第32話 軍拡に走ったら、こうなった(五)

 結論から言えば、椿の幸せは一年も続かなかった。ロマノフとの停戦後、半年後に椿は夜遅くにバレンに起されて、閣議室に呼び出された。

 閣議室では、閣僚が全員、揃っていた。深夜の全員が揃った閣僚会議、もう完全に嫌な予感しかしなかった。


 まず、口火を切ったのは、外務大臣だった。

「バルタニアより先ほど、月帝国に対して、宣戦布告がなされました」

 外務大臣の言葉を聞いても椿は最初ピンと来なかった。

「バルタニアが! 今まで何も言ってこなかったのに、なんで今さら」


 伽具夜が当然だとばかりに、椿を腐した。

「お前は本当に救いようのない、馬鹿よね。これから攻めようっていう相手にわざわざ、事前の動きを悟らせるわけないわ。攻めるなら、宣戦布告すぐ越境が基本でしょ」


「俺、バルタニアに何も悪い態度を取ってないよ。なんらかの要請だって断ってないし、前回は資源だって、輸出していただろう」


 伽具夜が怒鳴った。

「前言を撤回するわ、救いようがない馬鹿じゃなくて。地獄に落ちて当然の馬鹿だわ。なんで過去に囚われるのよ。第一、お前は首を斬られたでしょ。その後の外交関係や貸し借りなんて、まるでわかってないでしょう」


 伽具夜に指摘された通りだと思った。一番早く退場したので、その後の外交関係なんて知る由もない。

 もしかすると、椿が鳥兜に首を斬られて退場になったあとに、バルタニアはコルキストかロマノフに借りができる展開になっていたのは、充分に考えられる状況だった。


 椿は慌てて軍務大臣に尋ねた。

「バルタニアの兵力って、どれくらいなの?」

 軍務大臣が沈鬱な表情で答えた。

「レーダーから、艦船にして五十以上です。敵の進軍速度から、明日の午後には月帝の領海に侵入すると思われます」


 最低でも五十隻の軍艦が首都東京を目指してやってきた。

 椿が閣議室の時計を見ると、今日は残り五十分しかない。

「バルタニアと戦争になると、どういう展開が予想されるの」


 軍務大臣が沈痛な面持ちで返答した。

「こちらには遠距離攻撃が可能なロケット砲や戦闘機はありますが、偵察機の報告から、相手には空母や、イージス艦、ミサイル巡洋艦が確認されていますので、おそらく海側から一方的に攻撃されるでしょう。歩兵は海戦では役に立ちませんから」


「それって、海からの攻撃で東京が落ちるってこと」

 椿にとっては予想外の展開だった。


 伽具夜が冷静に反応した。

「すぐには、落ちないでしょうね。東京にはカイエロを利用した、天元防御壁があるのよ。単なる爆撃機やナックラッカー程度のミサイルでは、東京は落ちないわよ。でも安心しないでね、天元防御壁といえど、完璧ではないから。さすがに五十隻もの艦船で攻撃されれば、少しずつ街に被害が出るし、防壁もいつかは瓦解するわよ」


 軍務大臣がビン底眼鏡を鈍く光らせ、だから言ったでしょ、と言わんばかりに発言した。

「月帝国の戦力が歩兵にのみ注力しており、海軍がないのが致命的です」


 軍務大臣は辛うじて礼節を保っているが、チクチク椿の心に刺さるような言い方で言葉を続けた。

「大阪、堺、仙台は海に面しているために、造船所がありますが、今から緊急生産体制をとって生産しても、数は全く揃わないでしょう。さらに、堺は別ですが、大阪と仙台は西側の内海側に面しているので、大陸東端に位置する東京に来るには、ペテルブルグを周るようにして大陸を迂回させねば、海軍は東京湾に集結できません」


「凄くまずいじゃん!」

 伽具夜がすぐに皮肉めいた言葉で問いかけてきた。

「凄くまずいじゃくなくて、絶望的って言葉を、知っているかしら」

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