反撃の行方
「ただの内装チーフ代理ですよ。元ですけどね」
岩木はそう言うと素早く岸森に近づき、彼の手を結束バンド(内装の備品)で拘束する。
「岩木、お前、何してるんだよ?」
「何って、お前の体拘束してるんだよ。俺も別に宙吊りにする必要はないと思ったけどさ〜。お前の元カノが宙吊り大好きじゃん。生首吊るしたり、自分吊るしたり。で、お前もこうなったと」
そうこうするうちに岸森の拘束が完了する。
「そうそう、小野田に頼まれてた」
岩木はスマートフォンを取り出して、岸森を撮影する。
「・・・岩木」
「何だよ」
「お前、俺にこんなことしてどうなるか、わかってるのか?」
岸森は静かに恫喝する。普段、人の上に立つものがする恫喝だ。岩木は反射的に怯みそうになるが懸命にこらえた。
「このままだと、俺はクラスから制裁を受けるだろうな。だから、そうならないようにする」
岩木はぶら下がった岸森の体から彼のスマートフォンを引き抜いた。だが、さすが『リーダー』。これくらいでは、動揺しない。
「スマホをとったところで、開けられないだろう」
しかし、こちらも無策ではない。
「安心しろ」
岩木はそう言うと彼のパスコードを解除した。
「・・・よくわかったな」
「舞台に隠しカメラがあるのに気づくべきだったな」
岩木自身が作った舞台。どこにどんな隙間があって、どこにカメラを仕掛ければバレないかなど、手に取るようにわかる。仕掛けたカメラで岸森のパスコードを入手した。
そして、岩木は岸森のスマートフォンをいじり、目的のものを見つけた。
「これは何かな?」
それは、岸森と女子のツーショットだった。彼の相手は小野田でも、6組の滝谷でもなかった。
「浮気の決定的な証拠、だな。これならお前の信用にも傷がつくだろう」
岩木が小宮と話しているときに感じた違和感。その正体はこれだった。岩木が岸森に納期の延期を求めに行ったとき、岸森は女と親密な電話をしているようだった。同時刻、6組の美女・滝谷はキャスト練習をしていたにも関わらず。
「それをどうする?」
証拠を示されてもなお、岸森は平然としている。
「教室で小野田が待機している。あいつにこの写真を転送する。そして、8組の劇のエンドロールをこの写真にすり替える。今、体育館上映中だから、お前の愚行は数百人の前に公開されるな」
「なるほどな・・・」
『リーダー』は処刑法を示されても、そう呟くだけだった。手足が完全に拘束されているので為す術もないのだろうが。
それが、岩木の油断だった。
岸森は急に体を揺らすと振り子の要領で岩木に襲いかかる。小野田に写真を転送するために岸森から目を離していた岩木は不意をつかれた。
「やめろ!岸森」
岩木は叫ぶも、岸森のスマートフォン奪還を許してしまう。だが、勝負は目に見えている。不意を突かれはしたが、岸森はいまだに拘束中。すぐに、岩木は再びスマートフォンを取り上げる。
「無駄な抵抗はやめろ!」
岸森は激しい揉み合いでぶらぶらと揺れながら、ボソリと呟いた。
「お前にはわからないだろうな。全部クラスのためだ。人手が足りない期間の労働力を補うためにリエと付き合った。最優秀賞が有力視されている6組の情報を得るために、滝谷さんと付き合った。その女だってそうだ。K高祭実行委員でうちのクラスを有利に・・・」
「それ以上言うな!!」
岩木は柄にもなく大声を出していた。
クラスのために女子と付き合った?『リーダー』として?
ただ、単に女好きで浮気症の男ならまだ人間味がある。でも、岸森の言うのが本当なら・・・
こいつら、狂ってる。
岩木は薄ら寒いものを感じた。
そして、彼は写真の送信を完了する。
「・・・送ったのか?」
「ああ。岸森、お前も終わったな」
岩木は岸森の方を振り返る。そして、ハッとした。岸森はニヤリと口元を歪めていたのだ。
「終わったのはお前たちの方だ」
「は?」
「お前たちは、2つのミスを犯した。1つ目。お前の送った写真はいつ撮られたものかを示すものは写ってない。俺が滝谷さんやリエと付き合う前に撮ったと主張すれば何の問題もない。その女も俺が滝谷さんと付き合ってるのを知ってるから、騒ぐこともないしな」
岩木は顔が青ざめるのを感じた。
「2つ目、今お前が送った写真データのの中に小野田先生の詩の写真を紛れ込ませた」
あの一瞬奪還された時か!
岩木は慌てて小野田に送信する。作戦中止!作戦中止!作戦中止!!
それを見て岸森はいつも通りの爽やかな笑顔。
「無駄だよ。うちの劇の上映時間は64分。俺がここに来た時点で50分経っていたから、もうすぐエンドロールだ。今送った写真を差し替えるなら、大急ぎで機材の調整をしなきゃね。当然、お前のメッセージを見る余裕もない」
そして、かの『リーダー』は楽しそうに付け加えるのだ。
「劇自体の方は俺の方が詳しかったね。元内装チーフ代理さん」
岩木は勢いよく地学講義室を飛び出していた。
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