第22話 軍拡万歳(一)
視界が真っ暗になったので、これが死なのだと思った。死後の世界は存在しなかった。
あったのは、ただの真っ暗な闇。このまま闇の中に溶けるように消えて行くのかと思うが、しばらくして、瞼を閉じている感覚に気が付いた。
(俺まだ、意識がある)
目を開けると、裸で横たわった伽具夜の姿が目に入った。
伽具夜が優雅に声を掛けてきた。
「おはよう、椿。ポイズンの首狩り女に、首を刈られた感触は、どうだった。ひんやりして気持ち良かったかしら? それとも出血で気が遠くなる快感の余韻が堪らなかった?」
椿は椿の首に手を当てると、首は繋がっていた。継ぎ目の跡もない。
椿は安堵して、感想を漏らした。
「え、さっきのは夢、嫌な夢だったって――。俺まだ月帝にいるじゃん。え、じゃあ、夢は続いているの」
伽具夜が呆れながら発言した。
「夢の中で夢を見られる特技を持っている。なら、もうさらに何重にも深く夢を見て、現実から逃避してしまえばいいでしょうが。これは現実。ここは月帝国」
「え、でも、現実なら、首を刎ねられたら死ぬよね。でも、俺は生きている。やっぱりこれ、ゲームなんだよね。完全仮想世界なんだよね。よかった、現実じゃなくて」
伽具夜が苛立ったように、ぶっきらぼうに発言した。
「現実じゃないから、よかった、ですって」
伽具夜はベッドから裸のまま立ち上がると、ベッドの脇のサイドテーブルまで行って、オートマチック・ピストルを取り出して構えた。
「じゃあ、少し穴だらけになって、血を大量に流してみる? 宮殿内の集中治療室に運ばれて、管だらけになれば、俺は生きているって、実感できるかしら」
伽具夜が冗談か本気かわからないが、銃口を向けた。先端から赤い光が出て、椿の体を照らす。
「ああ、これが、映画とかでよく見る、レーザー・サイトというやつって――。ちょっと待って! ストップ。ストップ。ドント、ショットだよ。痛みは本物なんだから、撃たないでよ」
伽具夜がすぐに、銃をサイドテーブルに戻した。
伽具夜が白い裸身を隠さず、平然と聞いてきた。
「断っておくけど、お前はやはり、一度は死んだのよ。それを神様が慈悲で再生させて、世界にまた戻してくれたのよ。どう、嬉しい?」
全然、嬉しくない。慈悲があるなら、夏休み初日のベッドの上に戻して欲しかった。こんな戦争と騙し合いが渦巻く世界なんかには、戻して欲しくなかった。
また裸だったので、とりあえず、服を着ようとした。下着を着けると、自分の着ていたシャツとズボンがない。また、ゴミ箱だろう。ベッド反対側にあるゴミ箱に行こうとした。だが、やめて、今度は用意されていた勲章がたくさん付いていた赤い軍服を着た。
伽具夜が隣に来て、黒い下着を着けながら尋ねた。
「今度は、難民みたいな服を着ないで、月帝の服を着るのね。難民みたいな服もお前には結構、似合っていたわよ」
「正直、教えて欲しい事実が一つある。現状では、宇宙人の人体実験か仮想現実のゲームかわからないけど、終了条件を満たすまで、これ、ずっと続くんだろう?」
伽具夜は珍しく、少しだけ感心したような、好意的表情を初めて見せた。
「一度死んで、生き返って、少しは頭が良くなったようね。でも、勘違いしないでね。終了条件を満たさなくても、ずっとは続かないわ。ここの神様は、そんなに優しくないのよ。帰還する以外にも、本当の人生の終わりは、やって来るから」
「それは、どういう意味? 体が完全になくなる――例えば灰になるような死に方をしたら、再生できないって状況になるの?」
伽具夜が意地悪な顔で教えてくれた。
「遊んでつまらないと思われた玩具は、どうなると思う? お前は、どこかに取っておくかもしれないけど、ここの神様は飽きっぽいの。面白くない玩具だと判断されれば、捨てて新しいのを、どこから持って来るのよ」
伽具夜の言わんとしている意味はわかった。失敗が続けば、再生は何度でも行われるわけではないらしい。
六カ国で行われているゲームで指導者の能力に差はないとするとなら、帰還確率は単純に六分の一。六回に一度は帰れるが、きっとここの神様とやらは、五回も失敗をする前に、飽きるのだ。
「つまり、飽きられる前に帰還しないと、大変な事態になる」
伽具夜は他人事のように感想を述べた。
「大変かどうかは知らないわよ。だって、私はこの世界から消えた人間がどうなるか、わからないんだもの。本当にお前が言う現実とやらに帰られたのかも含めてね」
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