第33話 軍拡に走ったら、こうなった(六)

 陸軍、しかも歩兵に注力していた月帝には、海から攻撃してくるバルタニアに対し、為す術がなかった。 

 急遽バルタニアに停戦を呼び掛けて見たものの、相手の指導者は出ず、女性秘書官を思わせる外務大臣が出た。


「宣戦布告はしましたが、撤回してもよろしいです。ただし、条件は、カイエロの引渡しです」


 椿は答に窮した。

 停戦が本当に可能なら、カイエロを失うくらいの損失を覚悟して、停戦の条件を飲んでもいい。だが、バルタニアの指導者と会った経験もなく、性格も知らない。

 イブリーズでは、今まで会った人間で信用できる人間は、誰もいない。


 カイエロを渡してしまえば、天元防壁が機能しなくなり、首都の防御力は格段に下がる。

 首都の防御力が格段に下がったところで「停戦は、やっぱりなし」と言われれば、東京は海からの攻撃で簡単に落ちるだろう。


 東京が落ちたところで、バルタニアが手に入れたカイエロ〝天元の盾〟で天元防壁を展開されれば、東京奪還のために掛かる兵力の損耗も、半端ではないだろう。

 バルタニアが隣国のコルキストを攻めず、月帝にターゲットを絞ったので、両国の間には密約があるかもしれない。


 そうなれば、東京奪還に兵力を集中して消耗したところで、コルキストが南下してくれば、最悪、東京、仙台、陸奥まで失い、弱小国へ転落だ。

 椿は迷った挙句、バルタニアの申し出を断ると、相手の外務大臣は「では、いいです。実力で東京を切り取ります」と、すげなく言って通信を切った。


 次に椿は盟友と思われるガレリアのリードに通信を入れた。リードは会談に応じてくれた。


 だが、リードは明らかに興味を失った態度だった。

「どうした、月帝国の国王様、何か問題でも起きたか?」


 どうやら、リードの態度から見て、ガレリアはバルタニアの動きを知っていた可能性があった。


 椿は率直に懇願した。

「バルタニアと戦うために、海軍を派遣して欲しい」


 リードが、とてもつまらなさそうに聞いてきた。

「なるほどね。確かにガレリアは海軍を要している。それで、見返りは、なんだ? もちろんアーティファクトの一つも用意しているんだろうな」


 月帝が所有するアーティファクトは一つしかない、カイエロの〝天元の盾〟だ。

「わかった。カイエロの一つ〝天元の盾〟を渡す。だから、助けてくれ」


 リードはカイエロと聞いて、ヒューと口笛を吹いてから、面白そうに笑った。

「よし、いいだろう。ただし、軍を派遣するのは〝天元の盾〟が届いてからだ」


〝天元の盾〝を先に渡せば、ガレリアの艦隊が到着するまで、東京は保たない。

「それでは困る。今、〝天元の盾〟を渡せば、東京が守りきれない。東京防衛に成功した暁に、〝天元の盾〟を渡す。それでいいだろう」


 リードが鼻で椿の言葉を笑って、即座に申し出を拒否した。

「どうやら、椿国王は、さっさと寝たほうがいいらしい。椿国王様は完全に寝ぼけていらっしゃる。椿国王の申し出だと、ガレリアの軍が到着した時に東京が落ちていれば、ガレリアはバルタニアと関係を悪化させただけで、何も得る物がない」


 リードの言葉はもっともだったが、これ以上は、どうしろと言うんだ。

 椿はここで、ペテルブルグまで落としておいて、交渉の材料にしろと進言していた、伽具夜の言葉の正しさを、今になって噛み締めた。噛み締めたが、もう遅い。


 椿はそれでもなお、ガレリアに援軍を出させるために譲歩した。

「わかった。月帝が所有する、大阪を渡す。だから、助けて欲しい」


 リードは眼を細めて、残酷な言葉をぶつけた。

「私は自分が助かるために、部下たちが住む都市を差し出すような奴は嫌いだよ。今度は、もっと面白い話を聞かせて欲しいね。あ、そうそう、ついでだから言っておくが、ガレリアとロマノフ間では和平が成立した。それでは、お休み、命短き国王様」


 リードとの通信が切れた。完全に外交ルートでの局面打開は失敗した。

 あとは、ポイズン首領の鳥兜だけだ。けれども、鳥兜の性格からして、どうしても、救ってくれるとは思えなかった。


 それに、鳥兜に大阪を渡すと、前回の悪夢が再来する気がしてならなかった。

 もっとも、鳥兜が大好きな首を差し出せば別だろうが、首は差し出した時点で即敗北だ。


 それでも、藁に縋ろうと鳥兜に援軍を頼んでみようと思ったところで、伽具夜が家畜でも見るような目で見て評価をぶつけた。


「また、最悪の外交をしたわね。バルタニアとの停戦は蹴られ、ガレリアには弱っている醜態を曝したのよ。それどころか、何の情報も得られず、ガレリアにカイエロを持っている事実を教えたわ。この先まだ、どこかの国に月帝の危機を吹聴しようとするつもりなの」


 少し冷静になれば、助けてくれる可能性がないポイズンにまで月帝の危機を教えるのは、却って危険な行為かもしれない。

 椿は独力で困難な局面に立ち向かわざるを得なくなった。

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