って、僕はフォウザーさんに話しかけた。
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