第38話 王国ではなく国王崩壊(二)

 椿は一日間、伽具夜の寝室でゴロゴロと休養を取りながら、どうにか、イブリーズから脱出する手段はないかと考えてみた。


 だが、どう考えても、独力でやりとげる自信がなかった。

(いっそ、小判鮫のように、誰かに張り付いて、一緒にイブリーズから抜けられないだろうか)


 椿は完全に他力本願名作戦を考えていた。

(カイエロを集めると、神様が月から地上に現れて、一つ願を叶えてくれる。なら、カイエロを全て他人に集めさせるのは、どうだろう。他人に神様に願い事を叶えさせた後、神様が月に帰る前に、残ってもらって交渉できないだろうか。どうにか、交渉して、俺でも達成可能な目標を設定してもらえれば、ベストなんだけど)


 他人に殺し合いをさせる神様なので、交渉に応じる可能性は低かった。でも、戦争で勝てず、カイエロも独力で集められないなら、他人に従いて行ってみる方法が、唯一の希望のような気がした。


 翌日に、イブリーズにやってきた日と同じ服装で戴冠式に出た。もう、同じ場所で、同じ酷評を受け、同じ行為をするので、苦にならなかった。


 いくら着飾っても、カラスはカラス。孔雀にはなれない。なら、飾らずに行こう。

 戴冠式後の閣議には、また、同じ閣僚が顔を見せていた。最初は奇妙に見えた閣僚の姿なんて、三回目となると、もうどうでもよくなっていた。


 閣議の冒頭に椿が口を開いた。

「挨拶は抜きにするよ。早速、閣議を始めよう」


 挨拶なんかしても、どうせ、ろくな言葉は出ないし。また、各閣僚のがっかりした顔を再び見るだけだ。


 閣議の最初に前回と同様に軍務大臣の報告から始まった。

 軍務大臣は暗い顔で報告した。

「我が軍の兵力は歩兵が四万、戦車二十輌、戦闘機十機と、おそらく世界最弱の軍隊でしょう。いつ滅びても、おかしくありません」


 軍務大臣の言葉は正しいと思った。

 歩兵の数はいるが、その他の兵器が前回よりも減っていた。前回に、歩兵中心に兵力を増強しておいたので、辛うじて歩兵がいるだけマシといった現状だ。


 だが、安価に揃う歩兵至上主義は、イブリーズでは危険だと前回、理解した。

 もう、他国に宣戦布告できるレベルではない。

「それで、月帝国の保持する世界最弱の軍隊で、月帝はいつまでつの」


 軍務大臣は切羽詰まったような声で上申した。

「わかりません。他国の状況が全く掴めていないので、早ければ二年と保たないかもしれません。なので、早急に軍事予算の増額を――」


 椿は軍務大臣の言葉を遮った。

「予算については考えがあるから、後にしよう。だから、今は発言しなくていい。要するに、北のコルキストが強大だった場合、すぐに首都まで落とされるんだね」


 軍務大臣が国家の陰惨たる展望を示すような表情で頷いた。

 椿は「次、科学大臣」と、発言を促した。


 科学大臣もまた暗い顔で立ち上がった。

「わが国の科学力はおそらく、世界最低水準でしょう。軍事関連の技術は最低とはいきませんが、低い水準です。憂慮すべきは、資源探査技術がいまだに皆無に等しい現状です。地下に資源が眠っているかもしれませんが、調査発掘も儘ならなりません」


 前回、兵器関連開発に予算を少し割いていたので、軍事関連は低水準を保てた。だが、資源探査系に予算をつけなかった。

 資源はおそらく、どこかに眠っているはずだ。しかし、見つけられないなら、これまた絶望的だ。


「科学大臣、ちょっと月帝近辺の地図を出してくれるかな」

 月帝は都市も削られていた。仙台がヘクトポリスと名を変え、完全なコルキスト領になっており、地図上から消えていた。


 大阪も消滅しているかと思ったが、大阪は残っていた。

 察するに、伽具夜は前回ポイズンがバルタニア以外の指導者の首を取ったと教えてくれた。


 月帝の次に消えたのは、きっとロマノフだろう。ロマノフも酷い負け方をしたので、大阪は相手のミスで残ったと思っていいだろう。

 とはいえ、月帝は陸奥、東京、堺、大阪の四都市があるものの、何も資源がない、致命的な現状だった。


「次、宗教大臣」

 宗教大臣は葬儀の最中のような難しい顔で立ち上がり、報告しました。

「寺院どころか、宗教関連の人員も不足しております。現状では普通の葬儀を執り行うのすらままならないほどです。寺院は不足しており、国には絶望感が漂っており、無気力の極みです」


 葬式すらまともにできないほど国が病んでいるとは、異常な状況だ。国民には悪いが、椿は今の椿自身にお似合いだなとすら思った。

 カイエロ発掘のために、寺院はそれなりに建てたはずだが、首都陥落と同時にバルタニアにカイエロを奪われたので、そのペナルティーが出たのかもしれない。


 なんだか、報告を聞けば聞くほど、悲惨な国に思えてきた。こうなった責任は全て椿自身にあるので、大臣には何も文句を言えないが。

「次、経済大臣」


 経済大臣の顔に暗さはなかったが、報告は辛辣だった。

「経済は混迷を極めています。国民は生活必需品を買うのにも困窮し、企業も不況に喘いでいます。国庫に余剰金はなく、財政は赤字状態。国債を発行するのにも、引き受け手がいないような状態です。財政は、このまま行けば、破綻するでしょう」


 なんか、地球のどこかの赤い国の軍事政権のほうがマシなような状況かもしれない。あの国は、まだ百万の歩兵がいるし、地下には豊富な資源がある。

「最後に、外務大臣」


 外務大臣が立ち上がると「なにもございません」とだけ短く発言した。

 どうやら、全ての国から無視されるほどの酷い状態になったか、全ての国から標的になったかの、どちらからしかった。

(これは、初日で詰んだかもしれないな)


 全閣僚がそれぞれの部門の話を聞き、月帝の現状を理解したのか、誰もが険しい顔で口を噤んでいた。


 椿は決断した。

「よし、決めた。予算は、軍事費に二、科学技術に二、経済に二、宗教に二、外務一の割合で分けよう」

 各大臣が一斉に「それでは少な過ぎる」と声を上げると、伽具夜が手を挙げて閣僚を制し、黙らせた。


 伽具夜が確認してきた。

「本当に、それでいいのね。全く、特徴がない、弱小で平坦な国になるわよ。侵略者にとって美味しい国にしかならないけど、いいのね。あと、予算割合が十とするなら、割合にして一だけ余るけど、何に使うの?」


「予算割合一は、伽具夜が好きに使っていいよ。どこかの省に割り振るもよし。贅沢するもよし。バルコニーから撒いてもいいよ。横で見ているだけなんて、つまらないだろう。伽具夜のお小遣いだと思って、気楽に使って」


 椿の発言を聞き、表情を崩さなかった経済大臣と外務大臣を含めて、全閣僚が唖然とした。

 伽具夜はテーブルに肘を突いて、少しだけ残念そうに発言した。

「別に、表向きに国家の運営にタッチできないから、つまらないと思ったことはないわよ。現に必要なら、お前を操って、国家の運営にも関与してきたし」


「でも、いいだろう、たまには少し遊んでみれば?」

 伽具夜が不満げに呟いた。

「少しは王様の苦労を知ってみろ、って言っているのかしら?」


「違うよ。本当に遊んでみたらいいと思ってさ。退職慰労金みたいなものかな。じゃあ閣議を終えるから、各大臣は与えられた予算の範囲で好きにやってよ。方針は伝えたから後はよろしく。ただ、経済大臣は、ちゃんと四半期ごとに収入支出報告は出してよ」


 椿は立ち上がると、伽具夜に向って頼んだ。

「ちょっと従いて来てくれるかな」


 伽具夜が珍しく表情を少しだけ和らげて聞いてきた。

「なに、さっそくデートのお誘い。デートの代金は今くれたお小遣いから全額、私持ちにするのかしら」

「いや、ちょっと、そこまで、土下座してくる」

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