第34話 軍拡に走ったら、こうなった(七)

 翌日午後より、東京は戦闘機と爆撃機の強襲プラス、多数のミサイル攻撃に見舞われた。

 椿は独り閣議室のモニターで東京の様子を見ていたが、ミサイルは透明な障壁にぶつかり、爆発して消えて行き、街にミサイルが落ちなかった。


 ミサイルが街に有効的な効果を与えられないと知ったのか、バルタニアはすぐに防壁側に攻撃を移した。だが、防壁は、ほとんど破損しなかった。

 椿は素直に「これって東京は安泰かも」と思った。


 この時ばかりは、カイエロの発掘に資金を投じて、天元防壁を作ってくれた伽具夜に感謝した。天元防壁の効果は高く、街には被害はほとんど出なかったので、椿は改めて、大陸に眠っているカイエロの効果に驚嘆せざるを得なかった。


 戦争が始まって初日の夜に閣議が開かれ、軍務大臣から報告があった。

「バルタニアの攻撃により、街に張り巡らされた天元防壁の隙間から僅かに被害が出ましたが、軍の兵器生産施設には被害はありませんでした。空軍戦力がバルタニアより劣ると思われる状況から、迎撃の戦闘機は出撃させませんでした。ですが、敵の戦闘機の攻撃により天元防壁に与えられた損傷は、軽微です」


 軍務大臣の報告を聞いた椿は正直な感想を漏らした。

「よし、後は、堺、大阪、仙台で駆逐艦、原子力潜水艦、ミサイル巡洋艦を緊急生成で無理矢理、総動員態勢で造らせよう。東京では戦闘機を優先的に製造しながら、バルタニアが東京攻略を諦めて撤退するまで、天元防壁の中に篭っていよう」


 軍務大臣が椿の発言の問題点を指摘した。

「畏れながら、歩兵の装備を優先的に開発させたので。海軍に関する技術力はバルタニアより一世代は遅れています。戦艦、駆逐艦、ディーゼル型潜水艦までなら作れますが。バルタニアの所有するようなミサイル巡洋艦や原子力潜水艦のような高度な海軍兵器を製造する技術が、月帝国にはありません」


 椿は愕然となった。

「つまり、今から海軍を作っても、質でも数でも劣った物しか揃えられないって意味」


 伽具夜が落胆を通り越して欝になったような表情で告げた。

「椿国王に軍事的才能はないと思っていたけど、先見性の明に懸けては、蝙蝠の視力より低かったのね。もう、がっかりも、すっかりも通り越しているから、掛ける言葉もないけどね」


 伽具夜が経済大臣の発言を手で促すと、経済大臣が暗い表情で立ち上がった。

「国王陛下。確かに天元防壁は、かなりの防御効果を持ちますが、エネルギー消費量が莫大です。天元防壁を張り続けていれば、東京への電力供給は不足します。軍需用の生産施設が無事でも、東京の経済や生産活動は攻撃を防いでいる間、停まります」


 同じく暗い顔で宗教大臣が立ち上がり、発言した。

「今はまだ、カイエロの奇跡に民衆が感謝しております。ですが、東京湾を閉鎖され、敵の艦船の姿が見え続ければ、いずれ国民の不安はピークに達するでしょう。そうなれば、暴動以上の事態が起きる可能性があります」


 さらに暗い顔で、科学大臣が陰鬱な表情で口を開いた。

「科学省はエネルギー不足の煽りと、防壁の補修に懸かりきりのため、事実上機能停止状態に陥りました。新たな研究が全くできない状態です」


 どうやら、ただ、引き篭もっていても、いずれはジリ貧になるらしかった。かといって、特効薬的な案はなに一つない。


「よし、このまま旧式でもいいから、海軍を急ピッチで作らせながら、事態をしばらくは見守ろうよ。どうせ、東京は安泰なんだし、少しくらい不便な生活も国民に強いても大丈夫だろう。バルタニアも中々、東京が落ちないとわかれば、いずれ包囲を解いて帰って行くだろう」


 椿の言葉に対して、閣僚たちは、唖然としたのか、何も言わなかった。

 伽具夜にいたっては、冷蔵庫の奥で腐って融け掛った煮物でも見つけたかのような表情をして、椿から顔を背けた。


 五日後、バルタニアの攻撃が断続的に続く中、緊急閣議が召集された。

 軍務大臣が立ち上がって、どん底の表情で話し始めた。

「追加報告があります。堺付近でも、バルタニア艦隊が目撃されました」


 さすがに椿は、まずいと思った。

 バルタニアが東京攻略を放棄して、海沿いにある仙台、堺、大阪の攻略に入ったと思った。


 三都市には普通の武装防壁しかない。大規模な攻撃を受ければ、陥落する危険性が有った。


 椿は半ば椿自身に言い聞かせるように発言した。

「大丈夫だって。海からの攻撃で仙台、堺、大阪が落ちても、すぐに歩兵で取り返せるよ」


 軍務大臣が椿の意見を聞いて、どん底よりさらに、暗い顔で意見を述べた。

「いえ、バルタニアの姿はすぐに見えなくなったので、堺、大阪、仙台をすぐに攻撃する意思は、ないと思われます。補給艦もほとんど見当たりませんでした。おそらくは――」


 伽具夜が諦め顔のまま、手で軍務大臣の発言を制した。

「その先は、もうよしましょう。もう、月帝の未来は決まったようなものです。あとは国王陛下への宿題としましょう。皆、よく仕えてくれて、ありがとう」


 伽具夜は月帝国にお別れの挨拶をするように、閣議を早々に打ち切った。

 バルタニアは毎日のようにミサイル、戦闘機、爆撃を投入して東京を攻めてきたが、天元防壁のおかげで、東京の街には被害がほとんど出ない。けれども、被害が出ないだけで、東京では偽りの平和な時間が経過しているに過ぎなかった。


 大阪と仙台で、緊急生産していた駆逐艦が完成した。

 椿は「少なくてもいいから、堺方面に回して海軍を合流させて」と軍務大臣に命令を出した。


 だが、軍務大臣から「仙台と大阪から出た駆逐艦は、堺に到着する前にバルタニアに撃破されました」と、すぐに報告を受けた。


 椿は前回の閣議で軍務大臣がどん底より暗い顔をしていた理由を、やっと理解した。

 海軍の生産が終る前に、先にバルタニアの艦隊が大陸を回り込み、内海に展開したのだ。


 堺で見たバルタニアの艦隊は堺を攻撃するためではなく、内海に展開するために移動中だったのだ。こうなってくると、なんで伽具夜がお別れの挨拶をするように閣議を打ち切ったのかも、理解できた。


 バルタニアは、内海に面した都市を所有していない。もし、バルタニアが単独で軍事作戦を行っていたのなら、補給路は長大なものとなっており、補給艦が絶えず行き来していなければおかしい。


 だが、そんな多数の補給艦が見かけないとなると、内海に面した都市を持つどこかの国が、バルタニアに燃料と弾薬を供給しているとしか思えなかった。

 ガレリアを信頼すると仮定しよう。ポイズンは月帝と離れているので、バルタニアと組んで補給を提供している可能性は低い。


 となると、残るは月帝と戦争状態にあるコルキストか、ロマノフに限定される。

 不幸というか幸運というか、偶然から、バルタニアに燃料と弾薬を供給している国家が判明した。ロマノフだった。燃料や弾薬を供給している都市はペテルブルグだった。

 伽具夜が「ペテルブルグまで落せ」と進言した言葉を無視した付けが、ここでも出た。


 緊急閣議がまた開かれた。

 閣議室に一同が集まると、軍務大臣から淡淡とした報告があった。

「偵察機からの報告です。多数の輸送艦がバルタニア艦隊に護衛され、ペテルブルグに向ったと知らせを受けました」


 やられたと思った。ロマノフは、一年の和平と言っていた。一年の和平は、ペテルブルグの保持が目的ではなく、大阪を奪還するための算段だったのだ。

 その前段階として大阪が危なくなった時点で、バルタニアと組んだと見ていいだろう。


 バルタニアは、内海から東京湾に海軍を合流するのを阻止する役目を受け持っていたのと同時に、ロマノフの陸戦部隊の護衛役でもあった。


 外務大臣が立ち上がって、粛々と通達事項を告げた。

「ロマノフより、和平撤回と宣戦布告通知を受けました」


 椿が一年を掛けてペテルブルグを落す準備をするよりも早く、ロマノフが軍備を増強して、バルタニアを動かし、大阪進攻に動いた。

 今度は、海からもバルタニア軍がロマノフ軍を援護してくる。大阪戦では大量の歩兵の血が流れるだろう。


 短い閣議が終了すると、どの閣僚も椿と眼も合わさずに退出した。ただ、伽具夜だけが「覚悟しておいてね」と不吉に伝えた。

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