なりたてゴースト


「あはははっ、はー、もう、期待以上の反応だね! あはっ、最っ高!」


 薄暗い室内で、チカ先輩がヒィヒィ笑っている。てか笑いすぎだから。こっちは今も心臓がバクバクいってるのに。


「こんな薄暗い部屋で、稲光を背に頭から血を流したゴーストがいたら誰だってこうなりますよっ!」

「あはっ、ごめんごめん……驚かしたいとは思ってたけど、ここまでとは思ってなくて。……ふふっ」


 流石に僕も今回ばかりは抗議する。タチの悪いイタズラだ。謝ってはくれているけど、まだ笑ってるし。ったく。


「いやぁ、申し訳ない。我輩は出来るだけ驚かさぬよう、笑顔を心がけたのだが……」


 そう言って頭を掻きながら言うのは、足のない半透明のおっさんだ。僕らを脅かした張本人。だけど、その本人がこのように低姿勢なので怒るに怒れない。たとえ、その笑顔が余計に恐怖を増長させるのだとしても、悪気がないのがよくわかるからな。だからこの矛先はチカ先輩に向かうのだ。


「で、トーマくんはいつになったらこっちにくるのかな?」

「お、おおおおおお気になさらず!!!!」


 チカ先輩の問いに、衝立の向こう側からそっと覗きつつ斗真が答える。右手に定規、左手にペンを持ち、それをクロスさせて突き出している。まさかとは思うが十字架のつもりだろうか。意味がないことくらいわかっているだろうに。でもま、もはやそういう次元の問題ではないのだろう。斗真の気持ちの問題なのだ。


「アイツは昔っから霊感が強くて……多分、今も誰よりも寒気を感じているんだと」

「ふむ。確かにそっち系の力が中途半端に強いな。祓う力まではないから、あそこまで恐怖を感じるんだ」


 チカ先輩がジッと目を細めて斗真を観察しながら言う。そういう性質なんかもわかるんだ。やっぱりすごいな。


「すみませんねぇ。漏れ出る冷気ばかりは調節できないもので」

「無理そうなら、今回は帰ってもいいんだよ?」

「お構いなく! 害がないと分かればこのくらい耐えますんでっ!」


 ガタガタと震えながらも帰ろうとしない姿勢には感服せざるを得ない。僕だったら喜んで帰るのに。けど、僕にはそういった不思議な力は一切ないため、ゴーストを目の前にしても、害のない存在だとわかればどうってことない。ただの足のないおっさんなのだ。……そう、おっさんなのだ。


「……迷子になるのは、子どもだけじゃないんですね」


 てっきり、狭間に迷い込むのは子どもだとばかり思ってた。スノードームを迷子センターって呼んだりもしてたし。


「まぁ、子どもが多いのは確かだよ。魔力の弱い個体は大体子どもだからね。でも、稀に魔力の弱い大人も迷い込むことはある」

「ははーん、なるほど。我輩は魔力が弱いからおかしな世界に迷い込んでしまったのですな? 我輩、確かに魔力が弱いゆえ。なんせ、ゴーストになったばかりですからな」


 チカ先輩の説明に、顎に手を当てて納得するゴースト。え、ゴーストになったばかりって……?


「死んだばかりか」

「いかにも!」


 軽い! チカ先輩の言い方もゴーストの答え方も軽すぎるわ! そんなに簡単に言えるの? というかやっぱり死んだばかりなのか!


「なりたてゴーストか。それなら、ゴーストの子ども、いや赤ちゃんと言ってもある意味正しいな」

「おお、チカ殿。その通りであるな! 我輩は赤ちゃんゴーストだ。はっはっはっ!」


 笑うとこじゃねぇよ。なんでこんなに明るいんだこの人。だって、頭から血を流してるし、見るからに事故か事件に巻き込まれて死んでんだよ?


「……えっと、この人も元の世界に帰すんですか? それとも成仏させるんですか?」


 そう、要するに幽霊な訳でしょ? それならわざわざ帰らなくても成仏するようにした方がいいんじゃないかと思ったのだ。もしかすると、成仏するにしても、元の世界じゃなきゃダメ、なんてルールがあるのかもしれないけど。


「成仏なんてとんでもない! 君は、我輩をなんだと思っているんだね!?」


 そんな風に考えていたから、まさかゴーストが怒るとは思わなかった。ニコニコしていたおっさんが突然、声を荒げて怒鳴りだしたからビックリして椅子から転げ落ちてしまった。背後で斗真が盛大にひっくり返る音も聞こえた。


「あー、フォウザーさん。怒るのは待ってくれないかな。彼に悪気はないんだ。こっちの世界にはゴーストという種族がいないんだよ」


 そこへ、チカ先輩の助け舟。スッと流れるような動きで、ゴーストと僕の間に割って入ると、どうどうとゴーストを手で制しながらフォローしてくれた。……正直かなりビックリしていたし、恐怖も感じていたから、小さな背中が頼もしく見えた。


「ゴーストが、いない?」

「そう。それどころか、魔力も存在しない。人型は人間しかいないんだよ」

「なんと! それならば勘違いするのも当たり前でしたな……少年よ、申し訳ない。我輩が悪かった」

「い、いえ……こちらこそ、知らなかったとはいえ気を悪くすることを言ってしまって、すみませんでした」


 どうやら、この世界とこのゴーストのいる世界の常識に食い違いがあったようだ。こればかりは仕方ない。とはいえ、僕も発言には気をつけようと思った。知らないというのは、相手からしたらただの言い訳だからね。だから、きちんと立ち上がって頭を下げて謝った。


「おぉ、なんて礼儀正しい、心の優しい少年なんだ。気に入ったよ」

「……本当に君は異界の迷子に好かれやすいね? 子どもだけに特別好かれるわけじゃなさそうだ」

「知りませんよ、そんなことは……」


 妙に感心されてしまったけど、正直嬉しくないからな!?




 とりあえず、部室に来たばかりの僕と斗真に事情を説明しようとチカ先輩がいつもの席に座って話し始めた。僕も、落ち着くためにチープな紅茶を淹れて一息つく。ふぅ、安らぐ。冷静なつもりでいたけど、やっぱりどこか緊張していたみたいだ。斗真は……相変わらず衝立の向こうから様子を見ている。大人しくて結構なことだ。


「ゴーストっていうのは、霊とはまた違うんだよ。そういう種族みたいなものって考えればわかりやすいかな」


 チカ先輩も紅茶を飲みつつ、僕に説明をしてくれた。つまり、ゴーストというのは幽霊とは別物なのだそう。でも、元は生きていた人間というのは変わらないらしい。……違いがよくわからず、ゆるりと首を傾げてしまう。


「誰しもがゴーストになれるわけじゃない。生前、そういった魔法をかけるか、死の直前に自身の魔力を放出することでようやくゴーストになれる。どちらもかなり魔力を使うってことは変わらないけどね」


 なるほど。死んだ後、みんながゴーストになるわけじゃないのか。それを聞いて安心した。要するに、本人の意思でゴーストになる道を選んでるってことだから。なりたくなかったのに、とか予期せぬ事態で、だったりするのはちょっとかわいそうだし。


「我輩の場合は後者である。死の間際に全ての魔力を使い切ってゴーストとなったのだ。そのせいで今は魔力がすっからかんなのである!」


 そう言いながら明るく笑うゴースト、改めフォウザーさん。だからなんでそんなに明るいんだ。


「とまぁ、説明はこんなとこかな。さっさとしないと、こっちの世界のルールに則って、フォウザーさんは成仏しないかぎり悪霊になってしまうし」

「なにっ、それは誠かチカ殿!? なんということだ……せっかく目的を果たすために全魔力を注ぎ込んでゴーストになったというのに! 知りもしない世界で悪霊となるなど!」

「や、ややややっぱり悪霊一歩手前じゃないっすかぁぁぁ!!」


 チカ先輩の何気ない一言に、フォウザーさんと斗真が同時に叫ぶ。フォウザーさんの言い分はよくわかる。それなら最初からゴーストになどならず、そのまま死を受け入れたのに、ってことだろう。

 斗真は、恐怖のメーターが振り切れ始めている。どこかで察してたんだろうなぁ。もちろん、僕も目の前に悪霊予備軍がいると知って手が震えているとも。


「まぁ、落ち着け。そうならないために私がいるんだろうに。フォウザーさんは当然、元の世界に帰りたいんでしょう?」

「出来るのか!?」

「そりゃね。だから私が狭間で彷徨う貴方をこの部屋に呼んだんだから」


 それはなんとお礼を言えば良いのか、とフォウザーさんは片膝をついてチカ先輩の前で頭を下げた。うおぉ、おっさんがなんかカッコいい。鎧っぽいものを着けているし、騎士とかそういう仕事だったのかもしれない。あるのかどうか知らないけど異世界にはありそうなイメージだから。


「もちろん、タダでは帰せない。対価をいただく」

「む、至極当然の言い分であるな……しかし、我輩には今、其方に渡せるものなど……」


 対価、と聞いておっさんはぐぬぬと唸り始めた。だから怖いって。なまじ迫力ある顔してるから、眉間にシワを寄せると余計に怖い。笑顔も怖かったけど。そう考えると強面って大変だな。


「なぁに、誰にでも渡すことのできる対価だ。貴方にも、ね」

「誰にでも……はっ、まさか!」


 チカ先輩が意味ありげに微笑むものだから、何か勘違いしたようだ。フォウザーさんは真面目な顔で一瞬固まると、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「いや、しかしそれもまた運命……元の世界に戻れるのなら、我輩命さえも惜しくはないぞ!」


 そして僕は、いや、あんた死んでるし、というツッコミをギリギリのところで飲み込んだ。それともゴーストにも死とかあるわけ? いやでも、一度死んでるのは間違いないし。謎は深まるばかりだ。


「ふふっ、そう硬くならないでよ。なにを想像したのかは知らないけど、別に難しいことじゃないんだから」

「ふっ、さすがは魔女……生命力を吸い取るという大層な技を難しくないと言い切るとはてさぞや凄腕の……」

「魔法少女だから。魔女じゃないから」


 違うと言ってるのに、思い込んだままのフォウザーさんに対しチカ先輩はどこからともなく取り出した蛍光オレンジのハリセンでフォウザーさんの後頭部をスパーンとひっ叩いた。突っ込むとこそこなんだ……ブレない。

 叩かれたフォウザーさんは、ぐぉ、と驚きに目を見開いている。


「な、なぜゴーストに物理的衝撃を与えられるのだ……!? やはり魔じょ」

「魔法少女。次言ったら成仏させてやるからね?」

「ぎょ、御意……」


 こうして、チカ先輩は強面のゴーストを黙らせることに成功したのである。ほんと、怖いわ、この人!?

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