木材、木材、木材!

 体育館の照明がフツリと落ちた。そして軽やかなBGMとともにスクリーンが明るくなる。そこに映し出されるK高祭の写真。

 

 機械仕掛けで動く教室前の外装。

 武士に扮した役者の鬼の形相。

 華やかなドレスを身にまとった女子。

 完成度の高い綾波レイのコスプレ。

 客で溢れかえる校内。

 後夜祭で表彰されるクラスチーフ。

 胴上げされる監督。

 そして、弾けるような笑顔の生徒たち。


 最後に張りのある声がこう言うのだ。

「君も僕たちと『青い春』、してみないか?」


 あれは3年前の夏だったな、と岩木京平。彼は中学3年生で、K高校の学校説明会に来たときのワンシーンである。

 あの張りのある声に聞いてみたい、と彼は切に思う。

 

 今、俺は『青い春』をしているのか、と。

 

 彼は曲尺かねじゃくと鉛筆を握りしめて木材に直線を引いている。のこぎりで切る際の印をつけているのだ。引き終わったら別の木材をメジャーで採寸し、また直線を引く。そんな作業をかれこれもう一時間半は繰り返している。

「頑張れ、頑張れ。だいぶ終わったよ。あと3分の2くらい?」

 小野田よ、3分の1は「だいぶ」と言うのか?声援はありがたいが・・・。

 小野田理恵は、今は照明用のセロファンを切っている。迷彩柄の小物は出来上がったらしい。

 教室にいるのは岩木と小野田だけだ。誰も来ない。気温はぐんぐん上がる。岩木の額にスウっと汗が流れた。

「だって、あれを切るんでしょ?」

 彼女がそう言ったのは一時間半前。岩木は慌てて「内装ファイル」をかき回す。案の定、そこには「作業工程表」なるものが入っていた。今日の分をチェック。

 『7月21日:全木材の採寸および線引き』

 岩木は若干顔を引きつらせながら、スマートフォンを取り出し、クラスLINEのノートを開く。そこに貼られたシフト表を確認するために。

 『7月21日 内装:小宮』

 それ以外の名前は記されていない。

 つまり、そういうことだ。小宮駿は最初から一人でこの量の木材に線を引くつもりだったのだ。

 いや、無理だろう、と岩木が「作業工程表」のページをめくると、赤字が目についた。

 『8月8日:舞台完成(絶対!絶対!)』

 ・・・なるほど。その納期のためには無理を通さなくてはならないのか。

 そして、今に至る。不承不承とはいえ引き受けたからにはそれなりの仕事をしなくては、『リーダー』様になんて言われるか分からない。

 現在、岩木が線を引いているのは3メートルの垂木たるきだ。かなりの重量なので山から下ろし、線を引き、また積み直すという単純労働もかなりの負担となる。彼の額の汗はもう止まりそうもない。

 山から新しい垂木を下ろそうと腰をかがめた時だった。

 ピトッ!

 彼の首筋に冷たいものが触れた。突然のことに岩木は飛び上がりそうになる。

 振り返ると、差し出されたペットボトルのお茶。

「はい!岩木くんは休憩のお時間です」

 いたずらっ子のように笑う小野田が立っていた。

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