終わらない仕事、そして、悪夢
それから数日、岩木は学校へ通った。
状況は決して良いとはいえなかった。彼が使える時間を目一杯使って、かろうじて、その日のノルマを達成できているという状態だ。
原因は明確だった。仕事量に対する圧倒的な人手不足だ。連日、シフトにある名前は「小宮駿」だけ。キャストが気まぐれに手伝いに来るときを除いて、いつも岩木一人で舞台を作っている。
ブラックだな、と岩木は思う。でも、やめるわけにはいかなかった。
***
「おはよう」
ある朝、岩木が教室に入るといつもと様子が違った。馴染みのクラスメイトが並んでいるのにどこか違和感を感じる。
「なあなあ」
岩木が声をかけた友人が振り返る。
「何?岩木君」
おや、と思った。こいつ、昨日まで「キョーヘイ」と呼んでたのに。
おかしいことはまだまだ続く。
誰に声をかけても皆よそよそしい。明らかに無視をしてくるものもいる。
なんで?
岩木は事態が飲み込めずに戸惑ってしまう。そこへ
「キョーヘイ」
良かった。やっと普段通りのやつがいた。岩木が振り向くと、にこやかな表情のクラスメイトが何かを指差している。
「これ、全部切っといて!」
そこには途方も無い量の木材があった。
***
岩木が暗い自室のベッドで目を覚ました時、置き時計は午前4時を示していた。夢を見ていたのだ。内容は2年前、高校1年の時のものだった。
当時、岩木のクラスでは文化祭の企画案を巡って二つの派閥に分かれ、熾烈な戦争が起きていた。たかが、文化祭の企画案で、と客観的には思うだろうが、ここは文化祭をやるために志願届けを出した連中の集まる場だ。企画案の違いはイデオロギーの違いに等しい。
そんな状況を岩木は嘆かわしく思った。あまりにも非生産的だ。
そして、彼は二つの企画案を折衷する第三の案を提出する。そのクオリティに岩木は自信を持っていたし、結果的にその案は彼のクラスの企画として採用された。
当時、岩木はクラスの誰よりも建設的であったと言える。
・・・ただ、『リーダー』ではなかった。
当時、彼のクラスの『リーダー』たちも派閥に分かれて争っていたわけだが、一歩引いたところから『リーダー』ではない者が指示を出してきた形になるわけである。これは、カリスマ性を持つ『リーダー』が指示を出すことで、組織を効率的に動かすというK高校の暗黙の了解に反する。当然、『リーダー』たちの反感を買う。
また、派閥同士の対立も表面的には解決したが、そこはイデオロギー同士の対立だ。クラスの溝は中々埋まらない。だが、文化祭に向けて一致団結する必要がある。
そこで、『リーダー』たちは考えた。
「岩木京平という『適材』を『適所』に配置しよう」
岩木は適当な罪をでっち上げられて、クラス全員からよそよそしくされる対象となった。露骨な無視とまではいかないが、岩木には十分その敵意が伝わった。そのような環境にいるとすぐに精神が参ってくる。
そんな時にかつてのように声を掛けてもらえることがある。それは文化祭に関するロクでも無い仕事を押し付けられるときだ。だが、そんな仕事でも喜んで引き受けてしまった。それだけ岩木は参っていた。
孤独と惨めさ。
岩木がその日々で感じたのはそれだけだった。
だが、彼が一番衝撃受けたのはその後のことだ。
その年の文化祭が終わったあと、手のひらを返したようにクラスの岩木への態度が元に戻ったのだ。
『リーダー』たちがもう十分と判断したのだろう。ちなみに、その年、岩木たちのクラスは学年最優秀賞を獲得している。その企画立案者を吊るし上げてクラスが一丸となった成果として。
全て元通りの日常の中で岩木が感じたのは安堵ではなく、恐怖だった。
あれは「いじめ」のような無目的で快楽的なものではない。明確な目的を伴った「制裁」である。
文化祭を成功させたい!その純粋な思いを持ってできた集団は『リーダー』という化け物を生み出す。文化祭のためなら『リーダー』はどんなことだってできる。一人の人間の処遇など簡単に決めることができる。
そう考えると恐ろしかった。気がつくと岩木は人と距離を置くようになっていた。そして、『リーダー』に目を付けられないようにひっそりと暮らすようになっていた。
だが、今はそのせいで内装チーフ代理を任されている。
皮肉なものだな。岩木は思わず苦笑した。
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