第27話 軍拡万歳(六)
外務省から正式にコルキストに宣戦布告がなされ、仙台攻めが始まると、椿は毎日のように起きて、戦況をバレンに聞いた。
本当は軍務大臣から報告を聞きたかったが、軍務大臣は自ら仙台攻めに行って指揮を執っていたので、首都には不在だった。
白衣(正確には赤衣)の軍務大臣が前線に赴いて指揮を執るのは少々意外だったが、行ってしまったものは、どうしようもなかった。
バレンに戦況報告を聞くと、「大丈夫です」「問題ありません」「順調です」という短い答えしか返って来ないので、逆に不安になった。
(なんか、大きなゲーム開発プロジェクトが失敗する前の現場の言訳みたいだな)
それに、バレンは前回、椿を見捨てて、さっさと逃げた前科がある。何か重大な事項を隠蔽しているのでは、と疑いたくもなる。
不安だったので、伽具夜の部屋に行ってみた。おそらく、軍務大臣は椿には情報を伝えていなくても、伽具夜には戦況を逐一、報告している気がした。
伽具夜の部屋に行くと、部屋の扉を半開きにして状態で「あんたは軍事政権の独裁者でしょ。なら、どっしり構えて、死になさいよ」と怒られ、詳しい戦況を教えてくれなかったのも不安材料だったする。
ひょっとして、ソノワには、仙台攻めを既に読まれていて、月帝軍は敗走させられた挙句、新兵器を大量投入されて、逆にまた首都まで迫られるのでは――と、攻めている側なのに無性に不安だった。
開戦二週間後、広過ぎる食堂で、ポイズンの労働者用の食事を摂っていると、珍しく食堂に伽具夜が現れた。伽具夜は質素な食事をする椿から、微妙に距離を置いて座った。
ベッドを共にした経験はあったが、食事を共にしたのは初めての経験だった。
椿は「順序が逆じゃねえ」と思った。でも、相手が伽具夜なので、何も言えなかったし、今さら伽具夜が寝室に椿を入れてくれるとは思えなかった。
国王の椿の給仕はバレン一人だが、伽具夜には十人の給仕が従いていた。
伽具夜に椿が苦くて飲めなかった銀色のスープが運ばれてきた。
伽具夜の料理は高価そうな食器に盛られていたが、苦い料理を分けてもらう気にはならなかったし、分けてくれるとも思えなかった。
伽具夜は上品にスープを飲みながら、簡単に報告した。
「仙台奪回作戦は決着が付いたわよ。ソノワは仙台を守りきれないと見ると、仙台の兵器工場を破壊してから兵を撤退させて、ベルポリスまで後退したそうよ。コルキストが早くに撤退してくれたおかげで、歩兵の損失も当初の予定の半分ですんだわ」
「え、そんなにあっさり勝ったの!」
伽具夜は椿を小馬鹿にしたような表情で伝えた。
「あっさり勝ったっていうけど、貴方は食べて寝て起きて、心配だあ、心配だあ、って冬眠前の熊のようにうろうろ、していただけでしょう。見事に勝利を飾った軍務大臣を褒めてあげなさいよ。あと、表向きでいいから、亡くなった兵士に哀悼の意を表す声明文を作っておいてね」
「お、表向きでいいんだ」
伽具夜がきつい視線で椿を睨んだ。
「なにを言っているの。次は大阪奪回戦をやるんでしょう。だったら、亡くなった兵に哀悼の意を表す程度の知恵を回しなさいよ。国民は、徴兵に次ぐ徴兵を受けているのよ。勝利したら、国威発揚のために、何かメッセージを出そう、くらいの頭はないの。本当に猿頭なのね」
伽具夜の元に勝利の情報が入ってから一日遅れで、椿の元にも仙台奪還の知らせが、やっと届いた。
「俺って、やっぱり、お飾りなのかな。普通、国王の元に勝利の第一報が入ると思ったんだけど」
椿は一応、伽具夜に言われたとおり、亡くなった兵士たちに哀悼の意を表す声明を書こうとした。だが、そんなもの書いた経験がないので、バレンを呼んだ。
「ねえ、亡くなった兵士の死に対する哀悼の文って、書いた経験ある? 俺、作文が苦手なんだよなあ、代わりに書いてくれない?」
バレンが呆れた顔で不満を述べた。
「あのですね、どこの世界に、王様の代わりに亡くなった兵士に対する哀悼の文を書く執事がいるんですか。そんなことしていたら、本当に王様の仕事、なくなりますよ」
「じゃあ、王家の図書館から、それらしい文書を探してきてよ。もう、丸写しで書くから」
バレンは、もうこいつはダメだといわんばかりに、投やりに了解した。
「わかりました。そういうことなら、探して来ましょう」
バレンは翌日には『心が伝わる王家の文例集』という、俗にいう社会人になったばかりの学生が急遽、眼上の人に手紙を出さなければ、ならなくなった時に使う『手紙の書き方』のような本を持って来たので、椿はほぼ丸写した。
ただ、本の価格に五百円という古本屋のシールが張ってあるのが気になったが、もう夏休み終了直前に宿題に追われる小学生よろしく、どうでもよかった。
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