第35話 軍拡に走ったら、こうなった(八)

 大阪戦は激戦になると思ったが、大阪戦以前に、椿にとって想定外の事態が、まず襲ってきた。停戦こそなかったものの、今まで軍事行動を起さなかった、コルキストが攻めてきたのだ。


 コルキストは椿が初めて見る二足歩行の剣士型バトル・ドミネーター四機を先頭に侵攻してきた。


 閣議室で見覚えのないバトル・ドミネーターの出現に、椿はすぐに科学大臣に説明を求めると、科学大臣が粛々と説明してくれた。


「あれは、重量子シャイターン・フィールドを纏い、対超重量子シャイターン・フィールド用の武器を装備した新型バトル・ドミネーターですね。我々は、テンペシオスと呼んでいます。月帝では基礎理論の概念はありますが、まだ、部品の設計図すらできていません。まさか、コルキストが四機とはいえ、こんなに早く実戦配備できるとは、思いもよりませんでした」


 コルキストが随分おとなしいと思っていたら、思わぬ新兵器を開発していた。椿が軍拡に走っている間に、コルキストは国力のほとんどを科学技術に振り向け、バトル・ドミネーターに絞って開発していたのだろうか。


 科学大臣が説明を付け加えた。

「普通に考えれば、コルキスト一国の科学力では、開発から実戦配備までは無理だったでしょう。おそらく、コルキストはバトル・ドミネーター型のアーティファクトの発掘に成功したか、他国から入手したと思われます。発掘された物を元に技術解析して、どこかの国と共同で技術開発を行い、短期間で実戦に投入できるまでにした手並みは、見事としかいいようがありません」


 ソノワが外交的交渉術に聡明で、科学振興の手腕が優れているのを認めるのは、いい。

 問題は新兵器の威力だ。

「どうやって、入手したかはいいよ。それで、どの程度の戦力なの」


 戦闘能力については軍務大臣がアッサリと答えた。

「攻撃能力という面に関しては、ロケット砲や爆撃機の数を揃えたほうが、安価かつ上でしょう。ですが、対バトル・ドミネーターや都市の持つ武装防壁に関してなら、テンペシオスは、どの兵器より効果的です。防御性能という面なら、他を寄せ付けません」


 椿は大変な展開になったと自覚した。

「ということは、仙台や陸奥にいる歩兵やロケット砲部隊は、テンペシオスを破壊できないの?」


「ナッツ・クラッカーのような、対バトル・ドミネーター用のミサイルならまだしも、単純なロケット砲は、ほとんど無意味かと。歩兵に関しては、虫けらほどにも役に立たないでしょう」


 大量にいる歩兵が戦力にならないなら、仙台と陸奥は落ちたかもしれない。

 椿は不安を隠して科学大臣に尋ねた。

「でも、天元防壁がある東京は、無事なんだろう?」


 科学大臣は、あくまで冷静に私見を述べた。

「海上からのバルタニアの攻撃がなければ、わかりません。ですが、今この状況でテンペシオスを四機から攻撃されると、危険です。天元防壁の必要とするエネルギー量が都市のエネルギー供給量を越えるでしょう。天元防壁も破られるかもしれません」


 バトル・ドミネーターのテンペオスが仙台と陸奥を攻略している間に、大阪はバルタニア海軍とロマノフの機甲部隊によって、あえなく陥落した。


 堺だけでも死守しようと思ったが、大問題が発生した。無理矢理、兵器を造り続けさせられ、徴兵で民を苦しめ結果、天元防壁がない堺では、住民の反乱が起きた。

 堺は民衆の手で内側から解放軍として、ロマノフを受け入れたのだ。同日には仙台が、翌週には陸奥がテンペシオスの前に陥落。


 気が付けばまた、両端をロマノフとコルキストに挟まれ、首都しか残らないという悲惨な末路になっていた。しかも、椿が国王となってから、二年と持たなかったという、異例の速さだ。


 考えようによっては、今回は海上もバルタニアに封鎖されているので、前回より悪い状況とも言える。

 二週間後、コルキストのテンペシオス四機の猛攻とバルタニア海軍の爆撃により、天元防壁は機能を停止した。


 天元防壁がなくなった東京を、海上でずっとこの機を待ち構えていたバルタニア軍より総攻撃を受けた。遂に首都東京陥落の日を迎えた。


 今度はバルタニアに海上を封鎖されていたので、伽具夜も逃亡を図れなかった。

 ロマノフ、コルキスト、バルタニアが同時に攻めて来ているので、どこの国の兵が先に椿の身柄を押さえるか皆目わからない。


 椿と伽具夜はどこの国が最初に閣議室に入って来るのかを待つ状態になった。

 伽具夜と二人きりになるのは久しぶりだった。もう、最後かもしれないので、椿は聞いた。


「ねえ、どこで、間違ったのかな?」

 伽具夜は顔も合わさずに、拗ねたように発言した。


「最初からよ。今回の月帝は軍国家には都合が悪い。最初は良いかもしれないけど、すぐに巻き返されるが目に見えているって、私の予想した通りになったでしょう。なにを今さら反省しているのよ」


「素直に、御免と謝るよ。でも、内政もダメ、軍事もダメってなると、あとはバランスよく国を育てる方針しかないけど。もし最初にバランスよく、国を育てていたら、うまくいったのかな?」


 伽具夜が最後まで辛辣な言葉をぶつけてきた。

「さあ、それはどうかしら。指導者が指導者じゃ、中途半端な国ができて、もっと早くに首都が落ちたかもしれないわよ。まあ、お前が指導者だから、好きにやって好きに滅びればいいでしょ。残念だけど、お前はこの世界の指導者には向かないわ」


 外で銃声が聞こえてきた。もうじき、閣議室前まできた他国の兵隊がやって来て、閣議室の扉を破壊するだろう。


 椿は陰鬱な気持ちで聞いた。

「これで、またこの狂った世界で、一からやり直しなのかな。今回は前回よりひどく負けたから、条件はもっと悪くなっているんだろうか。それとも、あまりにも酷い成績だから、神様に消されるのかな」


 伽具夜はいよいよ最後だと思ったらしく、教えてくれた。

「確かに、ひどい負け方をしたから、椿が消滅する可能性はあるけど、そっちの確率は低いと思うわ。それよりも問題なのは、私がどうなるかよ」


 椿は苦笑いすると、伽具夜は顔を顰めて告知した。

「指導者が酷い負け方を続けると、消滅させられるのは確かよ。でもね、首を三回刎ねられても消滅するのよ。首を三回刎ねられるは目安だから、神様が気まぐれを起すと、二回で消滅もあるわ。ただ、私の記憶が確かなら、最長五回まで待ってくれた例もあるわね」


「つまり、俺が捕まって、首を刎ねられても、おおよそ、あと一回チャンスがあるんだ」


 伽具夜がそこで厳しい表情で付け加えた。

「ただし、補佐役も一緒に首を刎ねられた場合、指導者の首が刎ねられた回数に関係なく消滅するルールが存在するのよ。つまり、一発退場の特例ね」


 椿はどうして、伽具夜が前回一人で逃げたかを理解した。

 ポイズンの鳥兜に捕まっていれば、鳥兜なら間違いなく、伽具夜の首も一緒に刎ねただろう。伽具夜は椿を消滅から救うために、あえて一人で逃げた、と思いたかった。

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