第30話 軍拡に走ったら、こうなった(三)

 バレンはいくぶん芝居が掛った口調で「変ですね」といいながら、書類を差し出した。

 それは、経済大臣が作ったと思われる、大規模事業を行うための建設国債の発行を求める許可申請書だった。申請書があるのはいい。


 けれども、許可欄には椿の署名が記載されており、母印が押されていた。署名は明らかに、椿の文字ではなかった。

 バレンは、こともなげに発言する。

「ほら、ここに、国王陛下の許可の文書がありますよ」

「待ってよ。これ俺の字じゃないよ。筆跡、どう見ても違うよ」


 バレンは、しらばっくれるように言い放った。

「そうですかね? でも、母印を指紋照合してみましたところ、指紋が国王陛下の物と一致しておりますが」


 椿は敏腕弁護士の如く、異議を唱えた。

「ちょっと、待ちなさい。バレン君。君はどうして、この母印が俺の物と同一であるって知っているのかな?」


 バレンの表情が僅かに曇った。

「え、それは、ですね。その。ほら、よく国王様を見ているので、国王様の指紋の形くらい、覚えていますよ」


 嘘もここまで見えすいていると、いっそ清清しい。

 椿はバレンの顔をしっかりと見据えて、優しく問い質す。

「正直に言おうね、バレン君。君は、俺が寝ている間に、部屋に侵入して母印を押させたね。いったい君は、伽具夜からいくら貰ったんだい」


「え、嫌ですよ、国王様。まるで私が書類を偽造したみたいに言わないでくださいよ」

 バレンはすぐに疑惑を否定したが、顔にはありありと嘘が滲み出ていた。


 椿は畳み掛けるように、バレンを糾弾した。

「この部屋に入れるのは、俺とバレン君と伽具夜だけだよね。でも、伽具夜が俺の部屋を訪れた過去は、一度もないんだよ。しかも、寝ている俺から母印だけを採取するなんて真似、伽具夜がするとは思えないよ」


 バレンが逆ギレしたように怒った。

「国王様、そんな証拠もなしに、人を犯人扱いしないでください」

 犯人扱いするなと言うが、椿はバレンの顔の裏に狼狽の色を見た。


 椿はすぐに優しい声で脅しながら、自白を迫った。

「バレン君、君は忘れているよ。月帝は国王が支配する軍事政権なんだよ。公平な裁判なんて、あると思うのかい。それに、伽具夜の性格からして、余計な真実を知る人間なんて、この世にいないほうがいいと思うかもしれないよ。執事の替わりなんて、いくらでもいそうだし」


 バレンが縋るような表情になった

「そんな、あんまりです」

「じゃあ、正直に言おうね。バレン君、俺が寝ている間に母印を押させたね?」


 バレンは落ちた。バレンは頭を下げて答えた。

「すいません、国王様。全ては伽具夜様の御命令だったのです。私は伽具夜様に命令されて、国王様が寝ている間に、母印を押しました」


 椿は不満をぶちまけた。

「もう、なんなんだよ、この国は! 王様って、公印と同じで、物扱いかよ。俺だって理由を話してくれれば、きちんと考えて判断するよ。建設国債だって認めるよ。え、そんなに皆、俺と口を利きたくないわけ。独裁者は孤独だっていうけど、俺は別の孤独を俺は感じるよ」


 椿の愚痴をバレンはうな垂れて聞いていたが、演技のような気がした。

 椿はいちおうバレンに尋ねた。

「それで、バレン君はいくら、伽具夜から貰ったわけ? まさか、伽具夜と寝たとか、言うわないよね」


 バレンは大きく首を振って否定した。

「そんな、滅相もない。私めごときを伽具夜様が相手にするわけはございません。それにお金だって、一銭たりとも受け取っておりません」

「じゃあ、何を受け取ったの」


 バレンが言いづらそうに白状した。

「なにも受け取っておりません。ただ、その、父親が建設事業をしておりまして、大規模な公共事業があると助かるかなーって思って、手を貸しました」

「結局、行政と業者との癒着かよ!」


 バレンが居直ったように怒った。

「こうなったら言わせて貰いますけどね。この国は歪んでいるんですよ。儲かるのは軍事産業だけで、それ以外の企業はもう、ボロボロなんですよ。ここらで大きな公共事業があって建設業にお金が周ってもいいでしょう」


 椿は軍事に傾倒したために、国がおかしくなっている状況を、閣僚以外から初めて聞いた。

 閣僚は予算だけ考えているので、大袈裟に吹聴していると思っていたが、庶民の暮らしに本当に影響が出ているらしかった。


(やっぱり軍事国家はダメなのかな。でも、もう少しで大阪が手に入りそうだから、今から方針を変えると、消えて行った兵器や血を流した数万の兵が無駄に……)

 段々、椿自身がやっている国策に疑問が出てきたが、路線強硬の進路変更も決められなかった。椿自身も優柔不断だと思ったが、こればかりは直せなかった。


「わかった。今回の件は伽具夜が全て悪いとして、目を瞑ろう。最後に、もう全く期待していないけど、凄く良い話を聞かせてくれ」

 流れ上、実際は悪い話でも、聞いておいたほうが後でショックが少ない気がするので、聞かないわけにはいかなかった。


 バレンは真剣な顔つきになり、話した。

「ガレリアが約束を守って、ロマノフに宣戦布告して戦争を始めたようです」

 最後は本当に凄く良い話だった。

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